4. お守り代わりのモーゼル銃


「改めてよろしくお願いします。夢山夢子です」

「そういえば名前すら聞いていなかったな。もう名乗る必要もないかもしれんが、俺は牛山辰馬だ」

「そうか、夢子か。私は土方歳三だ」

「ひじかたとしぞう……さん」

 つい復唱してしまった私を土方さんは面白そうに見つめている。私が知る土方歳三は歴史上のあの人しかいない。しかし今は明治も終盤のはずで、目の前の彼が"彼"であるなんてことがありえるのだろうか。

「……何か言いたげだな?」

「すみません、その……新撰組副長と同姓同名なので気になって。偶然ですか?それとも何か関係がおありなのでしょうか」

「はは、そうか……私がその新撰組副長だと言ったら?」


 私はじっと目の前の土方さんを見つめた。彼は確かに年齢の割に凛としていて、老いてなお魅力的な容姿にかの有名な写真の面影があるといえばそうかもしれない。私が知る歴史では彼は明治初期に亡くなっているはずなのだが、"亡くなったことになってますけど"なんてとても言えたものでは無いので結局聞けずじまいだった。


「百年後も私の名は残っているらしいな……最も、"新撰組副長"として残っているというのは気がかりだが」

 彼は少し考えたような顔をした。しかしすぐに、「ちなみに二番隊隊長の名は知っているか」と話を続ける。先程まで置物のようだったお爺さんが諌めるような素振りを見せたけれど、土方さんは気にしていない。

「永倉新八……さん、ですね」

「ほう。当たりだ」

「名乗りにくくなるだけでしょうが」

「ということはあなたが……」

 彼はごほんと咳払いをしたあと「如何にも」と小さく言った。もし本当にこのふたりがあの土方歳三と永倉新八だとしたら、私は今、国家レベルのとんでもないことに巻き込まれようとしているのではないのか。


「さて、そろそろ本題に入るとするか」

 土方さんは淡々と話し始めた。アイヌのいくつかの集落が軍資金として集めていた膨大な量の金塊がぶんどられた末にこの北海道のどこかに隠され、私たちの体に彫られた刺青はその在処を示した暗号になっているということ。土方さんと牛山さんも睦雄さんと同じく網走から脱獄してきた囚人であること、彼らにも刺青が掘られていること。脱獄した囚人には分け前が約束されており、これら全てはある一人の男_彼らはのっぺらぼうと呼んだ_によって行われたということ。軍も同じように金塊を追っていること、そして他にも金塊を狙う勢力があるであろうということ。

 やはり凄い規模の話だ。睦雄さんが軍人に気をつけろと言っていたのは、単に彼が脱獄囚だからではなく、”金塊関係者”だからか。牛山さんが私のことを聞きつけるのがあと少し遅ければ、私は今頃軍で事情聴取されていたかもしれない。土方さんが私を拾ったのが慈善事業でないことは明らかだけれど、私は彼の打算に救われたというわけだ。どう考えても私一人だけでこの刺青を持っていられるわけがなかった。

「つまり、今暗号解読のために地道に囚人を集めているという事ですね」

「そうだ。厳密に言えば、用があるのは刺青だけだが」

「……というと」

「まだ自分の刺青全体を見た事がないと言っていたが……刺青の線は全て正中線で途切れている。狩りを教わったと言っていたが、この意味は分かるな」

 正中線。睦雄さんに教わった動物の解体の仕方を思い出し、私は静かに息を呑んだ。剥ぐことを前提として彫られたものだというのか。そういえば旅館で、牛山さんが「皮を剥ぐ」とかなんとか言っていたっけ。静かに見つめる土方さんの瞳から目が離せない。私は鳥肌が立つのを感じた。

「わ……私の場合、睦雄さんのものを見たまま掘られているだけなので。多少その..剥がすと凹凸があって正確でなくなると思います。むしろ描きとるとか、もっと他に__」

「……そうだな。油紙を重ねて写し取ればほぼ正確に写し取れる。そんなに怯えた顔をしなくても、夢子の皮を剥ぐことは無いさ」

 私自身の皮が剥がれることはなくとも_そもそも剥ぐことを前提とした計画そのものが残酷で恐ろしい、という言葉はぐっと呑み込んだ。



 それから私は、基本的には洗濯や料理、掃除などをする女中的ポジションにおさまり生活を送った。ここに来るまでの生活でこの時代の家事は粗方叩き込まれていたのでそこそこ役に立てたと思う。宮城での二年の月日は無駄でなかった。

 基本的に自由にさせて頂いていたけれど、いくつか約束はあった。私一人で出かけないこと、私の元居た場所については土方さんたち以外に話さないことなどだ。

 土方さんはフラッと出かけることが多く、永倉さんはそれに着いていくかお茶を飲みながらじっとしている。私は家事をしている時間以外、永倉さんの近くに置いてある火鉢にへばりついているか、他のお仲間の皆さんと一緒にいることが多かった。牛山さんは近くの林でトレーニングを毎日のようにしているけれど、たまに「女ァァァ」という絶叫が聞こえて来るのが気になる。女好きだと聞いてはいたが、まさかここまでとは。牛山さんは決して私に手を出してこないけれど、実を言うとたまに熱い視線を感じる瞬間があるにはあった。


 しかし身の危険を感じるのはその瞬間くらいで、アジトに引き取られてから数日は驚くほど平和な時間を過ごしていた。だから、突然土方さんに拳銃を手渡された時、その唐突さに驚いてしまったほどだ。

