ホグワーツ特急 3 / 4
タッチの差でコンパートメントに入ってきたハーマイオニーは、先ほどまで屋敷しもべ妖精がコンパートメントの中にいたと知ると悔しがった。
父からの小包の中身は趣味の良いアンティークのマント留めクリップだった。ホグワーツの制服にぴったりのデザインで、派手すぎることもなく、教師に見咎められることもなさそうだ。
ハーマイオニーが持ち込んだ『ホグワーツの歴史』をふたりで読み返しながらあれこれお喋りしているうちに、汽笛が聞こえ、汽車が動き出す気配がした。
ハーマイオニーが窓を開けて、外にいる両親に手を振った。
キングス・クロス駅が見えなくなり、続きを読みましょう、とハーマイオニーが本を抱えあげたとき、コンパートメントの扉が控えめにノックされた。
ユリィがハーマイオニーと顔を見合わせてから扉を開けてみると、そこには太ったヒキガエルを抱いた男の子が立っていた。ユリィたちと変わらない身長で、どことなく自信なさげな目をしていたので、恐らく彼も新入生なのだなと思わせた。
「あの、ごめん。良ければここに座らせてくれない? 他の席はどこもいっぱいで……、ほんと、迷惑じゃなければでいいんだけど。邪魔はしないから……」
男の子がどもりながら尋ねる。緊張しているのか、ヒキガエル抱いた手を忙しなく動かしていたので、ヒキガエルが迷惑そうに鳴いていた。
ハーマイオニーがユリィに視線で許可を求めてきたので、ユリィは小さく頷く。
「どうぞ」
許可が貰えてホッとした様子で、彼は空いている席に腰かけた。
「あの、僕、ネビル・ロングボトムっていうんだ。この子はヒキガエルのトレバー。新入生なんだ」
「私はハーマイオニー・グレンジャー。彼女はユリィ・イネーブラよ。私たちも新入生なの」
「イネーブラ?」
ネビルが驚いたようにユリィを見たので、ユリィはドキリとした。
彼はイネーブラのことを知っているらしい。ハーマイオニーにも、イネーブラ家にまつわるあの恐ろしい事実を話すだろう。思ったよりも早い友情の終わりに、ユリィに緊張が走る。
「ねえ、あの、君んちって、おうちで怪物を飼ってるって本当?」
ユリィは耳を疑った。
「怪物?」
何だか、想像していた話と全然違う。
ユリィの表情に疑問が浮かぶのを見て、ネビルもキョトンとしている。
「イネーブラ家って、色んな噂がいっぱいあるだろう? うちのばあちゃんが僕を叱るときによく言うんだ。言うことを聞かないと、イネーブラの怪物に連れてかれちまうよ、って。エニド大叔母さんはイネーブラ家みたいに呪われちゃうよって言うし。でも、アルジー大叔父さんは、イネーブラは慈善事業に投資してるから、良い家だって言うんだ。昔はばあちゃんの言葉を信じて怖がってたけど、今となっては、もう、何が本当なのかさっぱりだよ」
ネビルのいう『噂』について、ユリィには心当たりがあったが、「そんな悪い子じゃ鬼婆に食べられちまうよ!」みたいな感じではなかったはずだ。アルジー大叔父さんとやらのいう、慈善事業への投資はについては祖父の功績だろう。
何にせよ、ネビルのイネーブラ家へ印象は、確かに怖いが、ユリィが想像していたよりははるかにマシに思えた。わざわざ本当の話をする必要もないだろう。ユリィはネビルの話に乗ることにした。
「まあ、色々あるの、古い家系だから。怪物を飼っていたのは、数世代前の話。今も不気味なお家に住んでるのは認めるけど」
嘘と真実をブレンドした言い訳は、充分通じたようだった。
「わかるよ。君んちほどじゃないけど、僕んちも代々魔法族だから、たまに変な誤解をされていることがある。カラフルな鳥が好きなのはばあちゃんだけなのに、近所のおばさんは僕にも鳥の餌にどうぞって珍しい豆をお裾分けしてくれるんだ。まあ、トレバーは嬉しいみたいだよ。当たり前だけど、虫より豆の方が美味しいみたい」
ユリィとハーマイオニーはは思わず吹き出した。
「本で読んだけど、魔法族ってすごく昔から代々続いているのね。私はマグル生まれだから、魔法史の教科書を読んで驚いたの」
ハーマイオニーが感心した様子で言った。ネビルが頷く。
