ダイアゴン横丁 3 / 4

 漏れ鍋に入ると、グレンジャー親子は物珍しげに店の中を見回し始めた。
 勘のいいマグルに気づかれないよう地味に作られた店の入口はパッとしないが、お店の中に入ってしまえば、かなり広い空間であることがわかる。宿屋としての役割も持つパブ漏れ鍋は、ダイアゴン横丁の入り口であるだけあって、かなり立派なお店なのだ。古めかしいカウンターのあるホールは、ユリィがいつ訪ねても魔法使いや魔女でがやがや賑わい、繁盛しているようだった。
「おや、イネーブラ嬢。お食事ですか?」
 ユリィに気づいた店主のトムが、カウンターの向こうから声をかけてくる。ダイアゴン横丁でお店を営む魔法使いや魔女は、本心はどうあれ、ユリィの家名を知っていても親しげに声をかけてくれる。祖父がお得意さまなのも関係があるのかもしれない。
「ううん、ダイアゴン横丁に行くの。ハーマイオニー、彼がここの店主のトム。マグルの街からダイアゴン横丁に行くには漏れ鍋を通る道が一番便利だし、彼には今後もお世話になると思う。トム、彼女は今年からホグワーツに入学するハーマイオニー・グレンジャーと、そのご両親。ご両親はマグルなんですって」
「おお、それはおめでたい。どうぞ、今後ともご贔屓に」
 魔法界のお店に初めて入って緊張しているように見えたグレンジャー親子だったが、トムの朗らかな笑顔に安心したらしく笑顔を見せて挨拶を交わし合う。
「マグル生まれのご家族には、いつもなら私からダイアゴン横丁についてご紹介するところですが、イネーブラ嬢のご友人なら、お店はご一緒に回られますか? イネーブラ嬢にとって、ここは庭みたいなものだ」
 トムの提案は、ユリィには願ってもないことだった。一緒に買い物をするなんて、なんだかとても友達っぽい。ダイアゴン横丁に着いたら、ハーマイオニーとはそこでお別れになるかもしれないと思っていただけに、ユリィは密かに期待でドキドキしてきた。
「あの、そうね、トムの言う通りかも。ハーマイオニー、あなたとご両親が良ければ、私と一緒にお買い物をしない?」
 なるべくさりげなく聞こえるように提案すると、ハーマイオニーは自分の両親と顔を見合わせた後、にっこりと笑って頷いてくれた。
「ええ、もちろん! とっても助かる!」
 やりとりを聞いていたトムは、「ではでは、一応ご両親には地図と、諸注意だけ」と、グレンジャー夫妻を手招きする。どうやら、マグルの世界と魔法界の違いについていくつか大人のお話があるようだった。
 しばし待ち時間となったユリィとハーマイオニーは、空いていたカウンターの席に腰掛けておしゃべりをすることにした。
「ねえユリィ、あなたって、魔法について詳しい? いくつか聞いてもいい?」
「詳しいかはわからないけど、魔法族の生まれだから、マグルよりは詳しいと思う」
 カウンターの向こうの大きなシンクでは、スポンジがひとりでに動き出し、汚れた皿やカトラリーをごしごしと洗浄している。ハーマイオニーはユリィと話しながらも、その様子に目が釘付けになっていた。
「私、マグルの生まれだから不安なの。魔法の呪文をひとつも知らないし、杖を振ったこともない。ホグワーツに行くのはとても楽しみだけど、授業でうまくやれるかしら」
「それは大丈夫だと思う。法律で決まっていて、魔法族の子どもでも、ホグワーツに入学できる歳になるまで本物の杖は握らせてもらえないの」
「そうなの?」
 ハーマイオニーは驚いたようにユリィを見た。
「そうなの。子どもの魔法使いや魔女は、まだ力が安定していないから、成人するまでは、学校でしか魔法を使ったらいけないって法律があるの。でも、ダメだって言われても、びっくりしたり怒ったりしたら、つい魔法を使っちゃうこともあるけど、あれは大丈夫なんだって」
