4. 小手先の技は通用しません

「すっげー!」

「コツとかあるの?」

「あ〜……ガッツかな!」

「忍者と一緒なんだ」

 団蔵くんと虎若くん、三治郎くんが目を輝かせて「もう一回!」とリフティングの技を要求してくる。庄左エ門くんも足元をじっと観察していて、興味津々のようだ。

 は組のみんなの実技を見学した後、一緒に放課後にサッカーをしにきたわけなのだが、そこでぐっと距離が縮まることになった。参加させてもらった試合自体はここ最近の断食のせいもあって終始バテぎみだったのだけれど、従兄弟に憧れて昔練習したちょっとした上げ技のおかげで話が弾む。決して高度な技ではないけれど、彼らからしてみればそれなりにすごく見えるらしかった。幼い頃の自分と従兄弟に心から感謝した初めての瞬間だった。

「なんだあ、夢子さんって運動できたんだ。思ってたのと違ったよ」

「まあ人並みにだけど……きり丸くんはどう思ってたの?」

「乱太郎が、お姫さまみたいな人だって言うから」

「ええ!?」

「だって、色も白くて髪も綺麗で、手足にひとつも傷がないんだもの……」

 乱太郎くんは少し恥ずかしそうに頭をかいた。元居た場所でそんな風に褒められたことがないけれど、身なりに人並みに気を使った女子大生は戦国に来ればお姫様のように見えるというのだろうか?自分が豪華な着物を身にまとってリフティングをする姿を想像して少し笑ってしまった。

「こう見るとお姫さまって感じではないよね」

「でもそのほうがいいよ。遊べる方が楽しいもの」

 兵太夫くんの発言に、フォローを入れるように伊助くんが続く。団蔵くんたちのリクエストにお応えして上げ技をもう少しやった後、疲れ切って休んでいるしんべヱくんと喜三太くんの隣に自分も涼みに行こうとした時だった。

「噂の事務員見習いさんだな!」

 いつからいたのか、深い緑色の服を身にまとった青年が背後に仁王立ちで立っていた。手にはバレーボール。さっきから次々現代のスポーツ用具が出てくるものだから、ツッコむのにも疲れてしまった。

「夢山夢子です。よろしくね」

「六年七松小平太、体育委員会委員長だ!」

 差し出された手を握れば、ぶんぶんと上下に揺さぶられる。しっかりした厚い手のひらだなあなんて考えながらふと周りを見ると、さっきまで近くにいた一年は組の良い子たちが遠くに退散しているのが見えた。小さくなった彼らは一斉にこちらに手を合わせている。なんのことだろうと思っていると、目の前の青年はさっそく話を持ち掛けてきた。

「さっきのリフティング、見ていた。あんな技があるんだな」

「うん。上げ技だね」

「やり慣れているようだったが、もしかして球技が好きなのか?」

「わりと好きな方だとは思う……バレーもたまにやってたよ。それ、バレーボールだよね」

 明らかにバレーの話をしたいのだろうと分かったのでこちらから話をふると、小平太くんは大きい目をさらに大きく見開き輝かせた。

「じゃあ今からしよう!」



「ごめんなさい、僕が居場所を教えてしまったから……」

「なんで謝るの?全然いいのに」

 体育委員会に混ざって三対三でバレーボールをすることになったのだけれど、そこで合流した金吾くんはなぜか終始震えていて、「絶対に先輩のアタックを受けないで」とすがるように言うばかりだ。

「金吾と滝夜叉丸は向こうのチームだ!四郎兵衛、三之助はこちらに来い!」

「そんな……もしかしたらチーム分けでなんとかなるかもしれないと思ったのに……!」
 
 金吾くんは頭を抱えた。あまりの怯えようにこちらまで不安になってくる。これから始まるのはバレーボールと言う名の違う競技なのだろうか。小平太くんに言われて、私と同じ色の服を着た男の子がこちらに向かって歩いてきた。

「平滝夜叉丸です。いいですか、お願いですから、とにかく……」

「『絶対に小平太くんのアタックを受けない』、だね」

「そうです。生きて帰ることだけを考えてください。ここは私がセンターに行きます。飛んでくるボールは私がすべて……」

「七松先輩が点が入るたびに場所替えを行うとおっしゃってました..!」

「そうか……いいですか、負けても構いません。ボールは避けてください」

 これからバレーをする人間に対してかけたとは思えない助言をしたあと、彼はコートに入る。その横顔からは、これから戦地に赴くかのような覚悟がにじみでているようだった。私も少し緊張しながらレフトについた。でもこの緊張感は、昔やった球技大会みたいですこし懐かしくもある。

