6. 癪


 例のホテルでの騒動が落ち着いたころ。私たちは小樽へと戻ったが、土方さんたちが帰るまでのしばらくの間は家永さん、牛山さんと三人で過ごすことになった。

 札幌での出来事で変わったことといえば、私の男装に最も否定的だった牛山さんが肯定的になったことだろうか。札幌での白石さんとのやり取りを見て「これからああいう人間も俺たちの仲間になっていく可能性がある。普段からこの格好をして男だと思われていた方が都合がいいかもしれん」とむしろ推奨派になったのだ。

 他に驚いたことと言えば、小樽に戻ってしばらくしたころ、二人の頃合を狙って家永さんが私に「どうして男装を?」と質問してきたことだ。医者の目は誤魔化せなかったらしい。

 牛山さんから私の体に刺青が入っていることを聞かされた家永さんはこれでもかと言うほど大きくため息をついて、「こんなに滑らかな若い肌に……大変でしたね……」と私の手の甲を撫でた。私は全身に鳥肌が立った。


 そんな三人の時間も比較的平和でよかったが、やはり土方さんや永倉さんとお茶を飲む時間も恋しい。だから、「帰った」という土方さんの声を聞いて玄関まですっ飛んでいったのだが。見慣れない男性がいて、「おかえりな..さ..い」とつい挨拶が尻すぼみになってしまった。

 軍服を纏い、小銃を背負っている彼の顔には不思議な縫合跡がある。軍服なのが気になるが、土方さんが引き連れているということはなにか事情があるに違いない。それよりも、どこまでも黒いその瞳が印象的だ。ばちりと視線が合うとなぜか心がざわついた。

「ただいま。…ああ、これは尾形だ。茨戸で拾った」

 土方さんと永倉さんに続いて、尾形さんも中へと入っていく。彼は私を横目でちらりと見るだけだ。

 背負っている銃は私が山で撃っていたものとは違ったが、小銃を背負う男性の背中はなんだか懐かしくて目で追ってしまう。尾形さんの方がよっぽど逞しいが、それでも世話になっていた人を連想せずにはいられなかった。


 全員揃った部屋ではさっそく金塊に関する話し合いが始まった。我々が持っている刺青は牛山さん、家永さん、土方さん、白石さんから受け取った写しが二枚、茨戸で手に入れた一枚、そして_

「_夢山のもの、合計七枚だ」

「おい、待て。そいつも網走の囚人だったのか?」

 お茶を運んできた私を一瞥して、尾形さんは言った。そして「その女みたいなガキがなにをしでかして網走監獄に?」と薄ら笑いを浮かべたのだった。

 たしかに髭も何も無い私は子供に見えるかもしれないし、女っぽいのはそもそも女だから仕方がないのだが、初対面の人間にこんなことを言うとは。言われたことはもっともなのだが、面白がっているような彼の顔は少し癪に障った。私は顔に出さないよう努めたけれど、できているかは分からない。

「夢山は囚人ではないが、刺青囚人である津山睦雄の刺青を掘られている」

「どういうことだ?」

「……それはまた、そのうち話すと約束しよう」

 これ以上追及しても情報が得られないと分かったらしい尾形さんは髪を撫でつけ、息を吐いた。そして、「蝦夷共和国の夢をもう一度、か?」とまた同じ薄ら笑いを浮かべて話し出した。

 蝦夷共和国。この北海道の地に国を作る…土方さんは北海道を独立させようとしていたのか。
 しかし、この世界が本当に私のいた場所とつながった過去であったとしたら…それが叶うことはないことを私は知っている。このアジトに来た最初の日、土方さんは自身が"新撰組副長"として名前が残っていることに一瞬言及していた。彼はそれをなんとなくわかっていたのではないだろうか?それでも私に何も聞かずに保護してくれる理由がわからないが…私は再度話に耳を傾けた。

 話は網走監獄に居る全ての始まりの男・のっぺらぼうについてのことに移り、アイヌ、そしてロシアのパルチザンにまで話は膨らんだ。難しい話は分からないが、とにかく様々な思惑が金塊をめぐって絡み合ってとんでもないことになっているらしい。私は誰にも気づかれないように、ゆっくりと細くため息をついた。


 家永さんが回復してからは、家事を分担することになりかなり自由にできる時間が増えた。と言っても特に娯楽があるわけでもなく、誰もいない部屋を探して畳にごろんと寝転がることくらいしかやることがないのだが。

 お茶タイムの永倉さんの近くには最近尾形さんがいて、ちょっと近寄りづらい。だから最近は、茨戸から土方さんに着いてきているという夏太郎、亀蔵と話したりしながら縁側でぼうっとして時間を潰している。

 ある日、部屋で昼寝をしていた私はぼすっという軽い衝撃を腰に感じて目が覚めた。見上げれば、襖の前で驚いた顔で固まっている尾形さん。しまった、部屋の隅で眠っていたはずが扉のある場所まで動いていたらしい。私は焦って体を起こし、まだぼんやりとしている目をこすった。

「すみません、この部屋使いますか」

「……それ、」

 尾形さんの目線の先には、私が手元に置いておいたモーゼル銃があった。いつもは土方さんに買ってもらったサイホルスターを使っているのだが、横になると邪魔なので外していたのだ。聞かれたことに返事くらいしてくれ、と思いつつ彼の意図を汲んで話をすることにした。

