ハロウィーン 2 / 3
監督生のパーシーが大きな声で一年生に集まるよう呼びかけ始めた。若い学年から避難するようだ。ユリィは双子に倣ってクッキーを一枚だけ失敬しながら(リーが苦笑いしたのを聞いた)、パーシーについて行った。寮に向かう道は、色んな方向に向かう生徒や教師で溢れかえっていたので、身体の小さい一年生はもみくちゃになった。ユリィはハッフルパフの一年生グループと、スリザリンの上級生のグループの移動に続けて巻き込まれてしまい、何とか掻き分けて進んだところで、周りにグリフィンドールの同級生がひとりもいないことに気がついた。パーシーの声も聞こえない。すっかりはぐれてしまったらしい。ユリィは溜息をついた。
寮への道はわかっているのでひとりでも進もうと思ったが、不意にハーマイオニーのことが頭をよぎった。パーバティの話では、ハーマイオニーはトイレにいるとのことだった。女子トイレは大広間から離れているし、どの寮とも近くない。ハーマイオニーはこの騒ぎを知らない可能性が高い。
ユリィは一瞬だけ逡巡したが、すぐに引き返すことにした。今戻れば、大広間に先生の誰かは残っているだろう。念のため報告した方がいい。
生徒の流れに逆らうのは大変だったが、幸運にも、大広間にたどり着く前の廊下で、ユリィはグリフィンドールの寮監であるマクゴナガル先生の背中を見つけた。目が醒めたらしいクィレル教授も一緒にいる。
「マクゴナガル教授!」
ふたりは早足でどこかに行こうとしていたので、ユリィは大声で呼び止めた。
「ミス・イネーブラ! なぜまだこんなところにいるのです!」
振り返ったマクゴナガル教授は、怒った様子でユリィに駆け寄ってきた。マクゴナガル教授はとても厳格な壮年の女性で、ユリィは今のところ彼女が笑ったところを見たことがない。授業でも私生活でも、いつでも生徒たちを厳しく指導する。そんなマクゴナガル教授の態度にユリィは一瞬怯んだが、今は怒られている場合ではない。
「すみません、どうしてもご報告したいことがあって! 先ほどの騒ぎの時、ハーマイオニー・グレンジャーが席を外して大広間にいなかったんです。トイレに向かっていたので――」
「なんてこと!」
ユリィが皆まで言わなくても、マクゴナガル教授は事情を察したようだった。本当は席を外していたどころかずっといなかったわけだが、ユリィはしれっと嘘をついた。そこまで詳しく話して藪から蛇を出す真似はしたくなかった。今はそれどころではないのもある。
「仕方ありません、ミス・イネーブラ、あなたをこのままひとりで寮に帰すわけにもいきませんから、あなたもついてきなさい。ミス・グレンジャーを保護せねば」
マクゴナガル教授は早口で指示をするとすぐにトイレへと向かって早歩きし始めたので、ユリィは小走りで追いかけた。失神から醒めたばかりのクィレル教授は、少しふらつきながらユリィの後ろを守るようについてくる。
道中、スネイプ教授も合流した。スネイプ教授はユリィがいることに訝しげな視線をよこしたが、マクゴナガル教授が事情を説明すると、特にユリィには何も言ってこなかった。スネイプ教授は魔法薬の授業を担当するスリザリンの寮監で、いかにもスリザリンといった性格の男性教師だ。スリザリンの生徒をあからさまに贔屓し、逆に他寮の生徒には辛辣で厳しく嫌味っぽい、とても悪名高い先生ではあったが、さすがにこの緊急事態では何も言ってはこなかった。ただ、ユリィのことを鬱陶しそうに一瞥しただけだ。
女子トイレに近づくにつれて、酷い悪臭が鼻につくようになった。教授たちの表情が険しくなり、ユリィはマクゴナガル教授とクィレル教授に挟まれるように守られながら進んだ。ユリィはトロールを見たことはないが、この悪臭がトロールのものであろうことは察しがついた。トロールは知能は低いがとても凶暴で巨大な生き物らしい。ハーマイオニーは無事だろうか。
トイレの前にたどり着くと、悪臭は耐えがたいものになったが、ユリィはそれ以上にハーマイオニーが心配で頭がいっぱいになった。怪我をしたり――死んでしまっていたらどうしよう。まだ仲直りもできていないのに。ユリィは涙目になっていた。
トイレの中の様子は窺えないが、やけに静かなのが怖かった。ハーマイオニーの悲鳴も聞こえないし、トロールが暴れているような音もしない。ただトロールの匂いだけするのが、とても恐ろしかった。ユリィは自分の着ているローブを両手で握りしめた。
マクゴナガル教授は手でユリィにその場で待つように指示して、スネイプ教授とクィレル教授に目で合図をすると、女子トイレの中に入っていった。スネイプ教授も続いて女子トイレの中に入っていく。
「――いったい全体、あなた方はどういうつもりなんですか」
トイレの中から、マクゴナガル教授の怒りに満ちた声が聞こえてきた。ハーマイオニーは無事だったのだろうか? 何故あんなに怒っているんだろう。
ユリィがクィレル教授の顔を見上げると、彼はトイレの中の様子を窺った後、ユリィも中に入るように促してくれた。
恐る恐る入った女子トイレの中は滅茶滅茶だった。
洗面台はなぎ倒されているし、木製の壁で仕切られていたはずの個室は、壁がなかったことになっていた。何より、トイレのど真ん中に、体長四、五メートルはありそうな巨大な図体のトロールがうつ伏せに倒れている。気を失っているのか死んでいるのか定かではなかったが、とにかく、今は動いてはいなかった。