黒水晶は瞬かない 3 / 3
それからなんと一週間半もの間、ユリィは医務室に缶詰になっていた。
校医のマダム・ポンフリー特製の『元気爆発薬』を持ってしても下がらないしぶとい熱に、一時は何か大きな病気が隠れているんじゃないかと聖マンゴ魔法疾患障害病院への受診も検討されたくらいだった。頭がぼうっとする以外に大きな不調はなかったので様子見をしましょうということになり、ここ二日でやっと熱が落ち着いてきたので、ユリィもマダムも揃ってほっとした。厄介な風邪を患ってしまったということなのだろう。自覚はなかったが、ホグワーツでの生活に疲れが溜まっていたんじゃないかとマダムに指摘された。
トイレ以外の時間にベッドから出ることを禁じられた一週間はとても退屈で、憂鬱だった。
友人たちは面会謝絶になっていたし、寝る以外にやることがなかったのだ。ハーマイオニーが毎日その日の授業内容をまとめた羊皮紙を差し入れてくれていたのだが、マダム・ポンフリーはそれを読むことすら許してくれなかった。授業の内容についていけなくなることが心配だとマダムに伝えても、「この熱の原因が勉強の疲れだったらどうするんです」と言われてしまい、それ以上の反論はユリィにも思いつかなかった。
しかも何もしないでベッドにいると、考えたくもないことを考え始めてしまうのだ。
倒れる前に見た夢――悪夢のことを。
あれは不思議な夢だった。
夢だが、記憶でもあったのだ。かなり強烈な記憶だというのに、図書館で夢に見るまであの日のことは一回も思い返したことがなかった。完全に忘れていたわけではないと思う。あれ以降、ユリィはしばらくペットを飼うのを避けていたし(サファイアを飼い始めたのはかなり後の話だ)、中庭の小さな墓に花を添えたりもしていた。だが奇妙にも、「なぜそうなったか」を思い返すことはなかった。
数日間じっと熱と眠りのあいまにそのことを考えているうちに、ふと、あの日の食事に『機嫌を直す薬』が混ぜられていたのかもしれないと思い至った。
小さい子ども用の魔法薬で、何か『嫌なこと』があって癇癪を起こした子どもに与えると『嫌なこと』が気にならなくなって機嫌を直す、という効果の、ほとんどジュースみたいな甘い飲み物だ。子ども騙しなので効かないことも多々あるし、幼児期にしか通用しない。
考えれば考えるほど、ユリィは『機嫌を直す薬』が使われたに違いないと確信を強めた。あの時点ではユリィは幼く、まだ状況がよくわかっていなかったが、それでも受けたショックは大きかっただろう。そのショックを和らげようと、祖父やタバサが『機嫌を直す薬』を与えたのかもしれない。
気になるのは、『機嫌を直す薬』はあんなに
結局、今日まで結論は出ないまま、何もすることがないのでそのことばかり悶々と考えて過ごした。
入院生活で唯一よかったことといえば、祖父からの手紙が届いたことくらいだった。あれだけ心配していたのに、実際の手紙の内容はあっさりとしていて、『グリフィンドールおめでとう。その勇気を誇りに思います』という祝福の言葉と、『クリスマス休暇はご馳走を用意しているので帰ってくるように』『僕自身は出張でアメリカにいるので直接会えなくて申し訳ない』といったようないつもの内容が季節の挨拶とともに記述してあるだけだった。
祖父がユリィと会ってくれないのはいつも通りだし、その点はがっかりしたが、気兼ねなく帰宅できそうだと確認できたのは良かった。帰省した際、悪夢の記憶について、タバサに聞いてみるのもいいだろう。
そして今日、やっとマダム・ポンフリーから面会の許可が出たので、ハーマイオニー、ハリー、ロンの三人が医務室までお見舞いにきていた。
「じゃあ、明日には退院できそうなのね?」
ハーマイオニーの問いに、ユリィは頷いて肯定した。まだベッドから出る許可は出ていないので、医務室のベッドで上半身だけを起こした状態だ。
「うん。マダムが夜のうちに熱が上がらなければ、完治したってことで明日から授業に出て良いって言ってくれたの」
「それはよかったわ」
ハーマイオニーがユリィの右手を両手で握って「心配したのよ」と付け足したので、ユリィも小さく「ありがとう」と返す。
「ユリィ、僕もごめん。毎日『ニコラス・フラメル』探しに付き合わせちゃって――君が倒れたって聞いて反省したよ。スネイプのことや、三頭犬が守っているもののことで頭がいっぱいで、ちょっと周りが見えてなかった」
ハリーがあまりにもしょんぼりした様子で謝罪してきたので、ユリィは慌てた。ハリーに謝られるなんて、完全に予想外のことだった。
「そんな! 私が体調管理できずに勝手に風邪をこじらせちゃっただけで……。そりゃ、『ニコラス・フラメル』探しで少しは忙しくしていたけど、そのせいでこうなったわけじゃないよ。それに、ハリーは命を狙われているんだし、それで周りが見えなくなるなんて全然おかしなことじゃない、当たり前だよ」
ユリィがそう言い募ると、ハリーは下がり切っていた眉を少しだけ上げて、「そうかな?」と少し微笑んで見せた。
「僕、ホグワーツに来るまで、ダドリーにいじめられていたせいで孤立してて、親しい友達がいたことがないんだ。だから、もしかして友達に頼むべきこと以上のことを頼んで迷惑をかけてしまったのかなって、少し考えてたんだ」
落ち込むハリーを見かねたロンが、ハリーの背中をばーんと強めに叩いた。
「まさか! ハリー、元気出せよ。そりゃ『ニコラス・フラメル』探しはちょっと飽きてるけど、そんなのどうってことない。困ったときは助け合うのが友達ってもんさ」
「そうよ、ハリー。迷惑なわけないわ」
ハーマイオニーもロンに同意する。ユリィも当然、その意見に大きくうなずいた。
「ハリー、私もダイアゴン横丁でハーマイオニーと出会うまで友達はいなかったから、友情がどういうものか、まだ完全にはわかっていないけど。でも、迷惑だなんてあり得ないよ。でも、ロンの言う通り、『ニコラス・フラメル』探しはちょっと飽きたけどね」
ユリィが冗談めかしてウインクしてみせると、ハリーはやっと笑顔を見せた。
一週間半ぶりの友人との会話は最高の時間だったが、そのあとすぐ、マダム・ポンフリーの「面会の時間はとっくに過ぎていますよ」という大声でその場は解散になった。最後にハーマイオニーたちが授業の板書をしたノートをユリィに手渡してくれたので、その夜は消灯までベッドで勉強をして過ごすことができた。