1.5. 深夜の職員会議


 夢子が断食を続けて部屋でじっとしている間、忍術学園職員による緊急会議が学園長の庵で開かれていた。


「早速じゃが議題は夢山夢子についてじゃ。このまま元居た場所に戻れないとなったときの彼女の扱いじゃが、わしは彼女を事務員として雇おうと思うておる」


 数日前にも学園長は彼女は学園で面倒を見る必要があると言っていたが、それが雇うなんていう話に繋がるとは。やれやれと教師陣はため息をついた。

「状況が状況ですから……責任を感じるのも分かりますが、彼女については我々の理解を越えています。学園に置くというのは……」

「もちろん責任を感じていない訳では無い。しかし他にも理由はある。わしはあの娘がこんな風にここに現れたという縁を大事にしたい。何かあるに違いない。だから仕事を与えてここに置いておきたいんじゃ」

「なるほど。しかし本当はもっと深い意味がおありになるのでしょう」

 問い詰める安藤夏之丞の言葉は、「まさかそれだけではあるまい?」という意味も孕んでいるようだった。学園長ははあとため息をつく。

「先生方の協力あっての事務員育成じゃからな。思っておることは全て話しておこう」

 教師陣はじっとその先を待つ。学園長はそれを感じ取っているのかいないのか、かなり間をとったあと話し始めた。

「ワシの中ではまず二つ選択肢が生まれた。この場で追い出すか少し置いて面倒を見るか。……まず、即座に追い出す選択肢を選ぶほど非情にはなれんかった。わしも関わっていることじゃしな。じゃから今彼女が帰れる方法を探すことに協力しているし、あの部屋もそのままじゃ。今のところ進展はないが……」

 ここまではどの教師も理解し、受け入れていた。異世界からやってきて、元の世界に戻れなくなった少女。頼りない柔そうな手足を一目見れば、彼女が裕福で戦とは程遠い暮らしを送っていた人間であるというのが分かる。現状学園について何も知らず、影響を及ぼす可能性はほぼ無に等しいと思われた彼女を、間者としてすぐつまみ出す必要はなかった。

「そして、彼女がこの世界で生きる場所を見つける助けぐらいにはなってやろうと考えた。店をやってる知人を紹介するか、どこかの家へ女中として紹介するか……そしてふと思いついたんじゃ。仕事ならここにもあるではないかと」

 教師陣は引き続き何も言わなかったが、そこを詳しく聞かせていただきたい、という圧が部屋を支配していた。

「彼女は忍について何も知らない。隙だらけじゃ。もっと言えばこの世界についても何も知らない。そこにピンと来たんじゃ。学園に置きたいと。そういう事じゃ」

「学園長、もう少しだけ詳しく伺っても……?」

「ええい煩わしいのう、何となく分かるじゃろう!」


 まだ満足をしきっていない場の雰囲気を感じ取って発言した土井半助は苦笑いをする。


「彼女の純粋さみたいなものが学園に必要だと判断したということでしょうか」

「まぁそういうことじゃな。下級生達の心を休めてやれるような職員が一人くらい居てもいいじゃろう」

 教員たちはそれぞれ分かったような、分かってないような顔をする。

「確かに、六年ここで過ごすと素の行動や発言が良くも悪くもどこか忍びらしくなってしまうというのはあります。その改善に一役買うのではないかというのもわかります、が……」

 上級生と関わることも多い木下鉄丸が口を開いた。

「それもまた一過性のものでは?彼女自身もこの世界に、学園に染まるでしょう」

「彼女は18年間異世界で暮らしてきたんじゃぞ?忍たまにとってこの六年が絶大な影響を持つのと同じように、彼女にとっても十八年という月日は重大だったじゃろう。それに..染まった時は染まった時じゃ、わしは決めたんじゃ!」

「……吉野先生や小松田くんの意見を聞きたいところですな」

 会議を進めるために山田伝蔵が放った言葉を受けて、みな吉野作造と小松田秀作の方を見つめる。


「僕は、このまま働き続けられるならどちらでも……同僚ができるのも嬉しいですし」

「私も構いません。事務のおばちゃんにも頻繁に来てもらうわけにはいかなかったので、しっかり仕事をしていただけるならむしろ歓迎します」


 道具管理主任の吉野先生がいつもおっちょこちょいの事務員の仕事の面倒を見ているのは誰もが知っているため、彼が歓迎するのならまあいいのかという雰囲気が広がる。

「……決定じゃな。ならさっそくじゃが、研修期間の話もしておきたい」

「研修期間とは具体的にどのようなことを?」

「まず生徒たちとの雰囲気作りや基礎的な知識を学ばせるために忍たまとして授業を受けさせようと思っておる」


 これには黙っていた先生方もえっと声をあげた。

「忍たまとですか……!?くのたまならまだしも……」

「くのたまとは生活面で多くかかわりを持つことになるじゃろう。生徒たちの雰囲気作りのためなんじゃからできるだけ多くの忍たまとも関わっておく必要がある。事情が事情なだけにな」

 無論、上級生の実技に参加させるような無茶なことはせん、と学園長は笑ったが、どの職員も苦笑い。この人ならやらせかねないと一瞬惨状がよぎったからである。


「よって、知識のテスト、いずれは体力測定も行いたい。体力測定は体育委員に任せよう。テストについては..適当に過去のテストの使い回しで良いじゃろう。休日返上の仕事になるので準備並びに試験官を請け負ってくださった先生にはボーナスを」

 誰も手をあげない。やはり私か、と言った顔で教師陣最年少の土井半助がまた手を挙げた。

「では、よろしく頼んだぞ。そうじゃ、一年は組に編入させるかたちにするのがよいの」

「ええ、なぜですか!?」

「このクラスにいれば大抵の人間と関われるじゃろう?問題ごとの中心にいつもいるんじゃから」

「否定はできませんね……」

「学園長」


 肩を落とす土井半助の横で、山本シナがすっと手を挙げる。


「彼女の部屋についてですが、くのたま長屋の_」

「それについてじゃが、竹谷八左ヱ門の部屋をあのまま使ってもらうのが良いじゃろう」

「五年長屋に住まわせるのですか?それは……いかがなものでしょうか」

「あの部屋は彼女の部屋に今もなお繋がっているんじゃ。万が一なにか異変が起きた時、咄嗟に彼女自身が対応出来た方が都合が良い」

「なるほど……しかし……」

「今もほとんど八左ヱ門と同室みたいなものじゃし、それで特に問題も起きていないのだからよいじゃろう。さて、他に何かある者は?」


 誰も手をあげないことを確認した学園長が「ではこれにて閉会!」と叫ぶ。先生方は疲れたといったようにぞろぞろと部屋を出ていった。唯一土井半助だけは胃のあたりをさすりながら職員室へ向かうのだった。



ぬるま湯