「サーブはこちらからでいいな?」

 小平太くんはくるくると指でボールを遊ばせながら、楽しそうに宣言した。私は軽く腰を落として身構える。彼はボールを高く上げて、そして、跳んだ。


 気づいた瞬間にはボールは顔のすぐ横をかすめていて、コートの少し外をえぐったあところころと遠くへ転がっていっていた。私はこの一瞬の出来事で、は組が退散していたこと、金吾くんの怯えよう、滝夜叉丸くんの覚悟の滲んだ横顔の意味が理解できた。

「うーん、はりきりすぎてしまったなあ。次はそちらがサーブだ」

 小平太くんは腰に手を当てて納得いかないような顔をしている。おそるおそる横に立っていた滝夜叉丸くんをみると、「分かったでしょう」と言ってため息をついた。

「位置の交代です、貴方は次センター。サーブ権はこちらにありますから、アタックにだけ警戒してください。十中八九あなたの方に飛んできますから、飛び込んで私が受けます。受けきれなかったときを想定して、避けられるようにだけはしていてください」

 そう言って彼はライトの位置についた。三人しかいないコートはただでさえ一人一人の守備範囲が広いのに、彼は二人分の動きをやってのけるというのだろうか。

「夢子さん、これ……。サーブは大将かららしくて……」

「私が大将だったんだ」

 金吾くんからボールを受け取って、コートの外に出る。バレーのサーブなんて久しぶりだ。少しだけボールを上げて、向こうへ飛ばす。先程の魔球とは比べ物にならないが、なんとか向こうコートまでは届いた。相手コートから「良いサーブだ!」という声が飛んできた。


 しかし、今回はあっけなく向こうチームの後輩二人の間にボールが落ちたことで終わった。二人とも遠慮してボールを取りに行かない、いわゆる「お見合い」状態になったようだったけれど、あえてラリーが続かないようにしたようにも見えた。小平太くんは「どちらかが声を出して取りに行かなきゃダメだろう?」とちょっと不満気だが、私は胸をなでおろしながらライトの位置へ移動した。

「次は真ん中の金吾がサーブだ」

「はい……」

 金吾くんは難なくサーブを打ったけれど、運悪く小平太くんの目の前にそれは落ちた。彼がそれを逃すはずもなく、綺麗なレシーブでボールは高く上がる。


 そこからのことは何故かすごく鮮明に覚えている。トスがあげられたあと、小平太くんはボールに向かって走り込んだ。しかしアタックしようとしている先にいるのは私ではなくセンターの金吾くんだったのだ。その瞬間、私は「アタックは受けるな」と言われていたのも忘れて飛び込んだ。あんなサーブを打つ人間のアタックを10歳の子が正面から受けるなんてとんでもない。金吾くんだって忍者のたまごではあるけれど、それでもまだ一年生だ。ひとたまりもないだろう。彼がもろに受けるくらいなら、私の腕が内出血になる方がまだましだ。

 しかしこの時の私にはもう一つ忘れていたことがあった。レフトを守っていた滝夜叉丸くんの存在だ。きっと彼も私ではなく金吾くんに向かって小平太くんが狙いを定めたことに焦ったに違いない。急いで彼も真ん中に飛び込んできたのだ。私たちは正面衝突して、そして、落ちた。



「気が付きましたか」

「新野先生?」

 目が覚めたとき、私の目に入ってきたのは空ではなく木の天井だった。どうやら医務室に運ばれてきたらしい。頭にはなにか冷たいものがのっているのが分かって、だんだん痛みの感覚が戻ってきた。そうだ、私はさっき強く頭を打って…どうやら気を失っていたらしい。

「気分はどうです?気を失う前の記憶はありますか?」

「気分は……良くはないですが、バレーをしていた記憶はちゃんとあります。それより、私と激突した滝夜叉丸くんが」

「それなら大丈夫です、私もさっき意識を取り戻しました。異常もないです」

 隣から声がする。氷嚢を落としてしまわないようにゆっくり顔を動かして確認すれば、たしかに誰かが同じように横になっているのが分かるが、滝夜叉丸くんなのだろう。

「本当に申し訳ない」

「いえ、私も焦って周りが見えていませんでしたから。私としたことが……普段ならこんなへまはしないのです。私は実技の成績も優秀で……」

「……うん?あ、そういえば金吾くんは?」

「怪我はありませんでした。間一髪でアタックも避けたので」

「よかった」

 私に手足の麻痺がないか確認して、新野先生は一旦医務室をあとにした。今日は保健委員がいないらしく、様子を見に来た人も帰したということで保健室はかなり静かだ。ぼうっとしていると、「七松先輩が善法寺先輩にかなり叱られて保健室から追い出されていました」と唐突に滝夜叉丸くんが話し出した。

