「_しかし、俺は胸をつぶすなんてのは反対だがな」
「もう、いつまで言うんですか。この格好のほうが動きやすいんですし許してくださいよ、悪目立ちもしないし……それに"僕"としてもなかなか気に入っています」
「その"僕"ってのもなあ」
私は久々にパンツスーツを身にまとい、牛山さんの横を歩いた。旅に同行するにあたりこの格好をするのはどうかと提案したのは私だった。小樽までの長旅で実感していたが、軍に目を付けられる以前にそもそも私は目立ちすぎるし、着物では万が一の時動きづらい。
男装をするところまではみな了承してくれたが(牛山さんは渋々という感じだったが)、髪を短くすると言うと一斉に止められた。短い方がそれらしいし洗うのも楽だと主張をしたのだけれど、それだけは認めてくれない。髪は女の命……そういう考え方が特に強いのは、明治の価値観ならではだろうか。しょうがないのでこちらに来て整えることもなくかなり伸びてしまった髪を頭の高いところで結うことにしている。胸をつぶすだけで男に見えるというのも悲しいものだが、この身長があればこの時代ではそれらしく見えてしまうのだ。
「ホテルで別室を取れるだけの金はもらっているから安心してくれ」
「それはありがたいですけど、大丈夫なんですか?そもそも札幌までの路銀だって……」
「俺たち二人分くらい、全く問題ないさ。潤沢な資金があるからな」
銀行強盗をして得たお金だと思うと気が引けるけれど、全て面倒を見てもらっている無一文の身なので私に口出しはできなかった。
札幌には鉄道で向かい、その日のうちに到着してしまった。近くで博覧会があったらしく、人通りが多く活気がある。時間があるとのことだったので、お願いしていくつかの場所を見て回ることにした。がっかり名所との呼び声高い時計台も、この時代に生で見るとやはりテンションが上がるものだ。
その後私たちは札幌を散歩しながら良さげな宿を探し、途中でふらっと入った甘味屋の主人に教わった『札幌世界ホテル』へ向かうことになった。色っぽい未亡人の経営するホテルだと聞いた瞬間牛山さんの目の色が変わったので、私の方から気を利かせて「洋風のホテルがあるならそこに泊まってみたいです」と言ったのだ。私としても久々にベッドで眠りたかった。
女将の家永さんは、街で噂になるのも頷ける美女だった。口元のほくろが妖艶で、それでもって鈴の音のような声には可愛らしさがある。黒いバッスルスタイルのドレスがとてもよく似合っていた。
牛山さんもさっそく口説き始めているが、家永さんはうまくかわしている。きっと普段から口説かれ慣れているのだろう。
女将の話す「同物同治」は興味深いけれど、可愛らしい女性が話すには少々おどろおどろしい内容だ。牛山さんは私の存在を忘れたかのように口説き続け、最後には壁ドンで女将に言い寄った。気まずい!と思った瞬間、下の階でまた新しいお客さんの声が聞こえてきて私は胸をなでおろす。女将に一言言って別々の部屋を案内してもらい、私は久々のベッドに嬉しくなってダイブした。
その後ゆっくり休んでいたところ、私の部屋へ牛山さんが迎えに来てご飯を食べに行くことになった。
「シンナキサラ」
外へ行こうと二人で玄関ホールに降りると、不思議な服装の人達に声をかけられた。私も詳しい訳では無いが、この紋様はアイヌのものだろうか。背負った弓と青い目が特徴的な可愛らしい女の子と、私より頭一つ分ほどの背の高さがあるこの時代では超高身長の男前だ。
「その旦那のは柔道耳ってやつだ」
さらに後ろから現れた軍帽のイケメンが牛山さんに話しかけた。髪の長さからして、現役の兵隊さんではなさそうだ。顔に大きな傷があるけれど、そんなもの気にならないくらい整った顔立ち。それに、私と同じくらいの背丈があるということはこの時代では長身の部類。きっとモテるんだろうなと予想がついた。
私がぼんやりそんなことを思っている間に、突然ふたりががしりと組み合った。焦ってちらりとアイヌの男性を見ると、彼も煙管片手に微妙な顔をしている。しかし我々の心配をよそに、パッと手を離した牛山さんは「このままでは殺し合いになる。こんなに強い奴は初めてだぜ、気に入った」と明るく言った。実力者同士のやりとりはさっぱり分からないが、いざこざが起きないのならばそれが一番だ。
上機嫌な牛山さんが「おごってやる!」というので、急遽彼らと夕食を食べに行くことになったのだった。
「エゾシカ肉のライスカレーだ」
