あなたほんとに回りくどいのね

※柱主


柱同士が組まされている任務だったので一時はどうなることかと思ったが、案外苦労せずに終わった。お互いにかすり傷程度の負傷だったので、近くにあった藤の花の家紋の家で一晩休ませてもらうことにした。
 食事をとって、湯浴みをして、寝室に戻る。一人一部屋ずつ与えられたはずなのに、無一郎が私の部屋でぼうっとしていた。同じように湯浴みを済ませてきたらしく、長く艶のある髪がびしょ濡れだった。私は置いてあった手拭いを取り、無一郎の方へと近づく。
「わっ」
 わしゃわしゃと拭ってやると、無一郎は間の抜けた声を上げた。戦闘中の鬼気迫る様子や、普段の勝手気ままな態度とは違って、とても年相応な反応だった。
 無一郎と出会ったのは、産屋敷邸だった。お館様と色々お話していざ帰ろうとした時に、庭で何やら訓練をしている様子の彼を見かけた。動きの筋が良かったので少し見ていると、あまね様が私に事情を教えてくださった。そして、『よければ色々見てやってほしい』というようなことを仰ったので、私はそれを了承した。
 彼との訓練はまあまあ苦労した。何より記憶の混濁により物覚えがよくなかったので、まず『誰?』から始まる。けれども事情は聞いていたのであまり動揺しなかった。するとしばらく通ううちに、私のことが記憶に定着し始めたようで、『誰?』と聞かれることが徐々に減っていった。
 無一郎は本当に腕の立つ剣士になった。天才というだけでなく、血反吐を吐く様な努力も惜しまない。彼が私と同じ呼吸の使い手であったなら、是非とも継子になってもらいたいくらいだった。別の呼吸でも継子にすることはできるが、私の方針上では同じ呼吸の方が良かったため、それが叶うことはなかった。最終選別も余裕を持って突破し、その後たった二ヶ月で私と同じ柱の地位にまで昇り詰めた。
 本人の性質上人付き合いがよくないので、今回のように元々それなりに関係を築けている私が任務の相手として組まされることは多々あった。無一郎の鎹鴉はカアカアカアカアうるさかったが、次第に慣れた。
 無一郎にもそれなりによく思ってもらえているようで、何かあったら呼ばれることもある。私の言うことなら比較的素直に聞いてもらえることが多いからだ。他の隊士に辛辣なことを言ってちょっとした問題になった時が一番多い気がする。
 そんなことを考えていると、無一郎の髪を拭き終えることができた。水を吸った手拭いがずっしり重い。適切な場所に置いておこうと思ったところで、廊下の方にいつの間にかこの家の人が待ち構えていたので、それを渡した。
 部屋に戻って座ると、音もなく無一郎が寄ってきていた。そのまま吸い寄せられるように、私の膝にぽふんと頭を乗せる。拭き取りきれなかった水分がじんわりと私の服に染み込み始めた。
 私が無一郎の頭を撫でると、無一郎は心地よさそうに目を閉じ、肩の力を抜いた。初めは何も言わずに突然距離を詰めてくるものだから大変驚かされたが、こちらももう慣れてしまった。丸みを帯びた柔らかそうな頬を人差し指と親指で挟み込むように揉み込むと、ちょっと嫌そうな顔をされた。
「そろそろ寝たいんだけど」
「じゃあ寝れば?」
「自分の部屋に戻ってよ。隣にあるでしょ」
「なんでいちいち戻らなくちゃいけないの?そっちの都合に俺を巻き込まないでくれる?」
 これは長くなるやつだ。私は密かにため息をつく。口で言い聞かせても屁理屈をこねてくるはずなので、無理矢理にでも剥がして追い出そうとすると、何かを察知したのか無一郎は私が動く前に私の腹に思い切り抱きついてきた。絞め殺すとまでは言わないが、ものすごい力でしがみついてくる。私が立ち上がっても意に介さず、ぶらんとぶら下がってしまった。無一郎の顔を見ると、フグのようにぷくっと頬を膨らませている。
「なんで立つの?」
「布団に行きたいから」
「もっと膝枕してよ。俺はまだ満足してない」
「また今度してあげるから、我慢して」
「やだ」
 私が少し移動すると、ずるずると引きずられながらも腕を離さなかった。少しでも緩めれば私が即座に抜け出すことを理解しているのだろう。
