※現パロ
昼はともかく、夜もとっぷり更けている今は、肌から身体の芯まで突き刺さるような寒さが感じられる。何も持たずに出てきたからか、いつもの見慣れた景色のはずなのに、異世界に迷い込んだかのような不安感があった。
少し広めの公園に入り、ベンチに座る。尻と背中から冷たさが伝わってきたが、次第に私の体温で温められていった。両方のポケットにそれぞれの手を突っ込んでぼーっとしていると、ごく稀にランニングウェアに身を包んだ人が目の前を横切っていく。普段はこんな夜中に出歩かないからか、少し訝しんだような目で見られたが、足を止めることなく早々に走り去っていった。
湧水のように浮き出てくる、無意味であまり繋がっていない思考を止めることなく、ひたすらぼーっとし続ける。今何をされてますか、と声をかけられたら、多分変な声しか出てこないだろう。妄想が佳境に入ってきたところで、慌てたような足音が近づいてきた。
「お、まえ、何やってるんだ…!」
小柄な、下手すれば少年と言っても差し支えないような幼い見た目をした男が、息を切らしながら駆け寄ってくる。足はとても速く、一瞬でベンチの側まで距離を詰められた。
「散歩しようと思って」
「スマホも財布も、何も持たずにか!?大体っ、なんで僕を起こさないんだよ!」
責めるような鋭い視線で射抜かれる。その目をじっと見ていると、奥の方に怯えのようなものが見えた。
私と彼は共寝する仲だ。ベッドですやすや寝ていた彼を起こさないようにそっと抜け出して、着の身着のまま部屋を出た。そして今に至るというわけだった。
「僕に何も言わずに出ていくのはやめてくれ。本当に驚いたんだぞ」
「うん。死にそうな顔してる」
「分かってるなら、もう金輪際やめろ。僕がどんなに──」
「平助だってたまに同じことしてるのに。いつもどこに行ってるの?」
息を整えていた彼が、ハッとしたように目を見開いた。しまった、という表情だった。
「君のことだから浮気じゃないだろうけど」
「それはない。断じて」
ほとんど食い気味だった。万が一浮気だったら腹を切ってもいいとか言い出しそうだ。
浮気自体は本当に疑っていない。彼は私のことを心から愛してくれている。ちょっと行き過ぎなくらいに愛してくれている。これで他の人間にも似たようなことをしていた場合、ショックを受けるよりも感心の方が勝ってしまうかもしれない。随分器用だなあ、と思ってしまう。
「どこに行ってるの?」
途端に黙り込み、視線だけを私から逸らした。足元の方を見ているらしい。
「責めたいとかじゃなくて。いつも心配なんだよ。夜中に起きたら平助が隣にいないんだよ?家の中探してもいないし。だから、どこに行ってるのかなって」
「おまえのためになることだよ」
「何をしてくれてるの?」
「それは知らなくていい。全部僕が終わらせておくから、おまえはただ、僕の帰りを待っていてくれるだけでいいんだ」
それは君がこっそり帰ってきた時にいつも薄ら纏っている鉄っぽい生臭さと何か関係があるのですか。そう尋ねたかったが、すんでのところで声が出なかった。彼がとても愛おしそうな、眩しいものを見る目でこちらを見ていたからだ。
私がこれ以上追及するつもりがないことを悟ったのか、彼は左手を差し出してくる。私が右手を重ねると、とても温かかった。左手から温もりを感じられることへの強烈な違和感を覚えながら、私はベンチから立ち上がる。
「平助の手、あったかい」
「今まで駆けずり回ってたからな。そういうおまえは冷たすぎる。どのくらいここにいたんだ」
「知らない。時計見てないし」
「…別に止めたりしないから、今度は僕も連れて行け。おまえが満足するまで付き合ってやる」
「じゃあそっちのにも連れて行って」
「それはだめだ」
「なんで?ケチ!」
「ケチでいいから帰るぞ」
示し合わせたかのように手をぎゅっと繋ぎ、私たちはそのまま歩き出した。