「ああ、自分のです。土方さんに渡されまして」

「ふん……撃ったことあんのか?」

「これはないです」

「これ" は "?」

 彼は出ていく気も中に入ってくる気もないらしい。私を見下ろしながら質問を続けた。私よりずっと低いその声は、なんだかいつ聞いても不機嫌に聞こえる。

「猟につかう銃なら撃ってました」

「村田銃か?」

「あ〜……名前は分からないですけど、なんか指に予備の弾挟んで撃つやつです」

 特に返答はないまま彼がふっと外を見たので、どこかへ行くだろうと襖に手をかけようとしたが、なんと彼は部屋の中に入ってきた。今のは会話終了、解散の流れだったじゃないか。私はずるずると部屋の奥に逃げた。後ろ手で襖を閉めたあと、彼は私が元いたあたりに腰を下ろす。

「お前がここに来るまでの話を聞かせろ」

 家のがらんとした雰囲気からして、どうやら今土方さん達は出かけているらしい。その間に私が何者なのか見極めてやろうという魂胆なのだろう。どうしたものか。しかし未来に関して伏せてしまえば、仲間になった彼には簡単な経緯くらい話してしまってもいいだろう。 


「……身寄りがなくて行き場のなかった自分を拾った男が実は網走囚人で、数年かけて信用させられたあと刺青掘られて身代わりにされたんですよ」

「ははあ、散々だな」

「笑い事じゃないですよ」

 少し苛立ってしまったのが表情に出ていたかもしれない。しかし彼は薄ら笑いをうかべるだけで何も言わなかった。沈黙に耐え切れず、私は苦し紛れに彼の軍服について聞くことにした。永倉さんと過ごす静かな時間はこんな風に感じないのに、今は妙に気まずい。

「尾形さんは退役軍人さんってことですかね?」

「いや。扱いとしては脱走兵だ」

「脱走って……大丈夫なんですか?」

「……大丈夫だと思うのか?」

 駄目だ、この人とこれ以上会話を続けられる気がしない。そう思ったとたん、タイミングよく帰ってきた土方さん達の声が聞こえて来た。しめた、と思った私は「おかえりなさい!」と声を上げてここぞとばかりに部屋を飛び出した。


 それ以降用心棒としてアジトで暮らすことになった彼とできるだけ接触しないように試みるようになったものの、努力虚しく彼は行く先々に現れた。酒盛りが始まって逃げてきたときの縁側、朝早く目が覚めたので温まろうと探した火鉢の傍、お茶をする永倉さんの近く。そして私を見る度にちょっとだけ小言を言うのだ。これでは避けたくなるのも無理はない、と思う。

 それに、銃ばかり触っている雰囲気が睦雄さんに似ている。ただでさえ自由時間が増えて、睦雄さんになんとなく思いをはせてしまう時間が増えたものだから、尾形さんの姿を見るのはなんとなくつらかった。


「永倉さん、お茶どうぞ」

「おお、ありがとう。そうだ、大福が好きだと言っていたろう?夏太郎たちが買ってきたものがある、久々に一緒にどうだ」

「ありがとうございます。自分の分も淹れてきますね」

 尾形さんと話すのが気まずいからと永倉さんとのお茶タイムも敬遠してばかりだったので、久々に受けたお誘いに乗らない手はない。部屋には尾形さんが居たけれど、もしかしたら気を利かせて席を外すかもしれない。彼はいつもお茶を飲むために永倉さんの近くにいるわけではないので、私が来て居心地が悪くなればどこかへ行くだろう。しかし、自分の分のお茶をいれて戻ると、なんと大福を口にした尾形さんが「なんだ?俺の分は淹れてくれんのか」とちらりとこちらを見るのだ。

 いつも断るくせに、こんな時に限って何のつもりだ。そもそもさっき私が部屋を出た時言えばいいじゃないか、とうだうだ思いつつ「でしたらこれを」と今しがた入れたお茶を机に置き、私は部屋を出た。気が立った状態ではあの人の近くによってもまた何かからかわれるだけだ。誘ってくれた永倉さんには悪いが部屋には戻らず夏太郎たちを探すことにした。

------------------------------

 夢子が出て行ったのを確認した後、永倉新八はため息をついた。あの様子では、この部屋に戻ってくる気がないのは明らかだ。

「……尾形、あまりいびるんじゃない」

「あいつが勝手にキレてるだけだ」

「歳もそう遠くないんだから、もっとまともに接してやれ」

 ちっと舌打ちして、尾形はお茶の温度を確かめるように口をつける。

「……俺はそんなにガキじゃないが」

「お前もまだ20代だろう。我々からしてみればどちらも子供だ」

「"も"だと?あいつ成人してたのか?とてもそうは見えんが」

 尾形はなんとなく夢山のことを思い返していた。なんの真似かは知らないが長く伸ばした髪を高いところで一つに結い、一丁前に紺の背広を着ている。頼りない太ももにはサイホルスターにお飾りと化したモーゼル銃。髭も生えていないような女々しい顔_思い出せるのはもっぱら眉をひそめている顔だが_のわりに自分より高い目線。総合的な感想としては"何かと癪に障る"である。

 体格や、基本的に家事を任されているところを見るに、戦闘要員でないのは明らかだ。女みたいな見た目もあって牛山の"処理係"かとも一瞬思ったが、牛山が外に女を抱きに行っているのを見るにそういうわけでもないらしい。

 刺青を入れられてしまっただけの哀れな人間とはいえ、土方達なら刺青だけを剥いで消してしまうという決断もできたはずだ。生かしておくから写しを他の人間に易々と取られてしまう可能性が生じるのではないのか。なぜこの集団に受け入れられ、庇護されているのか理解に苦しむ。

「土方さんも気にかけていたぞ。まあ仲良くとまではいかんが、面倒事は起こすなよ」

 尾形はちらりと永倉を見やる。何も言わないまま、ぬるくなりはじめたお茶をくいと一口だけ流し込んだ。

 

ぬるま湯