出口の見えない二人

「あ、黒尾さんお帰りなさい。ご飯できてますよ」
「おー、ありがとう。腹減ったァ」

あれから二週間。名前さんは徐々にこの家に馴染んでいっている。住まわせてもらっているお礼にと家事全般をこなしてくれているので正直助かっている。せめて自分の下着くらいは自分でと言ったこともあったが、「別に手洗いするわけじゃないんですし。それに分ける方が面倒じゃないですか?」と小ざっぱりした返答が返ってきたのでそのまま甘えてしまっている。一緒に暮らし始めて思ったのだが、見た目によらず家事レベルが高いので、そのギャップについ驚いてしまう。――いや、中身は適齢期の女性なのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。

「お風呂も沸いてますけど、どっち先にします?」
「んー。汗かいたし先風呂入っちゃおうかな」
「はーい、じゃあ部屋着とバスタオル出しておきますね。ごゆっくりどうぞ」

本当に、見た目は完全に少女なのだ。そんな名前さんと夫婦の様な会話をしていると、なんだか悪いことをしているような気分になってしまう。今然るべき機関に自宅に立ち入られたら一発でお縄につくだろう。…それは避けたい。

湯船に浸かりながら考える。浴槽を洗うのも湯を張るのも面倒なので今までは適当にシャワーで済ませていたが、やはり湯船に浸かると疲れがじんわりと解けていくようで心地よい。名前さんのお陰でバランスの良い食事を摂ることができ、こうしてゆっくり身体を休められている。心なしか翌朝の疲れ具合も違う気がする。ありがたいことこの上ない。しかし、この生活をいつまで続けるのだろうか。名前さんが働けるような見た目になったら?…戸籍問題もあり難しいだろう。元の世界とやらに戻ったら?…戻ることはできるのだろうか。出口見えない問題に思わず頭を抱える。そのまま湯船に頭ごと沈むと、吐き出された呼吸が水泡となってはじけていく。この生活も、水泡がはじけるように唐突に終わるのだろうか。なんだかそれは少し寂しいような気分になる、気がする。

浴室を出ると、言われた通りにバスタオルと部屋着が置かれていた。いつ終わりが来るのか分からない生活だ。あまり慣れることがないようにしなければならないだろう。でないと、失った時が怖い。部屋着に袖を通しながら以前の生活を思い出した。仕事から帰り、真っ暗な自宅に明かりをつける生活。これが自分の当たり前だった生活だ。今に慣れるあまり、忘れないようにしなければならない。

リビングに戻ると、温かい食事が用意されていた。一人暮らしをしてからすっかり疎遠となっていた誰かの手作りの食事も、今ではこうして毎日戴くことができている。隣には名前さんがいる。でもそれは当たり前ではないのだ。気を抜くとすっかり当然の様に享受してしまいそうなので気を付けなければならない。そう思いながら用意された食事を口に運ぶ。

「お味いかがですかー?」
「うん、今日も美味い。毎日ありがとう」
「いや、それはこちらこそ。住まわせてくれてありがとうございます」
「それ毎日言うのそろそろやめない?」
「こんな状況ですし、いつ言えなくなるか分からないじゃないですか。だから毎日言いますよ」

笑顔を見せながらそう言った名前さんも、恐らく同じことを考えているのだろう。この先が見えない生活は不安という影を二人へちらつかせているのだ。

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