二度は言わない一度だけ

※柱主


刀鍛冶の里が上弦二体に襲われて、それを霞柱と恋柱、そして例の鬼を連れた隊士が退けたという知らせは、鎹鴉を通じて受けた。恋柱は持ち前の身体のおかげか軽傷で、霞柱は重傷。少し胸がざわついたが、ひとまず生きて帰ってきたのでよしとした。
 任務の合間に、蝶屋敷へと赴いた。軽い怪我の治療のついでとして、無一郎の見舞いにも行くことにした。じゃあついでに持って行ってください、と言った看護係の少女が渡してきたのは、水入りの湯呑みが乗ったお盆だった。特に断る理由もないので、それを手に持ちながら無一郎のいる病室を訪れた。
 扉は開いていたので、両手が塞がっていても余裕を持って入ることができた。気配で誰か来ることを既に察知していたのか、私が入っても大して驚きはしていなかった。
「毒で泡まで吹いたって聞いたけど、思ったより元気そうだね」
 ベッドの真横にある机に湯呑みを置いた後、近くに置いてある椅子を引いてそこに腰を下ろす。無一郎の顔色は思ったより悪くなく、復帰にそこまで時間はかからなさそうだった。
「今日はちょっと顔を見にきただけだから、少ししたら──」
「好きだよ」
 私が話していることを遮ってくるのは、今までにも何回かあった。誰だっけ?と言われることが圧倒的に多かったが、こんなことを言われたのは初めてで、私は流石に固まった。
「…何の話?」
「僕は君が好きなんだ。ずっと前から」
 以前からなんとなく好意を向けられているような気はしていた。それでも他の人と比べると比較的言うことを聞いてもらえたり、子供らしく甘えられたりとか、そんな感じだった。
 言うことを聞いてもらえるのは同じ柱という強さを認められた立場だからだと思っていた。子供らしく甘えられるのはあまね様に連れてこられた時から知り合ってちょくちょく面倒を見ていたからだと思っていた。でもそれはどうやら間違いで、全部好意からきていたらしい。
「前も君のことは好きだった。でもすぐに忘れたり、好きって気持ち自体を忘れてた」
「でも今はちゃんと分かるよ。僕は君が好き」
 無一郎は微笑みながら、私の目をまっすぐ見てそう言った。里での戦いで何があったのかは知らないが、受け答えもだいぶはっきりしている。誤魔化しは効かないだろう。
 さてどう答えるべきか、と考え始めたところで、無一郎の顔を改めて見た。ぼうっとして虚ろだった表情には生気が戻って、吹けば飛んでしまいそうな儚さは鳴りを潜め、地に足がついている。元々の顔立ちも相俟って、とても美しい笑顔になっていた。
「そう。ありがとう」
 私がそっと視線を下にやると、少し間を空けてから無一郎が顔を覗き込んでくる。明るくて渋さのある水色が私をじっと見つめてきた。
「ドキドキしてる?」
「な」
「してるよね」
 弾かれるように顔を離した。心臓がいつもより若干速く脈打っている。
「どうして?前はしてなかったのに。顔も赤いよ?」
 そう言われて反射的に顔に手を当てたが、全く熱くなかった。嵌められたことに気づくまで然程時間はかからなかった。
「ふふ。ちょっと動揺しすぎじゃない?」
「誰のせいだと」
「僕のせいなんだ」
 今日は調子が悪いようだ。何を言っても墓穴になってしまう。今更口数を減らしてもそれはそれで色々おかしなことになりそうだったので、黙ることだけはやめておくことにした。
「嬉しい。僕のこと、ちょっとは好きなんでしょ?」
「……まあ、他の人よりは」
「そう、じゃあ頑張るから」
「べつに頑張らなくていいよ」
「え?それってどういう意味」
「じゃ、甘露寺のところに行ってくるから」
 椅子から立ち上がって、無一郎の病室から出ていくべく踵を返す。『ねえ』とか『待って』と言ってくる無一郎に聞こえないふりをして、私はそのまま出て行った。