幕間 買い物に行こう(3)

ショッピングモール内のカフェの混雑が少し収まってきた頃、黒尾さんと私は隅っこの席で一息ついていた。アイスコーヒーを飲んでいる黒尾さんの左右にはショッピングバッグが数個ずつ置かれている。テーブルの下の荷物かごにも、私の隣にも同じようにショッピングバッグがある。――中身は全部私のものだ。
というのも、靴を選んで次に行くお店を歩きながら探していると、「俺こういうのよく分かんねえんだよな」と言った黒尾さんは、私の腕を引いて手近なショップに片っ端から入っていく。とりあえず入ってみてみようということらしいが、入った先々であれやこれやと見繕ってくれるので、気が付いた時には両手が塞がるくらいの荷物になっていた。

「あの、結局色々買って貰っちゃってすみません」
「いいのいいの、俺も選ぶの楽しかったし。それに女性向けの服屋なんて中々入る機会ないから妙に楽しくなっちゃったわ」
「何から何まですみません…」
「名前さんね、男としてはそういう時は謝るんじゃなくてお礼を言ってほしいわけよ。で、なんだって?」
「…ありがとうございます」
「どういたしまして」

テーブルに頬杖をつき、もう片方の手でコーヒーが入ったグラスを持った黒尾さんは、何てことないように言って笑った。なんというか、見た目もだけど内面も物凄くモテそうな人だと思う。居候としてお世話になっている身としては、黒尾さんとお近づきになりたいと目論む女性たちに申し訳ない気がしてしまう。

「他に必要な物ある?一人で行きたいような所だったら財布だけ渡すけど」
「あ、じゃあ…布団を…」
「あー、そう言えばそうだな」

私が住まわせてもらい始めてからというものの、黒尾さんはほぼほぼ私にベッドを使わせてくれ、自分はベッドで寝ている。流石に家主をソファに追いやりベッドを使う訳にはいかないので、私がソファで寝かせてくれとお願いしたことも何度かあるが、それも軽くいなされてしまった。それなら先にソファで寝てしまえと実力行使したこともあったが、朝起きたら何故かベッドで寝かされているので、その作戦も敢え無く失敗に終わった。そういう訳で、日がな一日簡単な家事しかしていない私は快適に睡眠できているにも拘らず、一日中働いている黒尾さんは窮屈なソファで寝ている。このままでは身体に支障をきたしかねないだろう。

「本当にご迷惑をおかけしてすみません」
「だーからさっき謝んなくていいって言ったでしょ。オコサマはそう言うの気にしなくていいの」

にやりとしながらわざとらしくそう言った黒尾さんは左右に置かれた荷物を見て、「まあ今日は荷物も多いし明日改めて見に行くか」と続ける。確かに今日はこれ以上荷物を増やすわけにはいかないだろう。

二人で荷物を抱えて帰路につく。とは言っても大半の荷物は黒尾さんが持ってくれていて、私が持っているのはなんてことないサイズの物だけだ。カフェから出るときに、私より先に立ち上がって大半の荷物達を回収してしまった黒尾さんは、どこまでもスマートだなと感心してしまう。全部は持たず、私が持つ荷物を少しだけ残すところがなんというか、とても上手い。少し先を歩く黒尾さんの背中を追いながらそんなことを考えていたら、不意に振り向いた黒尾さんと目が合い、口パクで何かを伝えてきた。

「    」

なんて言ったのかが分からずに黒尾さんに聞いてみたけれど、その答えは教えてもらえることがなくて、結局分からず仕舞いだ。

帰宅した私達は持って帰ってきた荷物を広げる。元々物の少なかった黒尾さんの家に私の荷物が沢山増えた。

今日買ったお揃いのマグカップを食後に早速使う。二つ並んだマグカップを見ていると、なんだかこそばゆい気持ちになってしまった。

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