「カレー……!いただきます!」
鼻から抜けるスパイスの香りが愛おしい。ああ、懐かしい味だ。明治時代に既にカレーはあったのか…これなら、どうにかしてカレー粉を手に入れれば自分でもカレーを作って食べることができるだろうか。初めて見る食べ物に最初は抵抗感を見せていたアイヌの女の子も、一口食べれば美味しさのあまり机に突っ伏していた。
さらに牛山さんは札幌ビールを頼み、男性たちと共にぐびぐびと勢いよく流し込んでいく。とてもこれにはついていけないと思い「付き人として来ていますので」とそれらしいことを言って断った。
「付き人…この人の弟子かなにかかい」
「まあ、そんなところです」
「へえ。ならあんたも柔道を?」
「えーっと、僕は___」
なんと答えようか迷っていたところに、牛山さんがどかんと瓶を机に置いて視線を集める。上機嫌に札幌ビールについての豆知識を披露し話をそらしてくれたのはいいものの、「土方の野郎…戦争に負けたのは悔しいが奴の作ったビールは美味いってよ」なんて口走ってしまったため私はひやりとした。土方さんの話なんかしてよかったのか?と話の流れを伺っているとそれとなく牛山さんが訂正したので、(やっぱり言っちゃだめだよな)と再認識しつつこの人に外で酒を与えすぎてはいけないと心に刻んだ。
酒気にあてられたのか間違って飲んでしまったのか、酔ったように顔を赤くした女の子が牛山さんの額のコブを引っ張ってとろうとしている。
「お嬢ちゃん、いい女になりな……男を選ぶときはチンポだ」
「ちょっ……!?」
小さい女の子になんて話をしてるんだ!と厳しい視線を牛山さんにむけるがご機嫌で気づいていない。当の女の子は「チンポは海で見たけどぉ…なんか…フフ…」となぜか上機嫌だし、付き添っている男性も「寒いと縮むんだよ?」などとなんのフォローにもならないことを口走るだけ。
「大きさの話じゃないぜ〜〜?その男のチンポが『紳士』かどうか……抱かせて見極めろって話よ」
エスカレートしていく男女関係談義に、アイヌの男前も「そのとーり!!」と大きく頷いている。この場で冷静なのは私だけだ。
「お前もそう思うだろう?」
「え!?ここで話を降らないでくださいよ……」
「もしかして兄ちゃん、童貞か〜?」
「もう、帰りますよ!騒ぎすぎです!」
これ以上騒ぎ立てると店も面倒だろうと、私は絶対に持ち上げられるはずも無い牛山さんの背広を掴んだ。牛山さんはそこでやっと「チンポ講座終わり!!」と言って立ち上がる。女将がどうのこうのと言っているが、まあそこは好きにしてくれればいい。外の冷たい空気に晒されてやっと、私も酒気にあてられていたことに気づいた。頬が熱い。
その夜、メキッと壁の軋むような音がした気がして、うつらうつらしていた私は目を覚ました。地震かなにかだろうかと体を起こした所で、第二インパクトが訪れる。
猪のような何かが部屋を突進していった。私は驚いてひっくり返る。壁の一部を破壊しながらなにかが突進していったらしい。勢いあまって床に落ちた私は、服についた砂をはらいながらぶち破られた壁をもう一度見た。
部屋に空いた穴の大きさからして、さっきの”何か”は牛山さんに違いない。なにか抱えていたように見えたが、私の目が正しければあれは軍帽のお兄さんだ。このホテルで、何かが起こっている。もう一度どこからかバーサーカー状態の牛山さんが突進してこないという保証はない。私は鞄を引っ掴んで部屋の外へ出た。
入り組んだホテルの壁にはいくつもの穴が空いていて、たまに床にも穴が空いている。とにかくあの牛山さんと正面衝突することにならないよう祈るだけだ。
ホテルの外には既に避難してきていた客がわらわらと集まっていて、それを見てなにごとかと話を聞きに来た人もいて少し騒ぎになっていた。
なんとか外に出ることができた私も野次馬に話しかけられそうになったが、その瞬間、ホテルの中で何かが炸裂した。あたりが昼間みたいに照らされたと思ったら、次の瞬間にはホテルが崩れていく。私は高い声で叫びそうになって咄嗟に口を抑えた。牛山さんはまだ中にいるに違いないのだ。
入口からボロボロになった夕食の時の三人組に加えて、アジトで見かけた坊主頭の男性が出てくるのが見えた。白石由竹だ。三人組に中の様子を聞きに行きたい気持ちはあったが、彼と一緒にいるということは彼らは例の金塊関係者なのだ。牛山さんと軍帽のお兄さんが交戦していたこともあり、接触は控えた方がいいだろうと私は野次馬の中に身を隠した。
