ダイアゴン横丁 4 / 4

 グレンジャー親子の提案で、まずはグリンゴッツ魔法銀行に寄ることになった。マグルと魔法族では通貨が違うから、換金しないと買い物ができない。通貨についての説明はトムがしてくれていたようで、グレンジャーさんが銀行を取り仕切る小鬼《ゴブリン》に驚いて何度も小銭を取り落とした以外はスムーズだった。
 換金を終えて、一同はまず銀行のすぐ近くにある洋装店で制服を注文することにした。店主のマダム・マルキンはベテランなので、ユリィたちがほとんど何も言わなくてもホグワーツで必要な衣類をぴったりのサイズで一式誂えてくれた。グレンジャー一家は、ひとりでに動くメジャーに釘付けだった。さっきの皿洗いの時のハーマイオニーといい、なるほど、マグルのところでは物が勝手に動かないから珍しく思われるらしい、とユリィは勘づいた。
 次に魔法薬の授業で使う道具や薬品、天文学で使う小型の手持ち望遠鏡を買いに行った。ユリィは祖父が揃えてくれたものがあるのでとくに新しく買う必要はなかったが、ハーマイオニーはどれが相応しいのかさっぱりわからないらしかったので、ユリィがいくつかアドバイスする必要があった。
「次は教科書が欲しいわ」
 ハーマイオニーが鼻息荒く張り切った様子で言うから、ユリィは少し笑ってしまった。
「そんなにホグワーツの授業が楽しみなの?」
「もちろん! 魔法の学校に、魔法の授業よ! あと、とっても本が好きなの」
 ユリィは納得して、『フローリシュ・アンド・ブロッツ書店』へハーマイオニーたちを案内した。
 天井まで本がぎっしり積み上がった本棚にハーマイオニーは大興奮で、教科書だけでなく、気になった本をどんどん父親の押しているカートに乗せていく。
「ハーマイオニー、こんなに買えないし、そもそも重くて持って帰れないよ」
 父親が声をかけると、ハーマイオニーは「そんな!」と悲壮な声を挙げた。ハーマイオニーがあまりに素早いので、その様子をポカンと眺めるしかなかったユリィだが、このやり取りを聞いて、助け舟を出すことにした、ハーマイオニーと、父親両方にだ。
「郵送サービスを使えばいいと思う――でもハーマイオニー、いくつかの本は高度すぎるから、今すぐ買わなくてもいいんじゃない?」
 ハーマイオニーが選んだ本は多種多様だったが、『上級呪文集』『高難易度呪文集』は一年生のハーマイオニーには絶対早い。ユリィが本をカートから取り除くと、本のタグにかかった魔法で、本が勝手に浮き上がり、本棚の定位置まで戻っていく。
「あと、この本に載っている魔法は違法だから、これもまだ読まなくてもいいと思う。合法な魔法も使えないうちはね」
 ユリィはそう言いながら、『危険な闇の魔術』も先ほどと同じように棚に戻す。他の本もユリィに勝手に戻されては堪らないと思ったのか、ハーマイオニーは慌ててカートの上の本を両腕でガードしにかかった。
「ハーマイオニー、まだ多いわ。ママにはよくわからないから、ユリィちゃんに教えてもらいながら、もうちょっと候補を減らしなさい。何冊かは買ってあげるから」
 母親に優しく諭されて、ハーマイオニーは観念したらしい。ハーマイオニーはガードを解いた。
「ユリィ、どれを買うべきかしら」
 ハーマイオニーは自分で積んだ本の山を見て、惜しむように言った。
「うーん、そうね。ハーマイオニーはイタズラは好き?」
「イタズラ? それって、誰かを脅かしたりってこと?」
「そうそう。このへんの本は、イタズラ呪文ばっかり載ってるよ。クラゲ足とか、くすぐり呪文とか。授業では習わないと思うから、そういうのが好きなら読んでもいいかも――ふふ、いらないみたいね」
 ユリィの挙げたイタズラ呪文の実例に、ハーマイオニーは呆れた顔をして無言でイタズラ関連の本をカートから除けた。それでも、カートの本はまだたくさんある。
「あ、そうそう。ホグワーツにはイギリスでも最大級の魔法図書館があるの。この本屋にある本のほとんどは所蔵されてるはずだから、ホグワーツに入ったあとに読めばいいと思うものは手放していいと思うよ」
「図書館⁉︎」
 ユリィのこの情報はとても役立ったらしく、ハーマイオニーは名残惜しくも、かなりの量の本を手放すことができた。
「ねえ、減らしてばっかりだけど、ユリィのおすすめの本はないの?」
 ハーマイオニーにそう言われて、ユリィは腕を組んで少し考えた。
