ホグワーツ特急 2 / 4
朝食を終え、窓際にできた日向でぐっすり眠っているサファイアを移動用ケージにそうっと入れたユリィは、生成り色のブラウスと、サマーツイードのジャンパースカートに着替えた。いよいよホグワーツに向けて家を出る時間だ。荷物とサファイア入りのケージはタバサが魔法で駅まで運んでくれることになっているので、ユリィの荷物は杖ホルダーを引っ掛けたポシェットひとつだ。
ホグワーツの学生は、特別な事情がない限り、ロンドンのキングス・クロス駅からホグワーツ特急に乗って通学することになっている。
煙突飛行ネットワークを使って祖父の家に着くと、祖父が手配したというタクシーがすでに家の前で待機していた。祖父本人は今日も不在だったが、クーパーが付き添ってくれたので、ユリィは彼に促されるままタクシーに乗るだけでよかった。
キングス・クロス駅でタクシーを降りたユリィは、九番線と十番線の間で立ち止まった。ここでハーマイオニーと落ち合うことになっていた。
「ユリィ!」
聞き覚えのある声がして、ユリィは笑顔で振り返った。同じく笑顔のハーマイオニーが、数メートル先で手を大きく手を振っている。
「おはよう! いよいよホグワーツね」
ハーマイオニーに親しげにハグをされて、ユリィは嬉しくなった。彼女の後ろには、ハーマイオニーの荷物を載せたカートを押すご両親の姿もある。
「おはよう、ハーマイオニー。グレンジャー夫妻も、おはようございます」
ハーマイオニーはユリィの手を両手で握ってニコニコしている。ホグワーツが楽しみで、表情が華やぐのが堪え切れないらしかった。
「ねえ、ユリィのご両親は?」
きょろきょろと辺りを見回しながらハーマイオニーが尋ねる。人混みの中から、魔法使いと魔女らしき姿を探しているらしい。
「忙しくて来られなかったの。大丈夫、荷物は屋敷しもべ妖精が運んでくれているから」
ユリィはさらりと嘘をついた。両親は仕事で来られないわけでない。でも、ホグワーツに浮かれている知り合ってひと月の友達に、詳細を話すのは気が引けた。
「屋敷しもべ妖精! ハウスエルフね! 私、まだ見たことがないの」
ハーマイオニーは本で読んだ魔法生物の方に気を取られたようで、詳しく聞こうとはしなかった。彼女なり事情を察して気を遣ってくれたのかもしれなかったが、ユリィもそこを突っ込んだりはしない。
「ホームにいるんじゃないかな。私の家だけじゃなくて、他にも屋敷しもべ妖精がいる家は、彼らに荷物を運ばせていると思うし」
「本当?」
「ええ。だけど、姿が見れるかはわからないよ。彼らは気づかれないように仕事をこなすことを美徳にするところがあるから」
屋敷しもべ妖精は自分の仕事に誇りを持っている。良い使用人は気配を気取られないくらい自然に用向きをこなすことが良いとされているから、主人の御用聞き以外で、働いている姿を外に晒すことはほとんどない。魔法で姿を消せるので、状況次第ではいるのかいないのかわからないほどだ。
隠れている屋敷しもべ妖精をひと目見たいわと闘志を燃やすハーマイオニーとそのご両親を連れて、ユリィはホグワーツ特急が待つ九と四分の三番線のプラットホームへと移動した。当然、マグルに見つからないよう偽装されたプラットホームなので、九番線と十番線の間の壁をマグルに気取られないようにすり抜ける必要があった。
プラットホームに着いたのは電車が出る三十分前で、ハーマイオニーとそのご両親はたっぷりと別れを惜しむことができた。邪魔をしないよう、ユリィは先に席を取っておくと言って、先に汽車に乗り込む。
コンパートメントにはまだたくさん空きがあったので、ユリィはハーマイオニーがすぐに見つけられるよう、入口から近いコンパートメントに席を取った。座席に座って窓から外を見ると、汽車の白い煙でうっすら曇ったホームには、大荷物を抱えたたくさんの親子が見える。
ユリィは物心ついた時から、両親とは縁が薄かった。幼い頃は父もよく古城にいたので関わりも多かったが、最近はどこにいるのかよくわからない。たまにふらっと帰ってくることもあるが、すぐにまたふらっとどこかに消えてしまう。
正直、ずっとそうだったから、ユリィには両親がいる生活がどんなものなのかよくわからない。パーティで見かけるマルフォイ親子や、ハーマイオニー親子を見ていると不思議な感じがした。親って、どんな感じなんだろう。
ユリィが親について思考を巡らせていると、コンパートメントの扉がノックされた。
「ハーマイオニー?」
扉が開いて入ってきたのは、思っていた人物ではなかった。ハウスエルフのタバサだ。
「お邪魔して申し訳ございません。先ほど旦那さまがご帰宅されまして、こちらをお渡しするように言い遣って参りました」
「お父さまが?」
耳を垂れたタバサが差し出したのは、ユリィの両手に乗るくらいの小さな箱だった。白い箱で、黒い絹のリボンでラッピングしてある。
「今開けてもいいの? 寝る前の方がいい?」
「ホグワーツにつく前の方がよろしいかと」
ユリィは帰宅したという父についてもう少し質問したかったが、コンパートメントの近くがざわざわと騒がしくなったのに気づいたタバサが耳をピンと立てたので、その機会が今ではないと悟った。ハウスエルフは主人以外の人の目につくの嫌う。ユリィが予感した通り、タバサは即座に、しかし丁寧に別れのお辞儀をした。
「よい学校生活になりますよう、お祈りしております」
「ありがとう」
パチンという音と共に、タバサの姿は掻き消えた。