躊躇うセンシービレ


「お邪魔しまーす…」
「ふふ、いらっしゃい」

玄関のドアを開けてもらい緊張しながら足を進める。今日は付き合っている恋人の部屋に初めて招かれた次第だ。小さい頃から周りに異性が少なかった私は、異性の家に上がるという事すら初めての経験だ。失礼が無いように色々とネットで調べてきたから大丈夫、の筈だ。

リビングに通されソファに座る。さっき一緒に買って来たケーキとティーを用意してくれるとの事で有難くお願いする。ソファに座ったまま失礼の無い程度に部屋を見回す。
流石ガラルの頂点に立つ人物なだけあって広い部屋に住んでいる。このリビングだけで私の家に相当しそうだなんて馬鹿な事考えていると、珍しいものが置いてあるのに気付く。
布が被せられてるけど多分あれは形的にピアノだろう。今まで知り合って二年、付き合い始めて三ヶ月になるが彼がピアノを弾くなんて聞いたことがない。もしかして、元カノの…?
事前に調べたネット記事の中には元カノの物を大事に取っておく、または捨てられない男が多いと書かれている物もあった。彼の今までの女性遍歴については詳しくは無いが、全ての女性の理想の、言ってしまえば金・知恵・顔、おまけに地位までもが全て揃っている彼のことだ。私以前にもお付き合いしていた人は居るだろう。
来て早々、思わぬジャブを食らってしまったが仕方がない。コレくらいどうって事ないという顔をしていないとチャンピオンの彼女なんて務まらないぞと自分を励ます。うぅ、でもやっぱ女性遍歴は気になってしまう…。

「お待たせ」
「ヒ、あ、ありがとう」
「ヒ?…ダージリンにしたが良かったか?」
「うん!私もダージリンの気分」

それはよかったと言いながら彼がピッタリと隣に座って来る。恋人になってから途端に距離感が縮まったのだが未だに私は慣れることができない。今も少しだけビックリして距離を空けてしまった。

「……。どうだろうか、ティーを淹れるのは久々だったんだが」
「ん。とっても美味しい!ケーキのクリームと合いそうだよ」

ティータイムをしながら目の前にあるこれまた大きなテレビで先程レンタルした映画を流す。彼は何でもいいとの事だったので私の独断で時間が合わず映画館に観に行けなかったタイトルを選ばせてもらった。アクションが多いファンタジー映画なので気不味くなるようなラブシーンは無いだろう。…と思っていたのだが。

予想とは裏腹に画面には濃厚なキスシーンが映し出され、激しいリップ音が部屋に響き渡っている。ど、どうしよう。変に緊張してしまって画面を見ることができない。もちろん彼の方も。目を逸らそうとして今度はピアノを視界に入れてしまう。…ダンデくんも、元カノとあんなキスしたのかな。
やだなぁと抱えていたクッションに顔を埋めていると不意に肩を抱かれ、驚き思わず相手の顔を見つめてしまう。

「え、ど、どうしたの…?」
「いや、何だかキミが映画で照れているんじゃなくてよく無いことを考えてそうな気がして」

なあ、何考えてたんだ?と、優しい声で耳に囁かれる。背筋がゾワっとし、思わずまたヒッと声をあげてしまう。

「さっきから何に怯えてるんだ?」
「い、今のは怯えたんじゃなくて…」
「っふふ、なんだ?」

クスクス笑いながら耳に吹き込まれる。…絶対わざとだ。怒って再びクッションに顔を埋めると謝るから顔を上げてくれと頭を撫でられる。うぅ、嬉しくなんか無いんだから。
チラリと顔を上げると頭にあった手が腰に周りグイッと引き寄せられる。

「で、何を考えてたんだ?」
「……え、と」
「見ていたのは…ピアノか?」

う、よくご覧になっておいでで…。ピアノを見ていたとバレているしと心を決め、俯いて目を瞑ったまま聞くことにする。

「あの、…あのピアノって」
「ああ」
「元カノ、とかの、です、か」
「は?」

心底驚いたという感じの声を上げたかと思うと腰に回っているものとは反対の手が私の顎を捉えグイと彼の顔を向かせられる。これで迷惑そうな顔をしていたら私はもう死ぬしか無いと思いながら恐る恐る目を開くとそこには予想外の顔をした彼が居て。

「まさかキミは、嫉妬、していたのか?」
「うぅ……」

何故か真っ赤な顔をして問いただされるが、こちらはあっさり言い当てられてしまって今にも羞恥やアレやソレで涙が出そうだ。は、離してくれ…。
離してもらおうとモゾモゾと彼の腕を外そうと試みるも逆にギュウっと、それはもう今までに無いくらい力強く抱きしめられてしまって。

「ふふ、バカだなあキミは。アレは正真正銘実家から持ってきたオレのだぜ。心を落ち着けたい時に弾くんだ。…まさかキミが嫉妬してくれるとはな」
「…でも、ダンデくんがピアノ弾くなんて聞いたことなかったもん」
「そりゃああんまり大っぴらには言わない様にしてるからな。万が一、オリーブさんの耳にでも入ったらそっち方面でも売り出そうとされるに決まってるさ」

わざと茶化した雰囲気を出してくれる彼に思わず笑ってしまう。良かった、元カノのじゃ無いんだ。ダンデくんがピアノ弾いてる姿見てみたいな、言ったら弾いてくれるかなと考えていると肩を押され離される。と額同士をくっ付けられた。

「他に何か聞きたい事はあるか?」
「え、えと。…じゃあ、元カノの物ってあったりするの?」

思っていた質問と違ったのか、またパチクリと目を瞬かせクスクス笑い出す。距離が近くて、羨ましいくらい長い彼のまつ毛が当たりそうだ。

「何にも無いぜ。そもそもそんな物存在しないんだ」
「?どういうこと?」

ハー、と呆れた様にため息をつかれ両頬に手を添えられたかと思うとあと数ミリという近さまで近付かれる。

「まだ分からないのか?…キミが初めての恋人だよ」
「え、…っんぅ」

言われた事にビックリしていると気付いた時には彼との距離がゼロになっていて。

「っ、…!?」
「ははっ、真っ赤だぜ」

そう言いながらまた一瞬だけ触れ合うキスをされるけど、そういうダンデくんだって顔はもちろん耳まで真っ赤だ。そう伝えるとお揃いだなとまた抱きしめられたので今度は私も背に手を回す。

二人で笑い合っている側では、テレビがエンドロールを流していた。


その後、お願いしてピアノを弾いてもらいカッコよさのあまり私からキスをしてしまったのはココだけのお話。




Sensibille : センシービレ ─ 敏感に。


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