妖精印の入浴剤 3 / 3

 試合の朝、ハリーはいつぞやのハーマイオニー並みに不機嫌だった。
 緊張のあまり吐き気でもしているのか、いつもより白い顔をしたハリーは、美味しそうな朝食を前にして、カボチャジュースをちびちび飲んでいる。
「朝食、しっかり食べないと」
 気を使ったハーマイオニーが勧めたが、ハリーは少しもそそられないようで、いつもよりかなり低い声で「何も食べたくないよ」とだけ言った。
「ねえ、あなたたちも初試合はあのくらい緊張したの?」
 こんがり焼けたトーストをかじりながら、ユリィは真向かいの席に座っているフレッドとジョージに尋ねた。双子もクィディッチの選手でビーター(棍棒を持ち、試合中にグラウンドを飛び回る暴れ玉ブラッジャーが仲間の邪魔をしないように打ち返したり、逆に敵の妨害として打ち出したりする役目)のポジションを務めているはずだが、ハリーとは違い、いつも通りの様子で親友のリーと朝食を摂っている。
 フレッドとジョージは互いに顔を見合わせた後、「いや、別に」と声を揃えた。
「俺たちは全然」
「まあ、ちょっと張り切りすぎて、試合前にちょっとした余興をしたら、危うく試合に出られなくなりそうになったけどな」
 ユリィは詳細を聞かずに、ただ呆れた顔で二人を見た。
「ユリィはしないのか? クィディッチ。箒は不得意ってわけじゃないんだろ?」
 ジョージが大皿からウィンナーをたくさん取り分けながら聞いた。ジョージがウィンナーを自分の皿に移すそばから、隣に座ったフレッドがウィンナーを掠め取っていく。結局、ジョージは一本もウィンナーを自分の物にできなかった。ジョージがムッとしてフレッドを睨むと、反対側に座っているリーがすかさず残りのウィンナーを自分の皿に移した。
「不得意じゃないけど。得意でもないから、選手になるのは難しいと思う」
 大皿に残ったウィンナーは最後の一本だ。ジョージが取ろうとしたそれに、ユリィは自分のフォークをぐさりと突き刺した。
「……ちくしょう!」
 ジョージは悪態をつくと、悔しそうに少し遠くの大皿までウィンナーを取りに行った。
 戦利品にありついているフレッドが、無言でユリィに親指を立てた。
「ハリー、力をつけておけよ。シーカーは真っ先に敵に狙われるぞ」
 一年生のシェーマス・フィネガンがハリーに忠告するのが聞こえる。ユリィが再びハリーのほうに視線を向けると、彼は先ほどにも増して真っ白な顔で朝食に臨んでいる。
「ハリーったら、もう少しリラックスなさいな。クィディッチでヘマしたって、ほとんど死んだりしないんだから」
 さすがにかわいそうになってユリィも慰めてはみたが、「わざわざご親切に」と平坦に返したハリーの顔色は少しも改善しなかった。