「先輩も、あなたに意地悪をしようとしたわけではないのです。いつもああいう感じで……」

「それはなんとなくわかったよ。素であれってのもちょっと……怖いけど」

「そうでしたか。しかしまあ一応伝えておくべきかと思いまして」

 ありがとう、と返してまた医務室に静寂が訪れる。次はこちらから話を振るべきだろう。「滝夜叉丸くんは四年生なんだよね」と話しかけると、滝夜叉丸くんは「そういえば自己紹介を割愛したままでしたね!」と突然大きな声でぺらぺらと話し出した。

「私は四年い組の平滝夜叉丸。教科の成績が一番なら実技の成績も一番、忍術学園のアイドルで得意武器は戦輪、武道大会では__」

「ま、まってまって」

「あっ…失礼しました、ここは医務室なのに……私は四年い組の……」

 そう言うと次はささやくようにして怒涛の自己紹介を始めた。予想外の行動に思わず笑うと、「どうしました?」と横から不思議そうな声が聞こえてくる。咳払いでごまかしたあと続きを促すと、また嬉々として武勇伝を語り始めた。結局私は新野先生が返ってくるまでの一時間ほど(本当はもっと短い時間だったのかもしれないけれど)彼の自慢話を延々と聞く羽目になったのだった。


「大丈夫か?」

「あれ?八左ヱ門くん?」

 風呂あがり、八左ヱ門くんがくのたま長屋を出たところで待ってくれていた。ふらついて倒れたりしたら困るからと部屋までの付き添いを新野先生に頼まれたらしい。また過保護ぎみだなと思いつつもご厚意をありがたくうけとることにした。

「なんだかげんなりしてるような気がするんだが……まだ頭が痛いなら言った方がいいぞ」

「あ、それは全然大丈夫。滝夜叉丸くんの話、序盤は楽しいんだけど後半で情報量に追いつけなくなって。ちょっと疲れただけ」

「自慢話を最後まで聞いてたのか?物好きだな」

 ほー、と八左ヱ門くんが驚いたような声をあげる。たしかに滝夜叉丸くんの話はほとんどが自慢だったけれど、武道大会の話や授業の話は私にとって新鮮なものばかりで面白かったのは事実なのだ。

 晩御飯は一年は組のみんなが運んできてくれた。みんな私が小平太くんと話している間に逃げたことを平謝りして、金吾くんに関しては土下座をしかねない勢いだったので「本当に気にしないで」という言葉を少なくとも20回は口にした。

 今日からクラスごとの夜ご飯づくりに参加する予定だったのだけれど、それが叶わなかったのは少し悲しい。持ってきてくれたご飯は10歳の彼らが作る料理ということで、簡単な具沢山のちゃんこ的料理だったが、それでもあたたかくて、とてもおいしかった。

 滝夜叉丸くんへのご飯は廊下に置いてあったらしく、は組のみんながついでに届けていた。滝夜叉丸くんは「喜八郎め…」とため息をついて、「それでもお前たちが私を労いに来たことは嬉しい」と言っては組のみんなに「違います」と総ツッコミを受けていた。

「いい子だよね、滝夜叉丸くん」

「まあ、否定はしない」

「あ、そうだ、髪もさらっさらなんだよ。今度滝夜叉丸くんに手入れの仕方聞いた方が良いよ」

「そうだって……唐突だな」


 唐突って、昨日の夜話したばかりのことじゃないか。私の思い違いだったかと記憶をさかのぼる。たしかに八左ヱ門くんと廊下で髪の話をしたはずなのだけれど。

「昨日の夜髪の話をしたでしょ」

「夜?会ってないぞ。昨日は……伊作先輩と薬草の話をしてたが、人に会ったのはそれっきりだ。寝ぼけてたんじゃないか?」

「夢だったのかなあ。どちらにせよ、髪の手入れはした方が良いって」

「この髪は髪で使いどころがあるんだよ。蓑虫越冬隊を……」


 とんでもない話をし出した彼の話を遮ったあと、私たちは夜の挨拶をして別れた。部屋の外にはもう半分以上欠けた月が出ていて、ここにきた月のない夜のことをふと思い出す。

 あと少しで、ここに来てひと月ほど経つらしい。



ぬるま湯