※現パロ
カチカチと音を立てて、時計の秒針が動いている。あの針があと何周かすれば、私は誕生日を迎え、成人になってしまう。その瞬間を、私は歳上の恋人の家で待っていた。
その恋人─テスカトリポカは、キッチンで飲み物の用意をしてくれていた。私も何か手伝おうとしたがキッパリと断られたので、大人しくふかふかのソファに座って待っていた。
なぜ彼の恋人として選んでもらえたのかはさっぱり分からない。聞いてもはぐらかされるばかりだったが、私はもう騙されていてもいいと思えるくらい、彼に夢中になってしまっていた。
「なんだ?辛気臭いツラしやがって。主役なんだからもっと胸を張ってろ」
そう言うテスカトリポカの手には、二つのグラスとボトルが乗ったトレーがあった。私の目の前にあるテーブルにそれらが置かれていく。明らかに酒だった。当然ながらまだ酒を知らないので、それがどんな銘柄のものなのかは分からなかったが、とにかく上等なものであることは分かった。
「オマエも成人だ。オレの恋人として、酒くらいは嗜んでおけ」
テスカトリポカはボトルを取り、蓋を外す。中からはドロっとした白濁液が流れてくる。私が想像していた酒とは全く違ったので、思わずまじまじと見てしまった。
「なんか思ってたのと違う」
「これはデパチェと言ってな。プルケという醸造酒の一種だ。度数が低い上に甘いから、オマエのようなヒヨッコでも飲めるはずだ」
「へー…」
「あまり日持ちしないんだが、今回は特別だ。オマエのために、な」
私の分を注ぎ終えると、今度は自分のグラスに注ぎ始める。私が時計を見ると、あと一分ほどで日付が変わるようだった。
「大人になっちゃうね」
「なんだ、嬉しくないのか」
「嬉しくないっていうか、なんか…寂しい?のかも。自分で責任取らなくちゃいけなくなるし」
「自立の時が来たってコトだ。まあ心配しなくてもいいだろうよ。誕生日を迎えた瞬間に意識がすぐ切り替わるか?一年前を思い出してみろ。そうじゃなかっただろ?」
「それはそうだけど」
「子供のオマエが消えちまうわけじゃないんだ。今までのオマエと地続きなんだから、気楽に構えていればいいさ」
「そうだね…ありがとう。あっ、もう過ぎてる」
テスカトリポカと話していると、いつの間にか秒針は頂点を過ぎていた。気づかぬうちに、私は大人になっていた。彼の言う通り、大人になった自覚はあまり芽生えていない。案ずるより産むが易し、といった感じだった。
「ほら、オマエも持て」
「う、うん」
グラスを持っているテスカトリポカに促され、私もグラスを持つ。彼がグラスを近づけてきたので、私も同じようにする。チン、といい音が鳴った。
「誕生日おめでとう」
「ありがとう」
「ほら、飲んでみろ」
言われるがままに、グラスに口をつける。恐る恐る傾けて、雀の涙ほどの量を口に含んだ。怖がりながらもちゃんと飲み込んだ私の様子を見て、テスカトリポカは満足そうに笑った。
「どうだ?初めての酒の感想は」
「めちゃくちゃ甘いね、これ」
「言ったろう。飲めそうか」
「うん」
ちびちび飲んでいる私に対して、テスカトリポカはぐいっと一気に飲んでいた。嚥下する喉仏の動きがとても色っぽくて、私は思わず目を逸らす。私が縮こまっていると、彼はおかしそうに笑いながら私の肩に腕を回し、そのまま抱き寄せてきた。彼の纏う煙草の匂いと体温が間近に感じられて、もう慣れていないとおかしいくらい一緒にいるのに、私の胸は初めてのように高鳴る。
「しかし、もうそんなに経ったのか。感慨深いな」
テスカトリポカはふうと小さくため息をつく。その言葉につられて、私も出会ってからのことを思い返す。向こうから恋人になってほしいと頼まれたが、私は一向に首を縦に振らなかった。繰り返しになるが、なぜ私のような人間を好きになるのかが理解できなかったからだ。けれどもテスカトリポカは私がいくら断ろうとも一切引き下がらなかった。まるで私とテスカトリポカが一緒になることが既に決まっていて、私を迎えに来たような感じだった。観念して恋人になったが、今では私の方が彼を好きになってしまっている気がしてならない。
「…ああ、そうか。もう我慢しなくていいんだな」
「何を?」
空になったグラスをテーブルの上に置くと、テスカトリポカは私の方を向いた。何を我慢していたの、と尋ねても、答えは返ってこない。
「出会ってから四年、恋人になってから三年か。最初はすぐに来るだろうと思っていたが、予想外だった」
「待てを命じられた犬の気分がよく分かる四年間だった。目の前に格好の獲物がいるってのに、食うことだけが許されないんだからな」
「なのにオマエはオレの苦労も知らずに近寄ってきやがる。まあ当然だし責めるようなことじゃないんだが、オレはその度に耐えていた。オマエにみっともないところを見せるわけにはいかないからな」
苦い顔をしている。私は全く知らなかったが、本当に苦労していたらしい。どこか一線を引いたような距離感も、それが原因だったのかもしれない。
「だがオマエはもう大人になった。これが何を意味しているか分かるか?」
分からないほどに初心なわけでもなく、かと言って正直に頷くのもなんだか恥ずかしかったので、私は視線を逸らした。私は何も言わなかったが、その仕草だけでテスカトリポカは私の返答を察したらしい。私がまだ持っていたグラスを奪い取り、自分の分と同じようにテーブルの上に置いた。