閉じた部屋と開いた窓
何とか人を招ける程度になったこの部屋に自分以外の人がいるのがとても久しぶりに思えた。実際にはそんなに日数は経っていないのだが、独りで小さく丸まって閉じこもっていた時間は酷く長く感じたからだ。しばらくの間ドアも窓も締め切ったままになっていたので、ひとまず目につく窓を少し開けると湿った空気が入ってきた。この淀んだ空気よりは湿気のほうが幾分かましだろう。湿った空気を目一杯吸い込み、静かに吐き出すと少し気分も落ち着いてきたように思える。
自分の心を反映するかのようにぐしゃぐしゃになっていたブランケットなどをしまいこみ、玄関先で待っていてもらった彼を招き入れた。短時間とはいえすっかり濡れてしまった身体を拭けるようにタオルを渡し、上着を預かった。どれくらい干せるかは分からないが、少しは乾くといいのだが。
「コーヒーと紅茶、どちらがお好きですか?」
「どちらも好きだがコーヒーがいいな」
「淹れてくるのでちょっと待ってくださいね」
「ああ、気を遣わせてしまって申し訳ない」
ダイニングテーブルに腰かけた彼は、長い脚を窮屈そうに組んでいる。低い机でごめんなさいと心の中でひとりごちつつ、コーヒーと自分用の紅茶をそれぞれ淹れていると「いい部屋だな」という声が聞こえてきた。全く整っていない部屋には大変勿体なく恐縮なお言葉だったので「そうですかねえ」と曖昧な返答をしてしまった。テーブルにカップを二つ運び、彼の正面に腰を掛けた。
「あの、色々とすみませんでした」
「元はと言えばこちらのお節介なのだから気にしないでくれ」
カップを持ち上げながら、こうしてコーヒーまで頂いているこちらの方が申し訳ない気分だと少し笑いながら続けた彼はとても気宇壮大な人柄なのだと思う。路上でひとり涙を流す、見ず知らずの奇妙な女にこうも気遣うことは逆の立場ならできないだろう。厄介事だと思い、まず見て見ぬふりをしてしまいそうだ。ハンカチを貸した挙句家まで送るというのだから、世の中には凄い人もいるものだと驚嘆する。
あれからぽつぽつと会話をしながら一時間ほど経ったが、少しだけ開けられた窓からは雨音が絶えず聞こえてくる。それどころか益々雨脚が強まっているように思える。段々と日も落ちてきており、”この後どうすればいいのか”という事に思考を巡らせる。天気は全く回復する様子もない上に、親切にして頂いた方へ「それじゃあそろそろさようなら」と言う訳にもいかない。あれやこれやと考えているといつの間にか眉間に皺が寄っていたようで、それを見た彼からそろそろお暇すると申し出があった。しかし、この雨の中帰すのはどうにも心苦しい。咄嗟にでた私の返答は「よかったら夕ご飯食べて行かれますか?」という言葉だった。暫く人と話していなかった所為か、今日はよくわからない言葉が勝手に飛び出てしまう事が多すぎる。ああ、と思ったのは全て口に出してしまった後だった。向こう側に座る彼は一瞬目を丸くし、少し考えてから返答をくれた。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
見ず知らずの奇妙な女の手料理を食べるという結論を出した彼も、少し奇妙な男なのだろうか。言い訳するように「あの、上着もまだ乾いてないでしょうし」と付け加えると、奇妙な男は小さく笑いを零した。