クリスマス・イヴ 3 / 3

 ユリィの強い口調にハーマイオニーも何かを感じたようで、やや強引に話題を変えた。
「そういえば、ユリィ、昨晩図書館に行ったとき、ハリーが『休暇中もニコラス・フラメルについて調べてみて』って言っていたわ。私には『パパとママに聞いてみて』とも言っていたけど……」
「ええ? ハーマイオニーのご両親って、確かマグルのご職業じゃなかった? 歯の治療をする……ええと、歯癒者デンタル・ヒーラーじゃなくて、歯医者デンティストだったっけ?」
「ええ、その通りよ。ニコラス・フラメルどころか、校長のアルバス・ダンブルドアがどれほど偉大な魔法使いかさえ知らないわ」
 ハーマイオニーが真顔で言うので、ユリィは少し笑ってしまった。
「ユリィのおじいさまは実業家だったかしら」
「うーん、たぶんね」
 ハーマイオニーの問いに、ユリィは返答に困った。ユリィ自身もよく知らないからだ。
「実業家とか、慈善活動家とか、投資家とか、色んな肩書きがあるはず。イネーブラ家は大昔からある魔法族の旧家で、昔からそこそこ裕福だったそうだけど、その財産を倍以上に増やしたのはおじいさまらしい――いつかのパーティで誰かが言ってた。でも、私も詳細はよく知らないの。いつか私が継ぐのだから、そのうち教えてくれるとは思うけれど」
「すごいのね」
 ハーマイオニーはほうとため息をついた。そして彼女は何かを言おうとして、不自然に口を閉じる。
 ほんの一瞬生じた沈黙だったが、ユリィはハーマイオニーが何を言うのを止めたのか、なんとなくわかってしまった。イネーブラ家のことを詳しく聞こうとして、思いとどまったのだ。ユリィがその話題を避けていることに、彼女は気づいているから。
「ねえ、ハーマイオニー。図書館の本とか噂話とかで、イネーブラ家のこと、少し知ってるんでしょう? その、あまりいい評判がある家系じゃないこと」
 ユリィは少し口篭もりつつ、ハーマイオニーに尋ねた。
 イネーブラ家は、ユリィが入学前に思っていたほどには嫌われていなかった。
 『例のあの人』と同じで、たぶん、同年代の生徒たちは実感がないのだ。イネーブラ家の恐ろしい逸話は過去になり、歴史の一部で、本に出てくる記述や、子どもを躾けるための大袈裟な作り話でしかない。
 実際、ホグワーツの外にユリィのファミリーネームを聞いて驚くおとなはいても、ホグワーツの生徒たちはそういう反応をしない。
 誰かがユリィを遠目に見て、指を指してひそひそと話しているのは何度か見たことがある。そういうとき、彼らはユリィと目が合うとさーっといなくなってしまうので、何かよからぬ噂話をしているのは察していた。そういった生徒たちはすべて他寮の生徒で、グリフィンドール寮の生徒がそういうことをしないのが救いだった。
 ユリィと行動を共にすることの多いハーマイオニーだってそういった出来事には感づいていただろうが、何事もなかったかのように振る舞い、そのことで後からユリィに尋ねたりしてきたことはなかった。イネーブラ家は旧家で、図書室の歴史を記した蔵書にも名前が乗っていることがある。自他ともに認める本の虫のハーマイオニーがなんにも知らないとは思えなかった。
 ユリィだって、ハーマイオニーと友達でいるのならば、永遠に黙っていることは難しいのかもしれないと感じていた。そしてこの間の悪夢を見て以降、ハーマイオニーと顔を合わせるたびに、心のどこかでそのことを強く意識することになった。
 ホグワーツでユリィだけが知っているのだ。イネーブラ家の過去の逸話が、まだ過去でないということを。
 だからこそ今、こちらからこの話題を切り込んだのだ。
 ハーマイオニーはユリィの問いが唐突で驚いたのか、ぱちくりと大きな瞬きをした後、「ええ」と観念したようにひとつ頷いた。
「そうね。友達のことだから、詮索するのは悪いと思っていたけど、気になったの。たまにあなたへの態度が、その、あまり良くないひともいるでしょう? イネーブラ家は古い家系だから、図書館でイギリス魔法族についての本を調べてみたりしたわ。不快に思っているならごめんなさい」
 ハーマイオニーが申し訳なさそうに謝罪を始めたので、ユリィは向かいの座席からハーマイオニーの左隣に座りなおすと、彼女の左手を握った。
「ハーマイオニー、違うの。別に責めているわけじゃないの。あなたに正直に話さなかった私も悪い。ダイアゴン横丁であなたと初めて会ったとき、わざとそのことを言わなかった。家のことを話したら嫌われてしまうだろうと思った。私、どうしてもあなたと友達になりたかったの」
 ユリィにとって、それは勇気のいる告白だった。
 ユリィが黙って反応を待っていると、ハーマイオニーは俯きがちになっていた顔を上げ、ユリィの手を強く握り返した。
「まあ、いいのよ、そんなこと」
 ハーマイオニーの口調は軽く、本当に心から、気にしていないことが伝わってきた。
「ユリィ、あなたとお友達になれたことは、私にとって最もラッキーな出来事のひとつなのよ」
 その言葉は、ユリィにとって何よりも嬉しい贈り物だった。
 両親とも祖父母とも縁遠いユリィは、今までの人生において、こんなに真心が籠った言葉を受け取ったことがなかった。胸がいっぱいになったユリィは、今日のことは一生忘れないだろうと確信した。
「そんなの、私も同じ気持ち――友達になってくれてありがとう、ハーマイオニー」
 ユリィは身体ごとハーマイオニーの方を向くと、握っていたハーマイオニーの手を両手で握りなおした。
 ハーマイオニーも同じようにしたので、ユリィと向かい合う形になる。
「こちらこそありがとう、ユリィ」
 お礼を言ってくるハーマイオニーのキレイなブラウンの眼を見ているうちに、ユリィは今までのやり取りが少し照れくさくなって来た。感極まったとはいえ、ちょっとくさかった気がする。ユリィは赤くなりそうな顔を隠すために、ハーマイオニーから視線を反らした。
「クリスマスはまだ明日だっていうのに、もうプレゼントを貰った気分。それってちょっとおかしいよね」
「全然そんなことないわよ! 今良いところだったのに、もう、何を言っているんだか」
 思わず口に出した頓珍漢な台詞に、ハーマイオニーはユリィが照れていることに気が付いたらしい。声を上げて笑い出した。ユリィも自分が言ったことがおかしくなってきて、吹き出してしまう。
 車内販売のおばさんがコンパートメントに顔を出すまで、ふたりは手を繋いだまましばらく笑いあっていた。