凍える聖夜 3 / 4

 次に気づいたとき、ユリィは変わらず物置部屋の隅で蹲っていた。
 ただ、その物置部屋はとても暖かかったし、黴臭くも埃っぽくもない。とても清潔だった。ふかふかのカーペットも敷いてある。そして整然と並んだショーケースに父や祖父、イネーブラ家の祖先たちが集めたコレクションが収まっていて、空いたスペースにはユリィには価値のよくわからないガラクタや使っていない家具が置かれている。
 そう、ユリィのよく知るいつもの物置部屋だった。
 ユリィは訳がわからなくなって、ぎしぎしする身体を動かし、自身の姿を見下ろした。
 ユリィの体はテーブルクロスらしき襤褸布にくるまれていて、その中のパジャマは埃と汚れで真っ黒になっている。それでより混乱した。あれは夢だった? 夢じゃなかった――何だったの?
「みやあ」
 廊下からサファイアの鳴き声が聞こえる。サファイアが歩くと首輪から鳴るチリリという音も一緒だ。古城にはいつもの朝がやってきているらしい。
 まったく意味が分からない状況だけれど、とりあえずここを出よう。そう考えたユリィが立ち上がろうとした途端、足の裏に強い痛みが走った。
「痛い!」
 ユリィはあまりの痛みに、その場にひっくり返ってしまった。
 転がるようにして足の裏を確認してみると、すごく汚れている上に、血だらけだった。昨夜は寒さのあまり感覚がなくて気づかなかったらしいが、細かい石やガラスの破片を何度か踏みつけたようだ。そういったものが傷に埋まっていて、見るからに重傷だった。
「タバサ!」
「――お嬢さま!?」
 思わず口にすると、すぐさまタバサが姿現ししてきた。彼女はユリィの惨状を見て、甲高い悲鳴をあげる。
 タバサは非常に動揺していたが、そこからの対応は早かった。
 ユリィを魔法で清潔にして、足の傷を消毒し丁寧に包帯を巻いてくれた。
「昨夜はいったいどんなお転婆をしたのでございますか?」
 タバサはユリィからの説明を待つ素振りを見せたが、ユリィ自身、昨晩のことは何が何だかわからず説明のしようもなかったので、何も伝えることができなかった。かろうじて、タバサやクーパーが教養として教えてくれた、『由緒ある名家の跡取りが取り乱して答えに窮したときに見せる仕草』――つまりは何事もなかったかのように落ち着き払って意味ありげに微笑んでおく――を取ることはできた気がした。とりあえず、これをしておけばタバサに大ごとにされないことをユリィは知っていた。
 タバサはユリィの思惑通りに事情を聞くことを諦めたらしく、体温がやけに低いので寝ていたほうがいいと勧め、ユリィを丁寧な言葉で半ば強引にベッドに押し込んだ。ユリィ自身は別段体調の悪さは感じていなかったものの、この足では歩くこともままならない。
 ユリィが大人しくベッドで待っていると、タバサが暖かい朝食をカートで運んできてくれる。いつもの暖かいベッドルームで見慣れたタバサの姿を見ているうちに、狐につままれたようだったユリィの気分は落ち着き、いつもの調子を取り戻してきた。部屋に飾られたクリスマス・オーナメントの拡散する光のせいか、昨晩のことは夢だったような気さえした。
「お嬢さま宛てにクリスマスプレゼントもたくさん届いてございました! こちらにお持ちしますか?」
「ええタバサ、お願い」
 プレゼントを待ちながら朝食を平らげ紅茶を飲むと、ユリィの身体が急にぽかぽかし始めた。元気爆発薬が食事に入っていたんだ、とユリィは直感した。
 その予想は的中で、タバサがすべてのプレゼントをユリィの部屋に運び終わるころには、ユリィの両耳から湯気が噴き出していた。
「ホグワーツでたくさんお友達ができたようで、タバサは嬉しく思います」
 ユリィへのプレゼントの中に友人からのそれがあることが、タバサには誇らしいらしい。