「グリフィンドール、百七十対六十で勝ちました!」

 終わってしまえばグリフィンドールの大勝利になった試合の後、当然、グリフィンドール寮は勝利を祝う宴のため大騒ぎになったが、ユリィはその場にいなかった。ハーマイオニー、ハリー、ロンと四人で、ルビウス・ハグリッドの小屋でお茶を頂いていたからだ。
 ハグリッドはホグワーツで森の番人をしている男で、縦にも横にも大きい、大人でさえ見上げるほどの大男だ。もじゃもじゃした黒髪と髭を長く伸ばし、仕事柄いつも少し薄汚れた外套を着ているので、入学当初、ユリィは怖がって彼を遠巻きにしていた。
 だが、彼と兼ねてより交流のあったハリーとロンのおかげで、今やユリィとハーマイオニーにとっても、彼は大切な友人になった。怖そうな見た目とは裏腹に、話してみると、ハグリッドは気さくで心優しい男だった。
「スネイプだったんだよ。ハーマイオニーと僕も見たんだ。ユリィもさ。君の箒にブツブツ呪いをかけていた。ずっと君から目を離さずにね」
 ロンの主張は、先ほどの試合に関することだった。
 グリフィンドールの勝利に終わった試合ではあったが、万事順調だったわけではない。
 途中、ハリーが箒のコントロールを失ってあわや落下事故というシーンがあったのだが、その際、グラウンドを挟んだ向かいの座席で何やら呪文を唱えるスネイプ教授が見えたのだ。ハリーの箒に魔法をかけているのでは?と疑ったハーマイオニーがスネイプ先生の気を引くために彼のローブにこっそり瓶詰のブルーの火を放ち、彼のいた観覧席がちょっとした騒ぎになったところで、ハリーは箒のコントロールを取り戻した。
 その後のハリーは先ほどの動きが嘘のように絶好調で、素晴らしいコントロールで黄金のボールであるスニッチを手にし、グリフィンドール・チームに百五十点貢献し、試合終了となった。勢い余って口の中でスニッチをキャッチしたのはハリーとしては誤算だっただろうが、それでもキャッチはキャッチだ。
 クィディッチはシーカーが金のスニッチを手にした時点で試合終了で、スニッチを手にした側が百五十点を手にするルールなのだ。
「バカな。なんでスネイプがそんなことをする必要があるんだ?」
 ハグリッドはロンの意見に懐疑的だった。
 ハリーとロンとハーマイオニーがそれぞれお互いの顔を見合わせたので、その様子にユリィは昨晩のやり取りを思い返した。そうだ、スネイプにはもうひとつ怪しい点があった。ハリーがハグリッドに向き直る。
「僕、スネイプについて知ってることがあるんだ。あいつ、ハロウィーンの日、三頭犬の裏をかこうとして嚙まれたんだよ。何か知らないけど、あの犬が守ってるものをスネイプが盗ろうとしたんじゃないかと思うんだ」
 ハグリッドはあからさまに動揺を見せたかと思うと、ティーポットをその場に落とした。
「なんでフラッフィーを知ってるんだ?」
「フラッフィー?」
 ハリーとロンが同時に聞き返した。ユリィもきょとんとしてハグリッドを見た。
「そう、あいつの名前だ――去年パブで会ったギリシャ人のやつから買ったんだ――俺がダンブルドアに貸した。守るため……」
「何を?」
 ハリーが身を乗り出して続きを促したが、ハグリッドはそこでハッとして口を噤んだ。
「もう、これ以上聞かんでくれ。重大な秘密なんだ」
「だけど、スネイプが盗もうとしたんだよ」
 食い下がったハリーを「ねえ待って」とユリィは制した。
「聞いていて思ったけど、それだと筋が通らないよ。スネイプがハリーの箒に呪文をかけていたのは私も見たけど、でも、なんで三頭犬の守ってるものを手に入れるのに、ハリーを殺す必要があるの?」
「それは――、なんでだろう」
 興奮したハリーは反射的に言い返そうとしたようだったが、反論が思いつかずに、そのまま納得のいっていない表情で口を閉じた。ユリィが他に意見はあるかとハーマイオニーとロンにも視線で意見を求めたが、ふたりも難しい顔で首をひねった。
 ハリーが黙ったことでハグリッドは少しホッとした様子になり、床に散らばったティーポットの破片を素手で集め始めた。ただの陶器の破片では、ハグリッドの分厚い皮膚には傷ひとつつけられないらしい。
「その通り、おかしな話だとも。スネイプはホグワーツの教師だ。そんなことするわけないだろう。ハリーの箒がなんであんな動きをしたんか、俺にはわからん。だがスネイプは生徒を殺そうとしたりはせん。四人ともよく聞け。おまえさんたちは関係のないことに首を突っ込んどる。危険だ。あの犬のことも、犬が守ってる物のことも忘れるんだ。あれはダンブルドア先生とニコラス・フラメルの……」
「あっ!」
 ハリーは当然聞き逃さなかったし、ユリィは思わずハグリッドに呆れてしまった。
「ニコラス・フラメルっていう人が関係してるんだね?」
 ハグリッドは口が滑った自分自身に強烈に腹を立てたようで、それ以降はむっつりして黙り込んだ。