幕間 買い物に行こう(2)

「何頼むか決まった?」
「うーん…どれも美味しそうで迷います…」
「いーよ、ゆっくり決めな」

近所の喫茶店に入った私たちは、まだ人も少ない店内で向かい合って座っていた。最初は横向きに置かれたメニューを二人で眺めていたのだけど、黒尾さんはあっという間に頼むものを決めてしまったので今は一人でメニューを捲っては戻りを繰り返している。時間的にモーニングもやっているので、余計に選択肢が広がってしまい、ついつい目移りしてしまう。正面に座って頬杖をついている黒尾さんをちらりと見ると、「どれとどれで悩んでんの?」と言って私の手元からひょいとメニューを取り、テーブルの上に置いた。

「モーニングのこのセットとこれとで悩んでます」
「あ、俺丁度これ頼もうと思ってたから半分こする?名前さんが嫌じゃなかったらだけど」
「え!いいんですか?嬉しい!」

黒尾さんからの思いがけない提案に食いついてしまうと、くつくつと喉を鳴らして笑われてしまって少し恥ずかしくなる。この姿のせいもあり、とても幼く見えてしまったのではないか。中身は二十代の女なのだから、その事実を知っている黒尾さんの目にどう映ったのか考えてしまって妙に居心地が悪くなった。

「そうしてるとホントに少女みたいですネ」

こちらの気持ちを知ってか知らずか、揶揄うような口調で言った黒尾さんは面白そうに目を細めていた。

何とも現金なもので、運ばれてきた美味しそうな料理を頬張っているうちに恥ずかしさはどこかに行ってしまっていた。黒尾さんの計らいで食べたいものを両方食べられて本当にありがたいとしみじみ思いつつ、もう一つ気になっていたメニューを思い出した。あれも美味しそうだったなと考えていると、不意に黒尾さんが食事の手を止めた。

「まあ、また今度来た時に頼めばいいんじゃない?」
「え?」
「あれ、もしかして口に出してないつもりだった?」

どうやら私のどうしようもない考えはうっかり口に出ていたようで、思わず口を両手で覆った。そんな私を見て黒尾さんはまた面白そうに目を細めて笑っている。食べる事しか考えていないようで恥ずかしくなってしまい、頬に熱が集まっていくのがわかった。
熱を冷ますように両手で頬を扇いでいると、先ほどの黒尾さんの発言が頭の中で反芻した。

"また今度来た時に"

さも当然の様に黒尾さんは言っていた。黒尾さんの中には"また"はあるのだ。その事実が妙に嬉しくて、折角冷めてきた頬が再度熱を持っていく。でも、その理由はまだ完全には分からなかった。



朝食後、ショッピングモールにやってきた私たちは早々に靴を取り扱っているお店にやってきた。サイズの合わないサンダルを履いている私を店員さんは不思議そうに見ていたが、すかさず黒尾さんが「買った靴そのまま履いていく事ってできます?」と聞いたので、特に何か言われることもなかった。「気に入ったものがあればサイズお探ししますのでお声掛けくださいね」と言って奥に戻っていった店員さんはきっと気が利く人なのだろう。無事にサイズが合う靴を見つけ、じゃあこれでと思ったところで黒尾さんが口を開いた。

「一足じゃ足りないでしょ、後何足か買お」
「え、いやいいですよ一足あれば。全然足ります」
「お子様は遠慮しなくていいんですぅー。ほら早く選びな?」

わざと店員さんに聞こえるような声量で言った黒尾さんは私の逃げ道を塞ぐ。住まわせてもらってる上に更にお金を使わせるのは本当に気が引けるのだが、少なくとも後一足は選ばないとこの店から出られないような雰囲気だ。にやにやしながらこちらを見る黒尾さんへ両手を上げて降参のポーズを取り、また一から靴選びが始まるのだった。

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