 去年までのユリィには友達がいなかったが、それでも届くクリスマスプレゼントはそれなりの数がある。祖父と父からのプレゼントのほかに、タバサとクーパーからのプレゼント、そしてその他、社交界で知り合ったおとなたちからのプレゼントがふた山ほど。それらはすべて祖父繋がりの人脈からの、ご機嫌伺いみたいなものだ。ユリィからすれば一度パーティで挨拶しただけのひとばかりだが、彼らはユリィが将来受け継ぐであろう祖父の地位や財産を見越してプレゼントを贈っているのだろう。ユリィは何もしていないが、祖父が返礼の品を贈っているらしい。
「どちらから確認されますか?」
 タバサは動けないユリィのためにプレゼントの開封を手伝うつもりのようだ。
 ユリィはプレゼントを開ける前に昨晩のことを落ち着いて考えたかったが、自分以上にプレゼントを気にしてそわそわするタバサを待たせるのも悪い気がして、とりあえず家族と友達からのプレゼントは開けてしまうことにした。
「おじいさまからのプレゼントはどれ?」
 ユリィが尋ねると、タバサはパッと表情を輝かせて箱を取りに走る。屋敷しもべ妖精の奉仕好きはユリィには理解できない部分もあるが、純粋さと素直さは好きだった。
「こちらでございます!」
 祖父からのプレゼントは小さい箱だった。落ち着いたブルーの箱に、白くてツヤのある細いリボンがくるくると絶妙なバランスで巻き付けてある。
「わあ」
 その趣味のいい小箱を開封したユリィは、思わず歓声をあげた。
「きれい!」
 一番最初に目に入ったのは、細長くダイヤモンド型にカットされた透き通った石だ。
 向こう側が透き通るほど透明度が高く、うっすらと紫と黄色のグラデーションを感じられる。その宝石を吊るすような形で、細いシルバーのチェーンが取り付けてあった。チェーンの反対側には、イネーブラ家の家紋の入った留め具がついている。
「アメトリンのペンデュラム? にしては石が小さいかな。ネックレス?」
「あら!」
 箱の底にカードでもついていないかとユリィがそのアクセサリーを箱から出すと、それを見たタバサが驚いたような声をあげた。
「お嬢さま! これはイネーブラ家のペンデュラムでございますよ! イネーブラ家の女主人か、もしくは当主の奥さまが代々受け継いできたものでございます。奥さまが生前にお召しになっていらっしゃいました」
「そんなに凄いものなの?」
 ユリィは目をぱちくりとさせた。
 実はユリィのほとんどの持ち物には、イネーブラ家の紋章が刻印されたり刺繍してあったりする。自分の持ち物に家紋を誂えるのは、名家の子の嗜みだと祖父から教育されているからだ。だからプレゼントに家紋があったことに驚きはなかったのだが、今まで祖父から贈られたプレゼントは新品にイネーブラ家の紋章を付け加えたものばかりだった。祖父から伝統のあるアイテムをプレゼントされたのは、杖を除けばこれが初めてかもしれなかった。
「お嬢さまはもうホグワーツにご入学された立派な魔女さまでございますから。旦那さまも、お嬢さまに少しずつお家のことをお任せするおつもりなのかもしれませんね」
 タバサが感慨深そうにそう言うので、ユリィは小首を傾げた。
「そうなのかなあ?」
 ユリィが最後に祖父と顔を合わせたのは、もう何年も前のことになる。
 お祝い事のプレゼントを欠かしたことはないし、クーパーを通して何か困ったことがあればすぐに対応してくれるので、ユリィは祖父からの愛情を疑ったことはない。会えないのは仕方がないことだと理解していた。
 でも、祖父がユリィに何を期待しているのかはいまいちピンとこない。
 タバサやクーパーはいつかユリィが祖父の跡を継ぐはずだと言うし、社交界でもそのように扱われ、他に後継ぎになりえる親戚がいるわけでもないので、ユリィも自分は将来はそう、、なるんだろうなと漠然と思っている。
 でも、実感は感じられない。
 祖父からイネーブラ家の当主になることについて何も言われたことはないし、何かを教わったこともないからだ。
 しかし、このペンデュラムは、そんなユリィの意識を少しだけ変えた。この素敵なプレゼントを身に着け、上質なドレスローブを着た将来の自分の姿が、ユリィの頭の中でぼんやりと浮かんだ。