 正直なところ、ユリィには遊ぶ友達もいなかったため、ハーマイオニーに負けず劣らずの本の虫だった。ユリィに住む古城の書斎には、吸血鬼が存命中に集めた本から、イネーブラ一族が今まで蒐集した貴重な本、祖父がユリィのために買い与えた本、自分が好きで買い集めた本など、この店に負けないくらいの所蔵量があったので、ひとりの時間が長くても、読む本に困ることはまったくなかった。
 ユリィは店の本棚から二冊の本を選び取り、ハーマイオニーに見せた。
 一冊は、『ホグワーツの歴史』。有名な本で、タイトルの通りホグワーツの創立から今までの情報がたっぷり詰まった分厚い本だ。ホグワーツ入学を楽しみにしているハーマイオニーにはぴったりだし、入学した後にも役に立つ。何しろホグワーツはイギリスでも屈指の歴史ある魔法建築だから、本当に数えきれないくらいの魔法の仕掛けがある。入学後にそれらの情報が必要になることは明白だった。
 もう一冊は、『吟遊詩人ビードルの物語』という本で、イギリス魔法界のポピュラーなお伽話がたくさん載っている作品集だ。魔法界の子どもなら誰でも知っているし、常識みたいなものだが、ハーマイオニーはマグルなので、全然知らないはずだ。
 ユリィがそのおすすめの二冊について説明すると、ハーマイオニーはとても気に入ったらしく、両方買うわ、とカートに積んだ。
「ハーマイオニー、悪いけど、もうちょっとだけ減らそう」
 父親にそう言われてハーマイオニーは難しい顔でカートの上の本を見比べる。残りは有力候補ばかりで、選別が難しいらしい。
「ねえハーマイオニー、良ければだけれど、夏休み中は私の持っている本を貸しましょうか? この中のいくつかは持ってるの」
「いいの?」
 ユリィが提案すると、ハーマイオニーの顔がパッと明るくなる。
「もちろん。ふくろう便で送ることになるから、一度にたくさんは送れないけれど、それでも良ければ」
「でも、今日も案内してもらってるし、なんだか悪いわ」
「そんなこと、気にしないで――あっ、そうだ。代わりに、マグルの本を貸してくれる?」
 咄嗟の思いつきだったが、ユリィは素晴らしいアイデアだと思った。ユリィは魔法界の本は今までたくさん読んできたが、マグルの本は一冊も読んだことがない。家の書斎には置いてないし、生粋の魔法族である祖父も、流石にマグルの本なんか送ってくれない。
 ハーマイオニーもこの取引には満足したようで、本の貸し借りを約束し合った後、ハーマイオニーはカートの本を彼女の両親が許す冊数まで減らすことができた。
 その後、ユリィはハーマイオニーたちをオリバンダーのお店まで案内した。イギリスで一番老舗の杖メーカーだ。他にも杖メーカーはあるが、ここが一番信頼できることは、イギリス魔法界では常識と言えた。
 ユリィは一族の杖を引き継いだだけなのですぐに済んだが、本来、杖選びは時間がかかるものだ。ハーマイオニーが杖を選ぶあいだ、すでに杖を持っているユリィは別行動をとることにした。
 向かったのは、魔法動物のペットショップだ。
 ユリィは古城でサファイアという名前の子猫を飼っていて、ホグワーツにも連れていく予定にしていた。いつも気ままに城の中を散歩していて、エサの時間にしか見かけないことも多いが、ユリィはサファイアが大好きだった。
 ホグワーツに連れていく時に使う猫用のケージと、首輪がわりになる丈夫な青いリボンを購入した。白い毛並みに良く映えるはずだ。
 ペットショップからオリバンダーの店へ戻ると、新しい杖を持ったハーマイオニーがニコニコした顔で待っていて、ユリィは無事に杖が決まったことを祝福した。
 少しだけ雑貨屋を回ったあと、ユリィはハーマイオニーへ手紙と本を送ることを約束して、グレンジャー親子と別れて帰路についた。
 ユリィはいつになく興奮していた。同世代の魔女とこんなに会話したのは生まれてはじめてのことだった。
 昨日までホグワーツに行けるなんて信じていなかったユリィだったが、学用品を揃えて、親しく喋れる友人ができた今、ホグワーツに行けないなんてことになったらがっかりどころの話ではない。もし行けないと言われたとしても、何が何でも入学しよう、とユリィは決意する。よく考えたら、ユリィの祖父は資産家だし、魔法省にも顔が利く権力者でもある。ユリィには甘い祖父のことだから、どうしてもホグワーツに行きたいとゴネれば何とかできるだろう。祖父もユリィがホグワーツに行くことは賛成のようだし、絶対にうまくいく。
 ユリィは軽い足取りで、ロンドンの道を歩いていった。