※微裏
自分の身体を煩わしく思ったことは然程無かった。小さい身体は敵の懐に入り込みやすいし、大体の敵は子供との戦闘に慣れていないので、味気はないが安定した勝利を得られる。何よりマスターを揶揄う時に効果覿面なのはとても好ましい。しかしそんな恐竜王でさえ、唯一自分の身体を恨めしく思う瞬間があった。
隣を歩くマスターを、横目でちらりと見上げる。マスターはまっすぐ前を向いて歩いており、恐竜王が視線を浴びせていることには全く気づいていない。声をかけたり、このままずっと見ていればいずれは気づくのだろうが、それでは面白くない。
マスターと目線が合わないのは、思った以上に不快なことだった。まず好きな時にキスができない。屈めと命じることはできるが、不意打ちでキスがしたい恐竜王にとっては少し不都合だった。
「ど、どうしたの?」
ようやく視線に気づいたようだ。戦神を従える者として、もう少し早く気づいてほしかったものである。恐竜王はため息をついた。
夜になると、恐竜王は決まってマスターの自室を訪れる。同じベッドで眠るためである。シュン、と無機質な音を立てて自動ドアが開く。もう眠る準備に取り掛かっていたようで、マスターは見るからに風呂上がりだった。髪はまだ濡れていて、ベッドの上に座りながらタオルで水気を取っている。
「あ?もう風呂入ったのか」
「うん、明日早くてさ」
時間が合えば一緒に入ることもあったが、今日は合わなかったらしい。恐竜王は眉間に皺を寄せながら、自分も湯浴みをしにシャワールームへと向かった。基本はサーヴァントに湯浴みなど必要ないが、気分転換や生前からの習慣などの目的で好む者も多い。恐竜王もまた例外ではなかったが、今はマスターに追いつくために軽く浴びる程度に留めた。
「うわっ、びっしょびしょ」
ドライヤーで髪を乾かしていたマスターが、シャワールームから出てきた恐竜王に目を向ける。以前は平然と裸で歩き回っていたが、それを見たマスターが慌てて止めに入ったことがあったため、ちゃんと服を着ていた。ポタポタ水が垂れているわけではないが髪はびしょ濡れの状態の恐竜王を見て、マスターは髪を乾かす手を止めた。そして恐竜王用にあらかじめ用意してあったタオルを手に取ると、そのまま恐竜王の髪を拭き始める。恐竜王は、目を瞑って心地よさそうにそれを受け入れていた。
ある程度水分がなくなると、マスターはタオルドライをやめて、再びドライヤーを手に取った。温風を出し、恐竜王の美しい金髪を自分の時以上に丁寧に乾かしていく。他の色のテスカトリポカと比べて髪が短いので、乾かすこと自体はすぐに終わった。
「はい、終わり。私はもう寝るけど、恐竜王はどうするの」
「俺もおまえと寝る。休息は重要だからな」
そう言うと、恐竜王はマスターのベッドに横になった。二つある枕のうち自分のものに頭を乗せると、マスターも同じように枕に頭を乗せ、掛け布団を引き上げて恐竜王の肩まで被せた。
寝返りを打ってマスターの方を見ると、ばっちり目が合った。よく見る景色ではあったが、妙に胸がざわついた。逃がさないように両手でマスターの頭をがっしり掴むと、噛みつくように口づけた。
「ちょっと、明日早いんだって」
「この状況で俺以外のことを考えてんのか?いい度胸してやがる」
マスターの抗議を封じ込めるかのように、恐竜王はひたすらキスし続ける。キスをしながらマスターの方へじりじり這い寄り、ついにマスターの腹の上に跨ってしまった。そして耳まで押さえつけるようにマスターの頭を両手で固定し直し、口内に舌を捩じ込んだ。初めは身を捩って離れようとしていたマスターだったが、舌を擦り合わせるうちに抵抗を諦め、恐竜王の小さい背に腕を回した。
唾液に混ざった微量な魔力が身体にじんわり滲んで気持ちがいいし、何よりマスターを食っているような気分になれるので、キスは好きだった。深いものになれば尚更だった。初めは受け身だったマスターもだんだん慣れてきたのか、最近は応えるようになっていて、恐竜王にとっては自分が染めてやったことがありありと分かる好ましい変化である。
しばらくの間唾液を混ぜ合わせた後、口を離す。互いの口の間に銀色の糸が現れ、プツンと切れた。最後までしてしまってもよかったが、マスターの休息時間を奪うのは信条に反する。恐竜王は最後に触れるだけのキスをして、マスターの腹の上から退いた。そしてごろりと寝転ぶと、マスターにぴったりとくっつく。
「あれ、しないんだ」
「明日早いっつったのはおまえだろ」
「そう…ありがとう」
マスターは恐竜王の方を向き、彼の小さい身体を抱き込んで目を閉じた。恐竜王の子供らしい体温が心地よくて、眠気はすぐにやってきた。