ダイアゴン横丁 2 / 4

 ユリィはクーパーのお辞儀に見送られて、ダイアゴン横丁へ向かっていた。
 貰ったばかりの杖は、これまた貰ったばかりの杖ホルダーへ仕舞って、ポシェットにカラビナで引っ掛けてある。ユリィはまだひとつも魔法を使えないので杖を持って出てくる必要はなかったが、やっと手に入れた憧れの品だ。使えなくても持ち歩いていたい。それに、魔法は使えないが、ダイアゴン横丁に入るには杖を使うのだ。今までは手近な大人の魔法使いに手助けしてもらっていたが、これからはひとりでダイアゴン横丁へ入ることができる。
 祖父の家からダイアゴン横丁までは、歩いて十分もかからない。ユリィが祖父の家に遊びにきたときはいつもダイアゴン横丁で遊ぶのが定番だったので、ユリィにとっては慣れた道だ。ロンドンの人混みを縫うようにして、目印である寂れたパブ『漏れ鍋』の看板の下まで迷うことなくスムーズにやってきた。
 いつもと違ったのは、漏れ鍋の前で、妙にきょろきょろするマグル(非魔法族のことを、魔法族はそう呼ぶ)の親子がいたことだ。ロンドンの街で迷子になる観光客は多い。ユリィも普段であったら無視して通り過ぎていたところだが、そのマグルの親子の会話が聞こえてきてしまい、つい立ち止まってしまった。
「漏れ鍋なんてパブ、地図には載ってないよ」
「でもパパ、ホグワーツからの手紙にはこの辺りだって書いてあるのよ」
 魔法の存在は、マグルには秘密になっている。魔法族の生まれであるユリィには当たり前の魔法だけれど、マグルは魔法なんて馬鹿げたフィクションだと思っていると聞く。だから、普通のマグルの親子であれば、絶対に、ホグワーツなんて単語を知っているわけがない。
 その親子のうち、娘はユリィと同じくらいの歳の子に見える。ユリィはピンときた。
 あの子はマグル生まれの魔女なのだ。
 魔法を使う才能は大抵の場合は遺伝するが、マグルの両親から、突然、魔法使いや魔女の子どもが生まれることもある。そういった子はマグル生まれと呼ばれ、ホグワーツへ入学できることになって初めて魔法界へ関わることになる。――あの子はマグルの両親から生まれた魔女で、家族も誰も一度も魔法の横丁に入った経験がないから、入口がわからないんだ――そこまで考えたところで、ユリィはハッとした。
 マグル生まれのあの子なら、イネーブラ家のことなんてこれっぽっちも知らないだろう。もしかしたら――初めての同世代の友達になれるかもしれない。
 ホグワーツへ入って、魔法族の子どもからイネーブラ家のことが耳に入るかもしれないし、そうしたら、友情もそれまでになってしまうかもしれないけれど。でも、それまでの一ヶ月か二ヶ月か、その間だけでも、彼女と友達になってみたい。友達を作ってみたい。
 ユリィはそんな切実な打算と、困っている同級生を助けようという純粋な親切心から、親子に歩み寄った。
「あの、こんにちは。あなたも今年からホグワーツへ行くの?」
 ユリィの声に振り返った女の子は、とても可愛らしい子だった。
 とても柔らかそうなフワフワした髪の毛をしていて、薄いグレーのポロシャツと、黒いデニムのスカートを身につけている。マグルにしてはヘンテコな格好じゃないんだな、とユリィは思った。
「ああ、助かったわ! こんにちは――そうよ、今年からホグワーツ。もしかしなくても、あなたも魔女なのね?」
 彼女が感激したように笑顔を見せたので、ユリィは少し気恥ずかしくなった。彼女の両親も見当たらないパブを探し続けていることが不安だったらしく、ユリィを見てとてもホッとした表情を見せた。
「ええ、そうなの。ユリィ・イネーブラっていうの。ユリィって呼んで。私も今年からホグワーツへ入学だから、ダイアゴン横丁へ学用品を揃えに行くところだったんだけれど、あなたたちの会話が聞こえちゃって……」
 ユリィが握手のために差し出した右手を、彼女はすぐにギュッと握り返してくれる。
「私はハーマイオニー。ハーマイオニー・グレンジャー。こっちは私のパパとママ」
「よろしくお願いします」
 できるだけ愛想よく見えるように笑顔を意識しながら、ユリィはハーマイオニーの両親とも握手を交わす。よく考えたら、ユリィはマグルの礼儀を知らない。失礼があったらどうしようかと思ったが、反応を見るに、初対面の挨拶は魔法族と同じで問題なかったようだ。
「あの、ハーマイオニー、失礼かもしれないけど、あなたってマグル生まれなの? ご両親はマグル?」
「マグルって、魔法が使えない普通の人のことよね? 『魔法使いや魔女じゃない人』って意味の言葉よね。それならそうよ、私はマグル生まれなの」
 何が失礼なのかわからない、という顔でハーマイオニーは返事をする。もし自分の家系に誇りを持つ魔法族に「あなたはマグル生まれですか?」と聞こうものなら、その場で怒鳴りつけられてもおかしくないくらい失礼極まりないのだけれど、マグル生まれの彼女には、当然そんな常識はないらしい。
「やっぱりそうなんだ。ダイアゴン横丁への行き方も知らないわけだよね」
「ええ、そうなの! 一応、ホグワーツからの手紙には、漏れ鍋ってパブに行けば、パブの主人が詳細を教えてくれるって書いてあったんだけど……」
「だけど、漏れ鍋が見つからないんでしょう」
 ユリィが指摘すると、ハーマイオニーだけでなく、その両親も「そう!」と大きく頷いた。
 ユリィはクスクス笑って、すぐそばにある漏れ鍋の吊り下げ看板を指差す。
「聞いた話だけど、魔法界の看板は、マグルには見えないんだって。魔法族の誰かに、『ここにあるよ』って教えてもらうまでね」
 ユリィの指先を追って頭上を見上げたグレンジャー一家は、今まで探していた店がすぐそばにあったことに呆然としている。ハーマイオニーならばこの看板は見えていたはずだが、子どもの視界では、この吊り下げ看板の位置は少し高すぎる。言われないと見つけるのは難しい。
「入りましょう」