はじめまして、優しいひと
まさか見ず知らずの男性に手料理を振舞うことになるなんて、今日は失言のオンパレードだ。暫く閉じ籠っているうちに本当にポンコツな頭になってしまったと物悲しくなってくる。とは言え決まってしまったことはしょうがない、精々食べていったことを後悔されないようなご飯を作ろう。腹を括った私はエプロンを着け、冷蔵庫から先ほどばかりの食材を取り出した。作るものは決まっている、と言うかそれ以外に食材がないのでメニューはカレーとスープだ。どちらも具が似通ったものになってしまうが、それはもう致し方ないだろう。ほどなくしてキッチンに野菜を切る子気味良い音が響く。後は煮込むだけだ。
鍋に放り込んだ野菜がぐつぐつと煮える様子を見て、あの人に一番最初に振舞った料理がカレーだったことをふと思い出した。それまであまり料理をしてこなかったので決して褒められた出来ではなかったと思うが、手放しで褒めてくれたことが記憶に新しい。それまで人に料理を振舞ったことも、ましてや褒めてもらったこともなかった私にとっては宝物のような思い出だった。不意に仕舞い込んでいた宝物が掘り起こされ、胸がぎゅうと痛んだ。
「鍋、吹き零れそうだぞ」
不意に隣から聞こえた声に意識を引き戻された。固まった私に気付いて様子を見に来たらしい。「考え事か?」と言いながら延ばされた長い指が、私の目の前を通すぎてコンロの火を消した。
「あ、す、すみません」
「料理を振舞ってもらえるのは嬉しいが、怪我はしないようにな」
「…すみません」
「君は謝ってばかりだな」
そう言ってくつくつ笑った彼は、そういえば、と呟いた。
「君の名前を聞いていなかったな」
名前。私の名前は復氏届を出していないので戸籍上は婚姻後の姓のままだ。この場合名乗るのは今の姓か旧姓か少し考え込んでしまったが、彼が身を屈めて顔を覗き込んできたので慌てて答えた。
「名前です」
「ほう、いい名前だ。俺は赤井秀一という」
「赤井さん」
「ああ、よろしく」
「こ、こちらこそ…?」
思わず疑問系で返してしまったのは、果たしてこれから"よろしく"することはあるのだろうか?と言うことが頭を過ぎったからである。彼ーー赤井さんはまたくつくつと笑いながら片手を差し出す。
キッチンの片隅で赤井さんと握手を交わした私は、先程の彼の言葉通りに長い付き合いとなることを、この時はまだ知る由もなかった。