 幼い子どもが魔法を暴発するのはよくあることだ。ユリィも幼い頃は、悲しくなるたびに部屋中に雨を降らせてタバサを困らせていたことを覚えている。
「そうなのね……、杖と教科書を買ったら、学校に行くまでにたくさん練習をしておこうと思っていたけど、法律違反になるなら、杖を使って試すのは良くないのね」
「うん、そうなの――あー、そうなんだけどね」
 ハーマイオニーがあまりに残念そうにしているので、ユリィはとっておきの秘密を教えてあげることにした。周りに聞こえないよう声をひそめて、ハーマイオニーにささやく。
「実はね、これは秘密なんだけど、実はこの法律って、ホグワーツに入学する前なら管理が緩いから、こっそり簡単な呪文を使ったりしても咎められたりはしないんですって」
「本当? でも良いのかしら」
 どうやらハーマイオニーは真面目な性格らしい。魔法を使ってみたいという気持ちと、決まりは守るべきという道徳心で板挟みになっているようだった。
「ねえ、ユリィはどうしてそんなこと知ってるの?」
「おじいさまが魔法省にツテがあるから、内情に詳しいの」
 ユリィがそう答えたところで、トムとグレンジャー夫妻の会話が終わったようだった。みんなでトムにお礼を言って別れ、ユリィはグレンジャー親子を店の奥にある中庭に案内する。
 レンガが剥き出しになった壁に囲まれ、ゴミ箱があるだけの殺風景な中庭だ。庭というより空き地といった方が正しいかもしれない。ハーマイオニーも、グレンジャー夫妻も、なぜこんなところに来たのかわからないようで、不思議そうにユリィを見ている。
「ね、私も初めてやるから、何度か間違えるかもしれないけど、許してね」
 ユリィはそう言って、杖ホルダーからあの白い杖を取り出す。ハーマイオニーが「杖だわ」と羨望の眼差しでユリィの杖を見て呟いた。
 ユリィはコホン、と咳払いをして、レンガの壁の前に立つ。
「えーと、ゴミ箱の端から……みっつ上、横にいち、に、……」
 入念に確認を取りながら、ユリィは順番通りにレンガを杖の先でコツコツと三回突いた。
 すると、ユリィが突いたレンガがガタガタと音を立てて震えはじめる。連鎖するようにそれ以外のレンガも震えはじめ、ついに壁全体が揺れ始める。
 正解のレンガをつつけたらしい。ユリィはホッとした。
「ねえ、ちょっと下がった方がいいかも、危ないから」
 ユリィがそう注意する前に、グランジャー親子はびっくりしてすでに何歩か後ろに下がっていた。
「ねえユリィ、これ、何が起こるの?」
 父親にしがみついたハーマイオニーが不安そうな様子で問いかけてくるので、ユリィは大丈夫だという意味を込めて笑顔を見せる。
「見ればわかるよ!」
 そうこうしている間にレンガの壁の真ん中に穴が開き、そこを中心に、レンガが道を開け始める。数秒後には、レンガは大きなアーチ型の入口になっていた。アーチの向こうには、石畳の曲がりくねった通路が見えている。
「こっちこっち」
 ユリィが手招きしながらアーチを潜ってみせると、グレンジャー親子は恐々とその後ろを着いてくる。でも、アーチを潜り抜けた瞬間、親子から不安そうな表情はすべて消えた。
 目の前には、魔法使いや魔女で大賑わいの街があったからだ。
 ふくろうの看板が目印のイーロップのふくろう百貨店、ピカピカの大鍋がたくさん積んである鍋屋さん。空飛ぶ箒の店、マント専門店、おしゃれ杖がたくさん並んだ雑貨屋さん、ユリィにもよくわからないものがたくさん並んだショーウィンドウ……、そのすべてが魔法建築で建てられた建物だから、マグルの街では有り得ないくらい歪んだり、部屋が飛び出したりしている。
 ユリィだってはじめてここに来た日はとっても驚いたのだから、マグル一家のグレンジャー一家の驚きはとても大きいに違いない。
「ようこそ、ダイアゴン横丁へ」