3. お尋ね者
「本州からわざわざ?」
「らしい。娼婦が聞いたところによれば、手紙を持たされているんだと。女は刺青のことについては触れなかったようだが」
「気になるな。お前が小樽にいることを知っているのだから、囚人にさしむけられている可能性も十分にある」
俺を探す女がいるというのは少し前に入ってきていた情報だったが、手紙を持たされているというのが判明したのは今日が初めてだった。娼館から帰ってきた俺は晴れ晴れとした心地だったが、土方と永倉は微妙な顔をした。
「どこの宿にいるかは分かってる。俺のために会いに来た女を無下にはできんだろう?行ってこようと思っているが」
「構わんが、油断はするなよ。手に負えんようなら連れて来い」
「ここにいるお嬢さんに用があるんだが。俺を探しているという……背の高いお嬢さんだ」
「あなたが!話はお聞きしております。少々お待ちください」
気の良さそうな旅館の女将は俺を見るなり中に引っ込んだ。話が早くて助かる。戻ってきたのは女将ではなく噂の"大女"だった。たしかに噂通りの背の高さで、まとっている小袖は丈が少し足りていない。男だと言われても違和感のない背丈だが、そろそろとこちらへ歩みを進めるさまはお嬢さんのそれである。女は俺の額のあたりや全身を確認するように見ている。
「俺を探しまわってるってのはあんたかい」
「……!はい」
「噂になってたんでな。悪いが宿を調べさせてもらった」
「いえ、むしろありがとうございます……あなたに渡すように言われた手紙を預かっているんです」
女は懐から取り出した手紙をこちらによこした。それを受け取った俺は玄関に腰を掛けて封筒を破いた。差出人の名前を探したが、どこにも書かれていないようだ。
「お嬢ちゃん、誰に言われてここまで来たのかくらいは教えてくれないか」
「……」
女はきょろきょろと周りを見渡した後、「続きは部屋ででもいいですか」と俺に耳打ちをしてきた。熱いものが集まるような感覚を振り切り、俺は彼女のあとに続いて宿の中へと入った。彼女は俺が部屋に入ったのを確認した後、廊下に誰もいないのを念入りに確認して襖を閉めた。しかし熱を帯びた体は、「網走の……津山睦雄を御存知でしょう」と言う彼女の声にスンと冷えた。
「……嬢ちゃんはやっぱり刺青囚人の使いだったわけだな」
「はい、あの、後のことは手紙を読んでいただければ。私、あまり詳しいことを聞かされていなくて……手紙にだいたいのことは書いたって言ってたので」
「フン……俺の皮を剥ぎに来たわけではなさそうだな」
「剥ぐ?」
彼女は意味が分からないと言ったように俺に聞きかえした。金塊について知らないのか、知っていてこの反応なのかは分からないが、少し引っかかる。しかし、言われた通りまずは手紙を読むことにした。
”無事手渡せたなら万々歳だ。他の人間の手に渡っていたとしたら、この女の運がなかったということだ。そういえば、運を見るのが好きな知り合いが居たな。もう三年も前のことになるが、覚えているだろうか。
この女にあんたを探させた理由は、あんたが女好きだから。
居場所が分かりやすいし、遣いが女なら無下にもできまい。”
書き出しからして、網走にいた囚人の手紙であることは間違いないと思ってよさそうだ。
”さて、簡潔に言おう。俺は死ぬ。あんたがこの手紙を読んでいる頃には、"跡形もなく"この世から消え去っている。”
俺はここで息を呑んだ。刺青の囚人は24人いたらしいが、この手紙が本当ならば、津山の刺青がこの世から消えたということになる。目の前の女を問い詰めたくなるのを抑え、俺は読み進めた。
”女に形見を持たせた。素晴らしい出来栄えの代物だ。
俺には価値がないものだが、あんたがたはきっと欲しがるだろう。あと一つ、その女の昔話も手土産だ。丁重に扱ってくれることを祈っている”
手紙はここで終わっていた。顔をあげると、女がそわそわとこちらの様子を伺っている。本当に何も知らないのだろうか。
「嬢ちゃん……なにか持たされているだろう。やっぱり刺青について知っているな」
「……そうですね」
その瞬間、女はがばりと胸元を開いて小袖を肩までずらした。俺はそれをじっと黙って見ていた。なにをするんだ、と声を出すより先に、決定的なものが目に飛び込んできたからだ。
「なんてことだ……」
女の滑らかな肌のうえに現れたのは、あるはずのない文様だった。肩のあたりに「歩」の文字、そこに伸びる藍色の線。それは俺の持つそれと同じ類のものだと一目見て分かる。
「少し前に突然彫られました。確認した限りでは睦雄さんに彫られたものと同じでした」
女の顔は見えないが、声は異様なまでに落ち着いていた。
