ハロウィーン 1 / 3
ハロウィーンの学校は、朝から学校中がかぼちゃを焼く幸せな香りで包まれていた。
午前の授業は『妖精の魔法』で、ユリィは朝から楽しみにしていた。ジョージに呼び寄せ呪文の稽古をつけてもらってから、コツを掴んだらしく、『妖精の魔法』はユリィの得意科目になっていた。授業の進み具合から言って、今日は浮遊呪文を実際に杖を振って練習するはずだ。昨夜予習した時点で呪文はしっかり効果が出たので、授業で成功すれば、寮に得点をもらうことができるかもしれない。
でも、いきなり成功させて注目されるのもなんだか居心地がよくなさそうだ、とユリィはひとりで朝食を食べながら思った。今まで生きてきて、大人数に注目されるような経験はしたことがないし、そう言う姿を想像してみると、何だか気恥ずかしいようにも思える。どうせ秀才のハーマイオニーも成功するだろうから、彼女の次くらいに成功するとかがいいのかもしれない。ユリィはそんなシミュレーションをしながら、授業が始まるまでを過ごした。
ユリィの予想通り、授業ではペアを組んで物を飛ばす呪文の練習をすることになった。誰とペアを組むかは先生の指定で、ユリィはラベンダー・ブラウンと組むことになった。ラベンダーとは同じ寮の一年生なので、寝室も同じだ。親友という訳ではないが、友人として気兼ねなく会話できる仲なので、ユリィにとってはいい組み合わせだった。
ただ、事情を知らないフリットウィック先生は、よりによってハーマイオニーとロンをペアにしてしまった。ユリィとラベンダーの隣の席で練習する彼らは、当然、険悪な雰囲気を漂わせていた。
「ウィンガーディアム・レヴィオーサ」
ユリィはラベンダーがコロコロした声で呪文の発音を練習するのを聞きつつも、反対の耳では自分の隣で言い争うハーマイオニーとロンの刺々しい会話を拾っていた。
「ロン、言い方が間違ってるわ。ウィン・ガー・ディアム・レヴィ・オー・サ。『ガー』と長くキレイに言わなくちゃ」
「そんなによくご存知なら、君がやってみろよ」
癪に触ったらしいロンが言い返したが、それは逆効果だった。
ハーマイオニーが得意げに呪文を唱えると、彼女の前にあった羽が、ふわふわと頭上へと浮き上がって停止した。
「おーっ、よくできました!」
フリットウィック先生が拍手をして、ハーマイオニーの成功は教室中に知れ渡った。初めての成功者に、生徒たちの羨望の眼差しがハーマイオニーに集まる。その時のロンの顔といったら、その場で爆発するんじゃないかとユリィは思った。
授業が終わった後、ユリィはフリットウィック教授に呼び止められた。
ハーマイオニーの次にユリィが浮遊呪文を成功させたことへのお褒めの言葉と、先日の呼び寄せ呪文についての件だった。今朝フレッドとジョージが呼び寄せ呪文を使ってふざけ合っているのを偶然見かけた教授は、習っていない呪文をどうしてそんなに巧みに操れるのか尋ねたらしく、先日の騒動の一部始終を知ったそうだ。
「彼らが言うには、君も呼び寄せ呪文を習得したと言うじゃないか。どうかね、少し見せてはくれんかね?」
ユリィは恐縮に思いながらも了承し、教室中に積んである参考書のうち、『上級呪文全集』を呼び寄せて見せた。緊張しながらの魔法だったが、無事に成功し、『上級呪文全集』はユリィの右手にぴたりと収まった。
「なんと! 素晴らしい!」
フリットウィック先生は感激のあまり、彼が教壇の代わりに乗っていた本の山の向こうへ落っこちて、姿が見えなくなってしまった。
「だ、大丈夫ですか?」
ユリィが思わず声をかけると、本の山の向こうから、先生はグリフィンドールに十点加算すると教えてくれた。
「あなたたちには、本当の本当に感謝してるの」
浮遊呪文のと呼び寄せ呪文の成功で合計十五点も稼いだユリィは、その日の夕食で、ウィーズリーの双子とリーにたっぷりとお礼を言った。入学してきて二ヶ月経ったが、一日でこんなに得点を稼いだことは今までなかった。
