ホグワーツ特急 1 / 4

 ついにホグワーツ入学の朝がきた。
 この一ヶ月、ユリィは新学期への期待と不安でおかしくなりそうだった。
 ハーマイオニーとの仲は順調で、ふたりは頻繁に手紙と本とをやり取りしたし、先週は待ち合わせをして一緒にフローリシュ・アンド・ブロッツ書店へ遊びに行き、その後、書店の前のベンチでアイスを舐めながらまだ見ぬホグワーツについて熱く語り合ったりもした。
 とても楽しかった反面、ユリィの不安は大きくなっていった。
 ホグワーツに着いたら、ハーマイオニーはイネーブラ家の悪い面を知ってしまうだろう。それでも、ずっと友達でいてくれるだろうか? ハーマイオニーと仲違いしてしまったら、ホグワーツでどうやって過ごそう。もしハーマイオニーと仲良しのままでいられたとしても、ホグワーツには四つの寮がある。彼女と寮が離れてしまったら、一緒に過ごす時間は減るだろうし、同じ授業を受けられない可能性が高いとパパは言っていた。イネーブラ家というハンディを背負ったまま、新しく友達を作れる自信はあまりない。
 昨夜はそんなことをぐるぐると考えてしまって、ユリィはまともに寝られなかった。主人の不安を感じ取ったのか、愛猫のサファイアも夜中じゅう元気に部屋の中をウロウロしていたから、尚更だった。朝方、眠ったような起きていたようなぼんやりした頭のまま、「お嬢さま、朝でございます」とタバサに起こされ、ユリィはベッドの中から呻き声で返事をした。
 サンルームに差し込む朝日に目蓋をしぱしぱさせながらユリィが朝食を摂っていると、ミセス・ドラキュラが扉をすり抜けて部屋に入って来た。
 ユリィは驚いて声を彼女にかけた。
「ミセス、珍しく早いんだね」
 ゴーストであるミセスは、朝早く起きてくることはまずない。そもそもゴーストが眠るのかどうかが疑問ではあったが、少なくとも、朝早くにミセスの姿を見かけることはなかった。ゴーストの彼女の登場ではなく、彼女とこんな時間に顔を合わせたことが珍しくて、ユリィは驚いたのだ。ユリィだけではなくて、給仕を務めていたタバサも、声こそ出さなかったが、少し驚いた様子で目を見張っていた。
「あら、今日はあなたの出発の日でしょう。しばらく会えないんですもの。顔だけでも見ておこうと思いまして」
 眩しい朝日に照らされたミセスはいつにも増して透け透けで、さらにゴージャスな扇で口元を隠しているから、表情がよく見えない。それでも、彼女が優しく微笑んでいるのがユリィにはわかった。
 でもそれも一瞬のことで、ミセスは目ざとくユリィの格好に視線を走らせた。
「ユリィったら、その野暮ったい服は何? 初日でしょう、もっとお粧ししなさいな。マルフォイの坊やにバカにされるわよ」
 眠気と戦いながら選んだのは確かだったが、ユリィだって、普段よりも畏まった格好を選んだつもりだった。黒地に赤い小花柄のワンピースは、ジャケットを羽織ればそれなりに洗練されて見えると思っていたが、ミセスのお眼鏡には叶わなかったようだ。
「じゃあどれがいいと思うの? どうせ着いたら制服に着替えるんだし、あんまり着飾る必要はないと思うけれど……」
 気を利かせたタバサが姿を消し、次の瞬間にはユリィのクローゼットルームにあるハンガーラックごと持ってこの場に戻ってきた。
 ミセスは満足げに手に持っていた扇を閉じると、ラックにかかった衣装を検分し始める。ミセスが顎をしゃくって合図するたびに、タバサがミセスが見たい洋服がよく見えるように広げたりしている。
「ねえ、ドラコ・マルフォイも今年からホグワーツなの?」
「そうよ。同い年じゃないの。気づいてなかったの?」 
 ミセスはタバサに仕草であれこれ指示しながら、ユリィの質問に返事をする。
「あんまり考えないようにしてたの……」
 マルフォイ家は、イギリス魔法界における旧家であり名家だ。ユリィの祖父にも負けないくらいの資産を持っていて、ユリィが過去に祖父に連れられて出た社交パーティには必ずマルフォイ家も参加していた。子どものユリィが参加するパーティなんて数える程度のものなのに、そのすべてにマルフォイ一族の姿はあった。つまりそのくらい有力な一族だということだ。
 当然、マルフォイ家の一人息子のドラコとユリィは面識はあったが、彼のことは好きになれなかった。どうにも鼻持ちならない性格の男の子なのだ。幸い、彼もユリィと親しくしようという素振りはなかったから、お互い、ただ顔見知りというだけだ。社交辞令を除けば、まともに会話したこともない。
「彼ってなんか……、うまく言えないけど、合わない気がするの。向こうもそうだと思う」
 ユリィがそうこぼすと、ミセスは微かに鼻で笑った。
「同族嫌悪でしょう。彼とあなた、そっくりだもの」
「どこが⁉︎」
 心外だった。
 ユリィは彼ほど嫌味っぽく高飛車な態度をとったりしないし、権力を傘に着たような発言も控えている。そりゃあ、たまには祖父に頼ることもあるが、彼ほど大っぴらで恥知らずではないはずである。
「あなた、自覚はないでしょうけど、やっぱりお金持ちのお嬢さまなのよ。家以外では多少猫を被っているようだけど、育ちは隠し切れるものではないわ。自分でいうのも何だけれど、あなたの一番の話し相手のこの私だって生まれは貴族なんだから、絶対にそうよ」
 ミセスの言葉には説得力があって、ユリィは閉口した。
 物心ついたときからこの城に住んでいたユリィにとって、ミセスは姉のような存在であり、唯一の同性のお手本でもあった。分別がつかないほど幼い頃はタバサの真似事をしたりもしたが、祖父やミセスに使用人の真似をすべきではないと教えられてからは、それに従っている。
 別に悪いことばかりではないのだ。彼女には気品があるし、優雅で美しい。口煩くて皮肉っぽく、たまに情緒不安定な部分もあるが、芯のところは優しい。さっきユリィの服装にケチを付けたのだって、ユリィが恥を掻かないように心配して言っているのだ。
 本人には絶対に言わないが、ユリィにとって、彼女は憧れの存在で、頼りにしていた。
「今のところ新しいお友達には隠し通せているようだけど、気をつけなさいな。本当の友人になりたいなら、ずっと猫を被って隠しておくわけにはいかないでしょうしね」
 そんな忠告をした後、ミセスは「じゃ、あなたの顔も見たし、私はもう行くわ。ご機嫌よう」と素っ気ない挨拶をしてどこかへ消えてしまった。ミセスの近くにあったカウチには、ミセスがタバサに指示してピックアップさせた服が広げてあって、それがまたケチの付け所のない完璧なコーディネートだったから、ユリィは文句の代わりにため息が出た。