ゆびさきの猫

今週の休日も短距離走の世界記録保持者よりも早いのでは?というスピード感で駆け抜けていってしまった。一人でダラダラと過ごす休日もあっという間に終わってしまうが、誰かと過ごしているとより一層時間が経つのが早く感じてしまう。休日の余韻に浸りつつ、ぎゅうぎゅうに人が詰め込まれた満員電車に乗り込むと、これまたあっという間に仕事を抱えた現実に引き戻されてしまった。

そういえば最近研磨の上げた動画を観ていなかったなと思い、邪魔にならないようにスマートフォンで動画を再生する。こういう時に限ってワイヤレスイヤホンの充電が切れてしまっていたので無音声のまま画面に流れる幼馴染の姿を眺めていると、小さな違和感を覚えた。おや、と思いつつコメント欄をざっと確認すると、自分と同じ疑問を持った人は結構いたのでどうやら勘違いではなさそうだ。

『なんかKODZUKEN痩せた?』

コメントの通り、違和感の正体は"なんか痩せた?"ということだった。
思い返せば名前さんが家に住み始めてから研磨の家に顔を出せていない。何かに夢中になるとすっかり食事が疎かになる研磨の事だ、きっと食事らしい食事を摂っていないのではないのだろう。以前は見かねて簡単に食べられるものを差し入れをしたり、一緒に食事をしたりしていたが、最近はめっきりだ。幸いにも今日は早めに仕事を切り上げられそうなので、帰り際に顔でも出すかと思い立つ。そうと決まれば今日も夕飯の支度をしてくれるであろう名前さんへ連絡を入れようとメッセージアプリを立ち上げ、自分だけのトークルームを開いた。
スマートフォンなんて高価なものはいらないと言う名前さんとの連絡手段は、自宅のタブレット端末にダウンロードし、自分のIDでログインしたメッセージアプリだ。パッと見はただ自分が話しているだけの様な画面で見分けがつくようにと名前さんからのメッセージには文末に猫の絵文字がついている。目印代わりにとつけられた絵文字は、最初こそ都度違うものが添えられていて画面をカラフルに彩っていたものの、面倒になってきたのか徐々に使う種類が固定されてきた。お互い絵文字を頻繁に使うようなタイプではないため、ぽっかりと浮かんだような猫は画面上でその存在を際立てている。最後に名前さんから送られてきた猫を眺めつつ文章を作成して送信ボタンを押す間際、ふとある考えが浮かんだ。一度作成した文を消し、また新たに文章を打ちなおした。

『突然ごめん。今日の夜ご飯は準備しなくて大丈夫。帰ったら一緒に出掛けたいところがあるから支度だけしておいてね』

数分後に名前さんから送られてきた返信は『わかりました』とシンプルなものだった。文末の猫は妙にキリっとした顔をしている。

気が付けば目的の駅までもう少しの所まで来ていた。相変わらず減らない乗客と一緒に揺られながら、頭の中では今日の仕事を片付けてスムーズに帰る段取りを組む。…なんて思い描いたとおりに事が運べば苦労はないのだが。どうか今日は突拍子のない仕事を振られませんようにと願うばかりだった。

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