「すぐに帰ってくる。留守番を頼んだぞ」

「あの、これは」

「お守り代わりだ。銃を触るのは初めてではないだろう」

「使ってたのは猟銃ですし、それに……これを使うような場面になったとして、私はとても_」

「深く考えるな、"お守り"だ。しかし拳銃を打ったことがないのなら一応撃ち方を教えよう。これはのモーゼルC96という。弾は10発、ここを押し上げれば安全装置は外れる___」

 こんなやりとりがあったから、きっと何かが起こると予感はしていた。しかしまさか銀行強盗をしてくるとは思っていなかったので、帰ってきた面々から話を聞いた時には肝が冷えた。軍資金と愛刀を持ち帰った土方さんはかなりご機嫌な様子でいつもの椅子に腰掛けていた。

「お茶が入りました」

「うむ、ありがとう」

「あと、銃です。お返しします、ありがとうございました」

 私が丁寧に机の上に銃を置くと、土方さんはちらりと横目でそれを見て、また窓の外に視線を戻した。

「持っておけ。匕首しか持っていないというのは心もとない」

「……持て余します」

「そんなことを言ってもいられなくなる」

 立ち上がって畳の上に腰を下ろした彼は、一口だけお茶を啜った。そして部屋の隅で動けないでいる私にもう一度、「持っておきなさい」と一言。私は素直に頷いて銃をもう一度手に取るしか無かった。


 そして少ししてから。物騒な話が入ってきた。

「辺見和雄か……日本各地を放浪しながら百人以上も殺してきた殺人鬼だ。捕まえるのはちょっと面倒だぜ」

 ニシン漁の出稼ぎ労働者が残酷な殺され方をしたという話。聞くだけでゾッとするような話だが、彼らは..いや、私たちは、これから様々な罪状を持った人々を追い、場合によっては戦うことになっていくのだ。土方さんは囚人たちや囚人を狙う人々が本格的に動き出す頃だと分かって私に銃を渡してきたのだろう。

「金塊が目的じゃなく脱獄した奴らはすぐに殺すべきだった」

 牛山さんのその言葉で、睦雄さんのことを久々に思い出した私ははっとした。北海道から離れていた時点で彼も金塊に興味のない囚人のひとりだったのだろうが、そういえば彼の罪状はなんだったのだろう。土方さんも、牛山さんも。想像もできない話だ、そもそも何も言われなければ彼らが脱獄囚だなんて気づくはずもなかったのだろう。土方さんは政治的な関係の罪だと予想が着くが、紳士的な牛山さんだって何かしらの罪を犯して網走に収監されていたわけで___


 そんな風にぐるぐると考えていたときだった。硝子が大破する音で私は我に返った。さっきまで落ち着いた様子で話していた牛山さんが唐突に窓をぶち破って外へ飛び出したのだ。

「下がっていなさい」

 永倉さんに言われた通り、私はそそくさと部屋の隅へ下がった。少ししてから家の中にボロボロになった坊主頭の男性が牛山さんに引きずられて入ってくるのを見て、邪魔になってはいけないと思い裏に引っ込んでしまったのでその後のことは分からない。けれど今回のことから、また事態が動き出したのだろうと私にもわかった。少ししてから土方さんと永倉さんはまたしばらく家を空けていたし、私も何となく胸騒ぎがしたから。



 しかし私の身に直接何が起こるという訳でもない中、どうも実感がわかない。夕飯の準備をしながらまた私は考えていた。なんだか彼らはただ単にお金が欲しいから動いているという訳では無さそうだが、土方さんは何をしようとしているのだろう。そもそも莫大な量の金塊をめぐる戦いが起きたとして、新選組の生き残りがなにか大きなことを明治に入ってから起こしたとして、後世に全くそんな話が伝わっていないことなどあるのだろうか。

 ここが本当に私のいた世界の過去なのか確かめるために、政府の要人の名前を聞いたりもした。しかし伊藤博文(まだ暗殺前かと口走りそうになった)や大隈重信などの聞いたことのある人間が生きて政治を行っているようで、私のたてた異世界転生説は証明されることはなかった。


 ある日の夕食時。「そういや、札幌には行ったことがあるか?」と思い出したように牛山さんは私に話しかけた。

「ないですね。そもそも北海道に来たことがなかったので」

「そうだったのか。なら、行く先も考えないといけないな」

 行く先?まるで私と行くような言い草じゃないか。私が引っかかってちょっと考えている間にも、「観光に行くんじゃないんだぞ?」「分かってるさ」なんて話が進む。

「どうした?変な顔して」

「いや、私が同行するみたいな言い方だなと思って」

「あれ、爺さん達まだ言ってなかったのか?明日から夢子は俺と一緒に札幌に行くんだぞ」

「この後言おうと思っていた。この前の坊主頭を覚えているか?あいつから刺青の写しを受け取りに行ってもらう」

 土方さんはけろっとしているが、網走囚人との接触である。気が気ではない。

「あの人やっぱりお客様だったんですか?すみません、お茶もお出しせず……」

「いや、いい。あいつにそんな気を使う必要は無い」


 白石由竹は脱獄を繰り返すうちに罪が重くなった囚人で、今は"不死身の杉元"と呼ばれる男と共に刺青人皮を集めているという。彼らが集めた刺青の横流し取引に私と牛山さんが向かうということだ。しかし白石さん自体の戦闘能力は低く、取引の間も牛山さんといればまず私の身に危険が及ぶことは無いだろうと永倉さんは話した。

「しかしまあ、旅で何が起こるかは保証ができん。牛山のそばを離れるなよ」


ぬるま湯