クリスマス・イヴ 1 / 3
一週間半に及ぶ入院生活の影響は、ユリィが想像していた以上に大きかった。
ホグワーツの先生方はユリィの入院中に出された課題の提出を待っていてはくれたが、羊皮紙一枚減らしてくれなかったからである。ユリィはそれからクリスマス休暇までの一週間弱、食事と就寝時間以外をすべて授業に追いつくための勉強に費やす羽目になってしまった。
そしてクリスマス休暇初日の朝、残ってしまった課題を寮の自室で泣く泣くトランクに詰めたユリィは、膝下まであるウールのケープと大判のマフラーを纏って、談話室まで駆け下りた。帰りの列車が待つホグズミード駅へ向かうためだ。斜めがけした鞄の中にも、帰りの列車で読むべき分厚い参考書が入っている。
「ユリィ、まだいたのか」
「フレッド?」
ユリィは今朝もギリギリまで課題をこなしマクゴナガル教授に提出しに行っていたので、帰省の準備は他の生徒よりも遅れていた。ハーマイオニーも先に列車でコンパートメントを確保してくるからと、すでにホグワーツを後にしている。なので、ユリィはてっきり談話室には誰も残っていないと思っていたが、そこにはウィーズリーの双子の片割れが立っていた。
彼は何故か大量のクリスマス・クッキーの入ったバスケットを抱えていた。
「当たり。あーあ、ユリィもジョージと俺の区別がつくようになっちまったんだな。お袋だってたまに間違うのに。リーはもう百発百中だし、センスある友達にはわかっちまうってことかなぁ」
フレッドがあまりにがっかりした調子でそう言うので、ユリィは苦笑いだ。
「私もまだ百発百中の域には達してないと思うけど……、でも、なんとなくわかるよ」
彼らのどこがどう違うのか、言葉にするのは難しい。彼らは本当にそっくりなのだ。本人たちが意識して外見や仕草をお互いに寄せ合っているから、本当に瓜二つだ。だが確かに、何かが違う。ユリィにはここのところ、なんとなくふたりの区別がつくようになってきていた。
「フレッドはホグワーツに残るんだよね」
「ああ。親父とお袋が兄貴に会いにルーマニアに行くから、ウィーズリー家はみんな居残りさ。まあ、ホグワーツのクリスマスは毎年すごいって聞くから、実のところ、実家に帰るよりも楽しみにしてるんだけどな」
「あー、わかった。それでそんなもの持っているんだ」
ユリィはフレッドに近寄ると、彼の抱えるバスケットの中身をじっくりと見た。
赤と緑のクリスマス・カラーのチェックのランチョンマットに、ツリーやベル、サンタの形をしたアイシングクッキーがこれでもかと詰め込まれている。星型のジンジャークッキーや、手のひらほどある大きなチョコチップクッキーもあった。
「ご名答! 厨房でクリスマス・パーティの準備をしていたから、ジョージとせかせか働く屋敷しもべたちの目を盗んで、これを拝借してきたってわけさ」
「大成功みたいね。それで、ジョージはどうしたの?」
「さすがにふたりで行動したら目立つからな。お互いに時間差で厨房に入って、目当てのものを手に入れたらここで集合ってことにしたんだ。あいつは教員向けに用意されたエッグノッグを狙うって言っていたから、まだかかってるんじゃないか? お先生方専用の贅沢品は屋敷しもべたちの目が厳しいからな」
「そうなんだ?」
フレッドがよく知っているような口ぶりで喋るので、ユリィは思わず感心した。
彼らはホグワーツのクリスマス・パーティに参加するのは初めてだそうだが、厨房に盗みに入るのはどうも初めてではないらしい。べつに屋敷しもべに言えばお菓子や飲み物くらい喜んで渡してくれるだろうし、フレッドたちもそのことは心得ているはずなのだが(実際、彼らはよくそうしてお菓子を調達してくる)、恐らく、誰にも気づかれずに失敬してくるという行為自体に楽しみを見出しているのだろう。
「ねえ、そのクッキー、少しもらってもいい? 列車でハーマイオニーと食べるのに良さそうだし」
「おう、好きなだけ持ってけよ。さすがに食べきれないしな」
「ありがとう、フレッド」
身長が低いユリィがクッキーを選びやすいよう、フレッドがバスケットをテーブルに降ろしてくれたので、ユリィはありがたくそれぞれの種類のクッキーを二枚ずつ取ってハンカチに包んだ。そのあいだ、傍のソファに腰かけたフレッドは、クッキー入りのハンカチを丁寧に鞄に詰めるユリィをじっと見ていた。
「なあ、ロンに聞いたけど、ユリィの家って広いんだろ?」
「うん。いちおうお城だし」
「え、なんだって? 城?」
フレッドは飛び上がって驚いた。ロンから詳細は聞いていなかったらしい。
「うん、お城。十八世紀の貴族が住んでいたらしいよ。でもあんまり格好いい感じじゃないかも。実はその貴族は吸血鬼で、今でもその奥さんだったゴーストが住んでたり、周辺の森一帯はあんまり晴れないからか暗いし、自分の家ながらけっこう陰気なところだよ」
ユリィは自宅の悪い点を伝えたつもりだったが、フレッドにとっては違ったらしい。身を乗り出し、目をキラキラとさせはじめた。
「ってことは、隠し部屋とかあるのか? 地下室も?」
ふむ、とユリィは右の人差し指を自らの下唇に当てて、記憶を掘り起こす。指からかすかにクッキーの甘い香りがした。
「普段使う場所じゃないからほとんど行ったことはないけれど、隠し通路と小さな隠し部屋は見つけたことがあるかな。ミセス・ドラキュラがいうには――ああ、その吸血鬼の妻のゴーストのことだけど――他にもあるんじゃないかとは言っていたかも。それと地下室だけど、保管庫とワインセラー以外は使ってないかな。他は元地下牢だからあまりキレイじゃなくて」
「地下牢!」
フレッドはついに立ち上がった。
ユリィも彼に説明しながら気づいたが、確かに自宅の古城は、そういえば冒険好きの双子好みの場所かもしれない。ユリィにとって自宅は自宅なので、そんなことは思いもしなかった。
確かに小さい頃は広い敷地を冒険したものだが、一年ほどで冒険し尽くしてしまい、字が読めるようになってからは読書をするほうが楽しくなってしまった。過去の探検ごっこも当時はすごい冒険に思えていたが、今思えばタバサが危ないものをあらかじめ撤去していたのだろう。フレッドは恐らくおどろおどろしいモンスターの住まいを想像しているのだろうが、実際の城に危険やアドベンチャーはほぼない。ただただ古くてカビ臭いだけだ。
ちなみに同じ話をしたとき、彼らの弟のロンは怯えていた。
「フレッドが考えているほどすごいところじゃないと思うけれど、そうね。良ければ、ジョージやロンと一緒に次の夏休みに遊びに来る? 煙突飛行で来ればすぐだろうし。ああ、それならハリーやハーマイオニーを呼んでもいいかも」
「もちろん――絶対――行く!」
フレッドは即答した。