黒水晶は瞬かない 1 / 3

「ユリィのおじいちゃんからの手紙、まだ来ないのかい?」
 夕食後、大広間の天井を飛び交うふくろうたちを見上げるユリィに、ロンがそう尋ねた。
「そうみたい」
 群れの中にイーネブラ家のふくろうがいないのを確認したユリィは、ため息交じりに肯定した。
 ユリィが寮の組分けの結果を手紙で報告して以降、祖父からの返事は一通も届いていなかった。ユリィの祖父はもともと筆まめなタイプではないから、必要最低限の連絡しかしてこないことがほとんどだ。だから、入学して半年足らず手紙が来ないことはそこまでおかしなことではない。
 しかし、祖父はスリザリン出身の魔法使いだ。ユリィがグリフィンドールに組み分けられたことを不満に感じ、彼が返事を寄越さないのかもしれないと思うと心配だった。
「クリスマス休暇までには返事が来るといいけれど……、もし返事が来ないようなら、休暇に帰るのは諦めたほうがいいのかな」
 困り顔のユリィに、ハーマイオニーが「そんなことないわよ」と元気づけてくれる。
「もともと言葉少なな方なんでしょう? 気にしてないからこそ連絡がないだけかもしれないわ」
「そう、だよね」
 祖父がユリィの組分けをどう思っていたとしても、ユリィがクリスマス休暇に実家の古城に戻ったところで、祖父はそこに住んでいるわけではない。迎えてくれるのはタバサだけだろう。ただ、クーパーが毎年届けてくれる祖父からのクリスマス飾りつけや御馳走、プレゼントがなくなるかもしれないというだけだ。だから彼に嫌われたところで、クリスマス休暇にどうしても実家に帰れないということはないだろう。ただ、いつもあるものがないかもしれないところに帰ることが、ユリィには何だか少し怖く思えた。
「ねえ、僕はこれから図書館に行くけど、君たちも行けそう?」
 かぼちゃジュースを飲み干して、ハリーが椅子から立ち上がった。
 ハリーの言葉を聞いて、ロンが思い切り顔をしかめる。
「また『ニコラス・フラメル』? あんなに調べたのに?」
 ハグリッドの例の失言があって以降、ハリーは『ニコラス・フラメル』の正体を探るのに夢中だった。彼がスネイプ教授に命を狙われているという差し迫った事情があるため仕方ないことではあったが、もう調べ始めてかなり経つ。ユリィたちも手伝いながら、四人で探して今や十二月の上旬。ここまで探して今のところ手がかりひとつ見つかっていないのだから、『ニコラス・フラメル』探しは無謀な試みなのでは?という疑念が頭の中にうっすらと湧き上がっているところだった。
 ユリィが思うに、ハリー自身も内心そう思ってはいるだろうが、他に手がかりがない以上、諦めるわけにもいかないのだろう。彼は半ば意地になって探しているようにも感じられた。
「でも、今日こそ見つかるかもしれないわ」
 ハーマイオニーがそう促すと、ロンは何か不満の声を呟きながらもしぶしぶ立ち上がる。ユリィも心の中ではロンに同意しつつ、図書室に向かう三人の後ろをついていくことにした。もともと読書をする習慣のあるユリィにとって、図書館自体は嫌いな場所ではない。『ニコラス・フラメル』探しは少し飽きてしまったが、図書館での調査自体はユリィにそこまで苦痛ではないのだ(そう考えてみると、本がそこまで好きではないロンにとっては、本当に退屈な時間になっているのかもしれない)。
 ホグワーツの図書室は司書を務める魔女、マダム・ピンズの領域で、いつ来ても静かな空間だ。
 図書室に着いたユリィたちは、こそこそと喋っているのがマダム・ピンズに見咎められないよう、彼女からかなり離れた奥まったテーブルに陣取った。たくさんの本棚の陰になっているので、マダム・ピンズからの注意を受けにくい場所だ。
「今日はどの棚から調べる? 一冊一冊調べてるから、魔法史の古代の棚もまだ終わりそうにないわ」
 ハーマイオニーが背後の見上げるような本棚の案内札を確認して言った。
 『ニコラス・フラメル』を探し始めてすぐは、『N』や『F』の棚や、それぞれが思い思いの本を調べていたのだが、その方法では成果が出ず、今や端っこの棚から一冊ずつ調べているありさまだった。しかしイギリス魔法界一とも言われるホグワーツの図書室の蔵書数は膨大で、一生かかっても終わりそうにない。だからこそここには司書のマダム・ピンズがいるのだが、四人の取り決めで、彼女には一切質問しないことになっていた。マダム・ピンズからスネイプ教授にユリィたちがニコラス・フラメルについて調べていることを伝えてしまうかもしれないからだ。同様の理由で、教師や親族に尋ねるのも禁止にしている。
「正直、魔法史はもう飽きちゃった。夕飯でおなかもいっぱいだし、いま魔法史の本なんか見たら寝てしまいそう――私は窓際の棚から調べてもいい? 何かわかったら、ここに伝えに来るから」
 ユリィがそう提案すると、三人は快く同意してくれた。なお、ユリィとまったく同じ言い訳で、ハリーとロンも魔法史の棚の担当を退けていた。
 窓際の棚につくと、ユリィは雑学の本ばかり並んだ棚の一番端から抱えきれるだけの数の本を取り出し、近くにあった窓向きの読書机に積み上げた。広大な図書室の端っこだけあって、その席はかなり穴場のようだ。近くには誰の気配もなく、読書には最適の環境だといえた。
 椅子に腰かけたユリィは、積み上げた本の一番上の一冊を手に取り、『ニコラス・フラメル』の文字を探してパラパラとめくり始めた。
 『雑学』の棚にある本は様々で、どの棚に置くのか迷ったものを全部ここに置いたんじゃないかと思えるバリエーションだった。
 生活に役立つような豆知識が詰まった一冊もあれば、いつ使うのかもわからないようなくだらない悪戯呪文集、美味しい石と砂の解説本、死者の蘇生や最強の呪文などユリィにだって出鱈目でたらめだとわかるトンデモ魔法の指南書、魔法界でも都市伝説だと思われている架空の生き物に関する本。他にも、雑誌『クィブラー』の付録の冊子や、無名で誰も知らないような魔法使いの自伝なんてものまである。
 残念ながら『ニコラス・フラメル』の文字はなかったが、ユリィはいつしか本を読むのに夢中になっていた。