夜も更け、野次馬もぞろぞろと帰って行った頃。私は牛山さんを探そうと思い立ってホテルだったものに近づいた。朝になれば警察だか軍だかががれきを片づけに来るに違いない。ここから探し出すのは気が遠くなりそうな作業だが、万が一のことがあった場合、他の人に刺青が回収されないように私が彼の皮を剝いでしまう必要があると思ったのだ。鞄に入れておいた匕首を確認して唾を呑む。私に、できるだろうか。
しかしその必要はすぐに無くなった。ガラガラと音がしたと思ったら、女将を抱えた牛山さんががれきの中から登場したのだ。私は信じられない光景に思わず「えッ」と高い声を出した。
「ご無事だったんですね……!よかった……」
「ホテルごと崩れるとは……夢子がちゃんと逃げていてよかった。姿が見えないからヒヤッとしたぞ」
とにかくここから離れようという彼と少し歩いて近くの小さな病院に入った。交渉して病室を一部屋借りることにしたらしい。気のよさそうな男性がすぐに中に招き入れてくれた。私はご主人からお湯とタオル、そして包帯を借りたあとに先に部屋へ行った二人を追った。
「腕を傷めてる。包帯は俺が巻くから、拭いてやってくれ。煤だらけだ」
脱がすわけにもいかないので、見えている部分だけ恐る恐る拭いていく。腕に触れると、女将は顔をゆがめた。
「こいつは刺青の囚人だ」
「網走に女性が?」
「いや、これは女装だ。同物同治……あの時点で気づくべきだった」
「まさか、この人の罪状って」
牛山さんは頷いた。こんな細腕で人を襲って、あまつさえ食べて……そもそも男だということすら信じられていない私は混乱した。
「とにかく、まあ……こいつを拾えたのは運がよかった。先のことは朝考えよう。横になれる場所はないが、少し休め」
ご主人から布団代わりにシーツをお借りしてくるまり、床の上で壁にもたれながら仮眠をとっていた私は「目が覚めたか」という牛山さんの声で目覚めた。どうやら家永さんが意識を取り戻したらしい。
ぼんやりと二人のやりとりを眺める。家永さんにここは病院で、場所を借りているだけだという説明をした。家永さんはふと、「ひと月前にホテルに客が来た……」という話をはじめ、そして唐突にやめたかと思うとこちらをちらりと見た。
「こいつは俺に同行してる夢山で、金塊について知ってる。もちろん刺青についてもだ。気にせず続けろ」
家永さんはそれを確認すると、話を再開した。彼女によれば、刺青の男がホテルに来たあと日高にむかったというのだ。静かに聞いていた牛山さんはこの話に興味をひかれたのか、ある提案をした。
「俺は今土方と手を組んでる。刺青さえ写させればお前も殺されることは無いだろう」
彼女は土方さんのもとにつくことを決めたようだった。そもそも、彼女も金塊には興味がないタイプの囚人のようだ。殺されるくらいなら、土方さんに協力して生き延びる方を選ぶだろう。
親切な主人から昨日の残り物だという煮物を朝ごはんに分けてもらい、家永さんに食べさせたあと自分でも頂いた。牛山さんは白石由竹との取引の時間だといって出て行ったので、今は病室に二人だ。まだ傷が痛むようで、彼女は口数が少ない。私は私で疲れていたので、さっきまでと同じようにシーツに丸まって少し休んでいた。
「え!?家永!?」
大きな声で叫ばれて、私は再び目を覚ました。目の前には薄汚れた坊主頭、一目で白石由竹だと分かる。彼は家永さんがまだ生きていることに驚いているようだったが、牛山さんに促された彼女が囚人の話をし始めると静かになった。
「……で、気になってたんだが…そこのお嬢さんは?大丈夫ですか?」
話が落ち着いたあと、「白石由竹です、独身で彼女はいません。付き合ったら一途で情熱的です。」そう言って彼は手を差し出しながらじりじりと近寄ってきた。
「なあ牛山、ここにいるってことは関係者ってことだろ?紹介してくれよ」
「ああ、いいぜ……夢山、ちょっと立ってみろ」
どうしたものかと困っているところに牛山さんが声をかけてきた。私は肩までひっぱってかけていたシーツをばさりとどけて立ち上がる。見下ろすかたちになった白石さんの顔からはみるみるうちに生気が消え、「男かよお……」と膝から崩れ落ちていた。
「牛山って男も抱けたのか?いやあ..可愛い顔してるけどさあ?惜しいぜ……」
「こいつはただの付き人だ。ふざけたこと言ってると剥いじまうぞ」
「くぅん……」