曰く、行く当てがないときに拾われた家に津山がいた。その後二年ほど銃や狩りの方法などを教わりつつ過ごしていたが、ある日前触れもなく眠らされ刺青を彫られ、ろくな説明もないまま小樽で俺を探すように言われたという。
「逃げようとは思わなかったのか」
「身寄りがなくて。なんの伝手もないのにやれることは限られてきますけど、こんな体ですし。それに、彼にお世話になったのは事実なので従おうかと」
「ふん……しかしこれは……」
俺の手には負えない。俺は女に荷物をまとめてついてくるように言って、土方達のいる場所へ戻ることにした。俺のことをむやみに嗅ぎまわっていたとしたら、女は第七師団に目を付けられはじめていてもおかしくない。貴重な情報源を敵方にやすやすと手渡すことになる可能性は潰しておきたかった。
「なるほど、津山も無茶な奴だ。女の肌に墨を入れるとは……しかしまあ、細身のあいつだからできた芸当ではあるな」
「刺青の正確性は現時点では確かめようがなさそうですが……」
「気になるのはお嬢さん自身のことだな。手紙には昔話も手土産だと書かれているが、どういうことか分かるか?」
連れて来たアジトでこれまでの話をし終えた女は爺さん達を前にずっと縮こまっており、まさに"借りて来た猫"状態だった。話を振られた彼女は恐る恐る「たぶん」とだけ言った。
「私の鞄の中身を見て頂ければ」
「お嬢さんの荷物を我々が勝手に漁るわけにはいかんだろう?よければお嬢さんから見せてはくれないか」
土方の爺さんに優しく尋ねられた女はうっすら頬を染めているように見えた。このジジイめ、と俺が薄目になる横で、永倉の爺さんも似たようなことを思っているらしく小さく息を吐いていた。
鞄の中にはこまごまとした女の荷物と、見たことのないものがいくつか入っているようだった。女はその中から財布のようななにかを取り出した。中から出てきたのはたしかに貨幣と紙幣だが、見慣れないものだった。
「これは……日本銀行券?これがか?こんな紙幣は見たこともないが」
「私がもといたところのお金です」
「ほう?……つまり、何が言いたい」
「未来から来たと言ったら信じて頂けますか」
あまりにも馬鹿馬鹿しい言葉のように思えるが、彼女はいたって真剣らしい。爺さんたちも同じことを思ったのか、さらに詳しい説明を求めた。
「……説明した通り、私はお爺さんに身寄りのないところを拾われました。身寄りがなかったのは、私がこの時代に存在するはずのない人間だったからです」
彼女の説明を聞きながら、俺は机に置かれたものを見た。壱万円、ありえない紙幣だ。500と書かれた硬貨には「平成..年」という聞きなれない元号が刻まれていて、また違う硬貨には「日本国 百円」と小さな文字と花が刻まれている。どれも俺の知る硬貨ではない。
「この紙幣が証拠というわけか。無茶苦茶な数字なのは価値が変化したということかな?なるほど、確かにお嬢さん一人でつける嘘ではなさそうだが……」
お嬢さんは次に、ちいさな厚紙のような特殊なものを取り出した。その上には色のある写真が貼ってあり、かなり小さく「2021年……発行、2025年……まで有効」と書かれている。爺さんがたには読みにくかろうと代わりに読み上げてやれば、永倉の爺さんは小さく舌をうった。
「ふむ、これが本当なら……とりあえず、どこかの誰かから我々を混乱させるためだけに送り込まれたというわけではなさそうだ。貴重な情報源だと知ったうえでこんな風に手放すわけがないからな」
爺さんにまっすぐ見つめられ、彼女は背筋を伸ばした。
「お嬢さんは刺青がどういうものなのかは現時点で知らないわけだな?」
「はい。自分の刺青の全体像すら把握できていませんし……」
「しかし、お嬢さんは残念ながら当事者になってしまった。お嬢さんが思っている以上に重大な事態に巻き込まれてしまったのだ。牛山のことを聞き回っていたのなら、"お尋ね者"になっていてもおかしくはない」
息を飲んだ女に、爺さんは優しく「提案がある」と語り掛けた。
女には二つ選択肢がある。まず、第七師団に追われる前に今すぐにでも北海道から逃げるという選択肢。今何も知らないまま刺青の写しだけ我々に引き渡すというのなら、我々はアジトを知られてしまっている状態ではあるがそれを止めない。もう一つは、我々に協力し同行するという選択肢だ。何に巻き込まれたか知ることができるが、そうすることで正式に"お尋ね者"になってしまう。しかし我々は彼女を仲間とみなし保護をする、というものだ。
爺さんはさも女に選択の権利があるという話し方をしているが、現時点で既にお尋ね者になっている可能性を考えれば彼女には実質選択権はない。
じっと考えた後、やはり後者を選ぶことに決めたらしい女は深々と頭を下げた。