 鬼殺隊にいる以上あまり珍しくはないが、無一郎は天涯孤独の身だ。そう考えると、憐れみというか、できる限り応えてやった方がよいのではないか、という気持ちが湧いてくる。私は観念したようにもう一度ため息をついて、その場に座り直した。
「やっと分かったの?」
「ちょっとだけだからね」
 無一郎は無表情ながらも満足そうに私の膝に頭を乗せた。収まりの良い場所を探して少しもぞもぞした後、無事に見つけたのか動きが落ち着いた。
 彼は私の膝枕を使う際、本当に何もしない。時々独り言のようなことを溢したりすることはあるが、基本は何もしない。ただぼうっと微睡んで、満足したら礼も言わずにどこかに去っていく。今回のようにもっとしろとわがままを言うこともあったが、次に任務が控えていると言った時だけすぐに離してくれる。それどころか『なんでもっと早く行かないの?』と責められるので、それくらい彼の中で鬼を殺すことが最優先事項になっているのが分かる。あとは、お館様に呼ばれている時くらいだった。
 長く艶のある髪に触れ、手櫛を通していく。ほんの少しだけしっとりとしている。そこで布団の枕元に彼専用の櫛を置いておいたことを思い出したので、無一郎を膝に乗せながら手を伸ばし、ぎりぎりのところでそれを取った。若干揺れたのか、無一郎は少し眉間に皺を寄せていた。
 長髪を櫛で梳かす。日頃から私が手入れしてやっているためか、それとも無一郎自身の髪質によるのか知らないが、引っかかることはあまりない。当然だが雑にやると文句を言われるのは想像に難くないので、自分にする時以上に丁重に扱っていく。彼も気に入ってくれているのか、横髪が終わると後ろの髪を見せるように寝返りを打ってくれる。薄浅葱色の毛先まで丁寧に梳かしていったが、今日は大した手間はかからなかった。
 櫛を置いて、上から無一郎の顔を見る。端正な顔つきだ。光のない虚ろな目に私が映り込んでいる。いつかこの目に光が灯ることはあるのだろうか。私には分からないことだった。
 瞳が微かに動く。今度は彼の方が私のことを見ていた。何を考えているのか、どんなことを思っているのかは読み取れない。しばらく私の方を見た後、無一郎はむくりと起き上がった。
「もういいの?」
「どこかに行ってほしかったんじゃないの」
「いいのかなって思っただけだって。じゃあ私はもう寝るから、また明日」
 軽く手を振ったが、無視してすたすたと隣の部屋に行ってしまった。想定内だったので、私は特に気にすることなく自分の布団の中に入る。目を閉じてあと少しで眠れるところで、物音が聞こえた。衣擦れのような音と、二人分の足音だった。いつでも刀を手に取れるように構えながらそちらの方向を見ると、布団を抱えたこの家の人と無一郎がいた。
「その辺でいいよ」
 無一郎が指したのは、私の布団の横だった。てきぱきと布団を敷いたあと、この家の人はぺこりとお辞儀をして足早にこの部屋を去っていった。
「え、なに?もう寝るんだけど」
「だから寝るんだよ。見て分からないの?」
「...」
 そういうことを言いたかったのではない。いくら子どもとはいえ、緊迫した状況でもないのに同じ部屋で、しかもこんなに近い距離で眠るのは流石にまずい。
「元の部屋に戻りなさい」
「なんで?今更でしょ」
「わがまま言わないで」
「膝枕はいいのに、一緒に寝るのはだめなの?君ってちょっと変だね」
 一番言われたくない。お前が言うなという気持ちがふつふつと湧いてきたが、こういうのは相手にしたら負けなのである。
「...じゃあ、もう勝手にしてていいから」
 私はまたもや諦めて、布団の中に戻る。柱になってからは特別扱いが常で、こういう場所でも専ら一人で寝ていた。誰かと一緒に寝るというのは本当に久々で、なんだか新鮮だった。すぐに隣から穏やかな寝息が聞こえてきたので、私もそれに倣うことにした。




 ちゅんちゅんと鳥の鳴き声が聞こえる中、私は目を覚ます。起き上がって伸びをしようとしたところで、左側にいつもと違った重みがあることに気が付いた。流れるように視線を左の方にやると、よく見覚えのある小さな頭があった。なんでこうなっているのか一瞬分からなかったが、昨夜のことを思い出してようやく理解が追いついた。私は無一郎の頬に手を伸ばし、まあまあの力でつまんでやった。