部屋の中は静寂に包まれている。けれども決して嫌な静けさではなく、むしろ心地よいと言ってもいいものだった。
初めてこの部屋、即ち茶室を訪れた時はとても緊張していた。あの千利休と一対一での茶席だなんて、恐れ多いにも程がある。けれども誘いを無碍にすることの方が恐ろしかったので、私は『右も左も分からぬ初心者でもよいのであれば』という前置きをして、応じた。
部屋のどこを見ればよいのか、抹茶をどう楽しむのか、そもそも作法さえもあまり知らなかったので、その全てを教えてもらった。
厳しく指導されるのかと思ったが、そうではなかった。優しく、それでいて明快で理解しやすい手解きであり、何度か茶室に通っていくうちに、私は一回りも二回りも成長した。今でも完璧とまでは言えないが、利休が私の所作に対して何かを言ってくることは、ほとんどなくなっていた。
彼は何も私を苦しめるために誘ったわけではないのだ。あくまで私と茶を楽しみたい、そして茶の良さを伝えたいが故のこと。私たちの他に誰もいない空間で会話をしていると、とても心が安らいだ。
「マスター様、随分と成長されましたな。利休、感心」
「そう?まあ、初めての時と比べたら全然違うと思うけど」
茶を喫し、茶碗の片付けが終わると、利休が口を開いた。こちらを見ながら、その真っ黒な目を細めている。
「あなた様の心、見違えるようでございます」
手本とされる所作を身につけられたことで、自信をつけることができていた。特に目上のサーヴァントと関わる時に緊張せずに済むようになっている。間近にいる利休から見れば、その違いは手に取るように分かるのだろう。
「利休さんの教え方が良いんだよ」
「ご謙遜を。いくら教え手が優れていようと、教わる側にやる気がないようであれば、てんで上手くいきませぬ」
「そうかな。ありがとう」
「私からの賛辞を素直に受け取られるのも、あなた様の美点にございますな」
一見嫌味のようだが、利休は心の底から褒めてくれているらしい。
「私ばっかり教わってるのは申し訳ないから、何か返したいな」
「いいえ、あなた様は既に、私にとても重要なことを教えてくださいましたよ」
「えっ、何かしたっけ」
「他者を己の色に染め上げる悦び、にございまする」
口元に手を当て、ほほ、と笑っている。生前は歴とした男であるはずなのに、実に女性らしい仕草だった。