妖精印の入浴剤 2 / 3

「ハーマイオニー、私、お風呂に入ってくるね」
 寝室に戻るハリーとロンを見送った後、ユリィがハーマイオニーにそう言うと、彼女は呆れた顔をした。
「あなた、冬でも毎日シャワーを浴びてるの? 肌が荒れたりしない?」
 イギリスの水は硬質で肌に悪い。湿気が少ない気候なので、汗をたくさんかく夏はともかく、それ以外の季節は身体を拭く程度で済ませるのが普通だ。魔法界でもホグワーツでもそれは同じで、バスルームを毎日使うのはユリィくらいだった。
「お風呂が好きなの。実家は森の清水を直接汲み上げてるから肌に悪くなかったし、毎日入ってたよ。今はタバサが入浴剤を送ってくれてるの。これを使った湯船に入ると、逆に肌の調子が良くなるくらい。一緒に入る?」
 ハーマイオニーは少し迷ったようだったが、ユリィの誘いに乗った。
 グリフィンドールの女子浴場は他に誰もいなかった。いつものことなので、ユリィは気兼ねなく共用の浴槽に入浴剤を混ぜた。ハーマイオニーは勝手に入浴剤を入れることに気が咎めるようだったが、ユリィが「でも誰も来ないよ」と言うと納得してくれた。
「確かに、すごく肌に良さそう……、入ってすぐだけど、なんか肌がすべすべするわ」
 湯船に浸かったハーマイオニーが、感心したように自分の肌を確かめた。
「でしょう? ちょっと高いらしいけど、フェアリーメーカーの入浴剤だから、効果は確かだよ。魔法が掛かってるから、大きな浴槽でも一滴使えば良いだけだし」
 フェアリーメーカーは、魔法界でも有名なビューティケアブランドだ。美容にうるさい妖精フェアリーが創業者だという噂もあるが、その実態は謎に包まれている。
「そういえば、ユリィはもう知っているかもしれないけれど、パーシーが監督生専用の豪華なお風呂場があるって行ってたわ」
「え! 知らなかった! それは良いなあ」
 ユリィは羨ましくなった。
 寮のお風呂は、十人くらい入ったらそれでいっぱいになりそうなサイズのシンプルな浴槽がひとつと、仕切り付きのシャワーブースが五個並んでいるだけで、寮の人数の割にはこじんまりしたものだ。大抵ユリィの貸切なので、ユリィひとりが使うだけなら充分な規模ではあったが、もっと豪華なものがあると知ってしまうと、そっちを使いたくなる。
「監督生だけしか使えないの?」
 ユリィが未練がましく聞くと、ハーマイオニーは首肯した。
「監督生と、クィディッチのキャプテンにしか解放されていないらしいわ。ご褒美も兼ねた特権みたいだから……」
 ユリィはがっかりした。
「じゃあ私は一生入れないね。クィディッチのキャプテンになんか絶対なれないし、監督生は絶対ハーマイオニーだもの」
 監督生は五年生になると、各寮各学年で男女一名ずつ選ばれる。相応しい生徒を寮監が指名するのだ。グリフィンドールでユリィの学年の女の子だと、ハーマイオニーが断トツで賢くてリーダーシップがあるのは間違いない。どう贔屓目に見たって、ハーマイオニーが選ばれるだろう。
「そんな、まだ私たち、一年生よ! わからないわよ!」
 ハーマイオニーが照れたように言ったが、顔は否定していなかったので、ユリィは白い目で彼女をみた。
「そんな満更でもないって顔で言われても、何も響かないからね」
 ハーマイオニーは何度も謙遜したが、どう見ても満更でもなさそうだ。
「それに監督生は無理でも、首席監督生にはなれるかもしれないし」
 ハーマイオニーは励ますつもりで言ったのだろうが、それも土台無理だろうとユリィは思った。当然、ユリィの学年にはハーマイオニーがいるからだ。
「私、六年経ってもハーマイオニーより良い成績なんて取れやしないよ。呪文学は滅茶苦茶頑張ったら奇跡的に勝てるかもしれないけれど、薬草学が致命的だし」
 ユリィ自身の成績は、自分でも悪くないと思えるほどのものだ。ハーマイオニーと比べると見劣るけれど、彼女と同じくらい本が好きで、知識量も多いし、彼女の次くらいには成績は良いはずだ。
 ただ、薬草学だけがどうにもならなかった。
 知識はバッチリなのだが、実際に薬草を育ててみましょう、と言われると、即座に枯らしてしまう。一年生で一番最初に扱う、根性タンポポでさえ枯らした。ただ水をやるだけで咲く、ものすごく丈夫な品種のタンポポなのにだ。これには担当のスプラウト教授も閉口して、減点すらしなかった。引っこ抜いたって咲く花を枯らすなんて、どこを減点したらいいのかわからなかったのだろう。
 何となく、これはイネーブラ家の血統が問題な気もしたが、そうだとすると本当にどうしようもない。自分に植物は育てられないと諦めるしかなかった。
 しょんぼりするユリィを見かねて、ハーマイオニーが「元気出して」と慰めた。
「もし、もしもの話だけどね。もし私が監督生に選ばれたら、あなたをこっそり監督生専用のお風呂場に連れて行ってあげる。それでどう?」
「本当⁉︎」
 ハーマイオニーの提案に、ユリィは元気を取り戻した。
「約束だよ。五年生になったら、監督生用のお風呂場を使わせてね」
「私が監督生に選ばれたら、ね。もしかしたら、あなたが選ばれるかもしれないし……」
 そう言うハーマイオニーの顔には、やはり「でもやっぱり監督生に選ばれるのは私だと思うわ」と書いてあるようだとユリィは思った。