「まあね。でも、それも昔の話さ。マグルと結婚する人も増えてるし、近いうちに純血の魔法族はほとんどいなくなると思う。ホグワーツに通う子も、今は半分以上がどこかでマグルが混じった子どもだと思うよ――スリザリン寮は別だけど」
「寮!」
ハーマイオニーが大きな声を出したので、ユリィとネビルはびっくりした。
「『ホグワーツの歴史』を読んだけど、どうやって所属する寮を決めるのかはわからなかったの。ねえ、ふたりは知ってる? 簡単なテストみたいなものをするのかしら」
ホグワーツでは、生徒は本人の資質を見極められ、四つの寮に振り分けられる。寮にはそれぞれ特色があって、どこの寮に所属するかによって、学校生活は全然別のものになると言っても過言ではないらしい。年ごとに寮ごとに点数を競い合っていて、最優秀の寮は表彰されるから、寮の団結力は強いと聞く。
「どうやって決めるのかは知らないけど、僕は絶対ハッフルパフだよ……家族もそう信じてるみたい、僕、鈍臭いし、魔法も勉強も得意じゃない」
ネビルがため息まじりに言った。自分の発言に落ち込んだようだった。
「そういえば、私もどうやって決めるのか知らないかも――ロングボトム、たとえハッフルパフに決まったって、落ち込むことないと思うよ。ハッフルパフ出身の偉人は他の寮より少ないけれど、でも、ハッフルパフ出身の闇の魔法使いはいないっていうのも有名な話じゃない」
ユリィは発破をかけるつもりで、ネビルの肩を軽く叩いた。
確かに、ハッフルパフ寮は劣等生と言われることもある。
勇気のグリフィンドール、賢さのレイブンクロー、野心のスリザリン。そして、勤勉のハッフルパフ。他の三つの寮に選ばれなかった者がお情けでハッフルパフに選ばれるのだという者もいた。
ネビルは気を少し気を取り直したらしく、「そうだね」と笑った。
「どこの寮が一番良いのかしら?」
ハーマイオニーは『ホグワーツの歴史』をパラパラとめくり、寮についてのページを開くとみんなに見えるように座席に置いた。
「ユリィはどこが良いの?」
「さあ……、自分で選べるものでもないみたいだし、どこが良いなんて考えたことがなかったなあ。イネーブラ家は、みんな結構バラバラだから、予想もつかないし」
「生まれた家が関係あるの?」
「ある」
ハーマイオニーの質問に、魔法族生まれのユリィとネビルは大きく頷いた。
「この家の子は代々この寮、ということは多いの。もちろん、絶対ってわけじゃないけど、親の教育方針が大きく関係したりするから、親と同じ寮に選ばれることはよくある話なの」
「ウィーズリー家のロンが今年入学するらしいけど、あの家の子は兄弟みんなグリフィンドールだから、多分ロンもグリフィンドールさ。いいなあ、羨ましいよ」
「ああ、それでいうと、マルフォイ家のドラコも今年入学よ。あそこは絶対スリザリン。別に羨ましくはないけれど」
ユリィとネビルがひそひそと言い合うのを聞いて、ハーマイオニーは目を丸くする。
「スリザリンは嫌なの?」
「絶対、嫌だね」
ネビルにしては珍しく強い口調で否定した。
「だってあそこは――『例のあの人』がいたところだ」
例のあの人。魔法界でそう呼ばれる人物は一人しかいない。強大な闇の魔法使いで、その名前を呼ぶことすら忌避されるほど恐ろしい魔法使いだった。当時は彼が世界を支配するかと思われたらしいが、幸い、今から十一年前に彼は突如失脚した。
あまりに有名な話だから、この一ヶ月で魔法界の書物をたくさん読んだハーマイオニーも彼のこと知っているらしく、ネビルの意見に充分納得したようだった。
スリザリン出身の闇の魔法使いがたくさんいるのは事実だったが、ネビルが言うほど悪い寮でもない、とユリィは思っていた。何しろ、ユリィの祖父はスリザリン出身の魔法使いだったからだ。それでも、彼はいつでもユリィに優しい。
でも、その件について、彼の前で持ち出すこともないだろう。ユリィはそう思って、「大丈夫よ」とハーマイオニーに声をかける。
「マグル生まれの子がスリザリンに選ばれることはまずないよ。スリザリンは魔法族の子どもが好きなの」