「俺たちもびっくりさ。俺たち、かぼちゃジュースの入ったゴブレッドをこぼさずにぶつけ合うってゲームをしてたもんだから、てっきり減点されるかと思ったんだ」
「そしたらフリットウィックのやつ、感激して一人につき五点もグリフィンドールに点をくれたんだぜ。調子狂っちまうよ」
そんなことを喋りながらも、フレッドとジョージはかぼちゃ味のプディングを全く同じ動作でスプーンで掬うので、ユリィは二人のそっくりさに感心した。
ハロウィーンの夕食とあって、ホグワーツの大広間は飾り付けされていた。
無数のジャック・オー・ランタンが照明がわりに宙に浮かんでいて、夕食の間中、その間を蝙蝠の群れが行き合っている。夕食のメニューもいつもより豪勢で、生徒たちはテーブルいっぱいのごちそうを楽しんでいる。
ユリィは自分の分のプディングを皿に取り分けながら、グリフィンドールのテーブルを見回した。『妖精の魔法』以降、ハーマイオニーの姿が見えなかったからだ。寮に戻っても姿がないので気にはなったが、喧嘩している手前、探し回るのも気が引けた。
ユリィはプディングを食べながらグリフィンドールのテーブルを端から端まで確認したが、この夕食の席にもハーマイオニーの姿はないようだった。さすがに怪訝に思って、ユリィは斜め向かいの席にいるラベンダーに声をかけた。
「ねえ、ハーマイオニーがどこにいるか知ってる? 彼女、授業にも出てなかったでしょう」
すると、ラベンダーの隣に座っていたパーバティ・パチルが「私知ってるわよ」と答えをくれる。彼女もグリフィンドールの一年生で、同室の女の子だ。
「『妖精の魔法』の後、ウィーズリーにひどいこと言われたみたい。ずーっとトイレで泣いてるみたいよ」
パーバティは、遠くの席にいるロン・ウィーズリーを睨んだ。そんな視線には全然気づかないロンは、鼻の頭にホイップクリームをつけた間抜け面で、ハリーと楽しそうにお喋りしていた。
「またロニー坊やが無神経なことを言ったのか?」
話を聞いていたらしいジョージが、呆れた様子で弟を見遣る。
「あいつ、根は優しいやつなんだけどな。デリカシーってもんがない」
フレッドもジョージに同意した。ユリィにも思い当たる節はあったが、実兄たちの手前、大きく同意するわけにもいかない。一応気を使って曖昧に笑うだけに留めておいた。
「ユリィ、まだハーマイオニーと喧嘩してるのか?」
リーが心配そうに尋ねてきたので、ユリィは「まあね」と肩をすくめる。
「必要があれば会話はしてるよ。でも、どっちも謝る気がないんだもの。私から折れる気もないし、そのうちなるようになるんじゃないかな」
ユリィがそう言い終わったときだった。
大広間の大きな扉が勢いよく開き、『闇の魔術に対する防衛術』のクィレル教授が飛び込んできた。いつもきっちり巻かれているターバンは歪んでいて顔は真っ青、明らかに尋常でない様子が見て取れた。クィレル教授はダンブルドア校長のいる上座のテーブルまで辿り着くと、倒れるようにしてテーブルにもたれかかる。
「トロールが……地下室に……お知らせしなくてはと思って」
すっかり静かになった大広間に、クィレル教授が息も絶え絶えに告げる声が響き渡る。クィレル教授はそこまで報告すると、力尽きたようでその場に倒れてしまった。
大広間は大騒ぎになった。恐慌状態になった生徒の喚き声がして、連鎖するように他の生徒たちも騒ぎ出す。ユリィはといえば、夕食の時間の終わりを感じ取ったらしい双子が、無くなる前にとクッキーやキャンディをローブのポケットに詰め込んでいるのを目の前で目撃していたので、返って冷静になれた。リーもユリィと同じような表情だった。
ダンブルドア校長が、杖から爆竹を何度も爆発させて、生徒たちを鎮めた。
「監督生よ」
魔法で拡声しているのか、ダンブルドアの声は大広間中に響いた。
「すぐさま自分の寮の生徒を引率して寮に戻るように」