幕間 買い物に行こう(1)

黒尾さんと暮らすようになって早二週間。唐突に置かれたこの状況にもそろそろ慣れてきた頃だ。どうか夢であってと思う毎日ではあるが、無情にも目を覚ますのは黒尾さんの家のベッドで、毎朝鏡が映し出すのはなぜか幼くなった自分で。夢ならばそろそろ覚めてもおかしくない頃合いなので、恐らくこれは現実なのだろう。朝、寝室のカーテンを開けると、そこには馴染みのない光景が広がっている。自宅からよりも高い所からの景色。本当にここはどこなのだろうか。――その答えは誰も教えてくれないということも、この二週間で分かってしまった。無意識についたため息は寝室の中で静かに溶けて消えていく。ベッドの傍に置かれた置時計を見ると、時刻は七時を少し過ぎたところだった。そろそろ朝ご飯の支度をしなければとリビングに向かうと、そこにはすでに起きていたらしい黒尾さんがソファで微睡んでいた。

「おはよ」
「おはようございます。起きるの遅くなっちゃってすみません、すぐに朝ご飯の支度しますね」
「ああ、いいよいいよ。俺今日休みだから外に食べに行かない?」

ソファに座り直し、ぐっと大きく伸びをした黒尾さんは眠そうに言った。
外。そういえばこの家にお邪魔してからはすっかり籠りっぱなしだった。必要なものは黒尾さんが買ってきてくれるのでそこまで苦労していなかったのだ。…流石に服や下着類はネットで買ってもらった。如何せん服がないので外に出て試着するわけにもいかず、適当なサイズを選んで買ったのだ。有難いことにそれは思ったよりも早く届いて、一先ずはそれで何とかなっていた。現代に生まれてよかったとこの時ほど思ったことはない。

「あ、靴が…ないですね…」

外に出ていなかったから特に不便に感じていなかったが、よく考えたら靴がない。靴だけはサイズが合わないとどうしようもないと購入を後回しにしていたのだ。黒尾さんは「あー…」と言ってそのまま何かを考えていた。

「歩きにくいと思うけど、とりあえず俺のサンダル貸すから。んで飯食って靴見にいこ。時間的に靴を先に見に行けなくて悪いんだけど、ちょっと我慢してね」
「本当に何から何まですみません…」

お互いに身支度を整え、玄関で黒尾さんのサンダルを借りる。分かってはいたけどかなりサイズが違う。これだけ身長が大きかったら足も大きいのは当然と言えば当然だけど、改めて自分との差に驚いてしまった。サンダルを履いた自分の足を見つめていると、隣にいた黒尾さんがおかしそうに言った。

「…なんか親の靴勝手にはいてる子供みたいだな」

言われてみれば確かにと思った。大人が身に着けているものが何でも羨ましく思えて、それをこっそり身に着けたこともあったなと懐かしい思い出が脳裏に浮かぶ。それと同時に今の私達を周りが見たらどう思うのかという疑問が浮かんだが、あまり考えたくない問題なので脳内で掻き消した。

「じゃあ、行こっか」

開かれたドアから青空が覗いた。久しぶりに直接見る空は高く、入道雲が夏を知らせている。肌を刺すような日差しを遮るように黒尾さんが私の横に立つ。歩き出した二人の影がくっきりと伸びていた。

top