12
「ほらヤバチャ。ちゃんと飲むんだ」
「ヤバ〜〜!!」
私を捕まえようとするダンデの手をするりとかわし部屋中を飛び回る。ジョーイさんが毎食飲む様にと出した栄養剤はとても苦く飲めたものじゃない。もう私は元気だから飲まなくても良い!
ダンデでも届かない食器棚の上に乗ろうとすると、目の前に大きなオレンジが現れる。あれ、先輩?
『先輩どうしたの?』
『ダンデ』
「サンキュー、リザードン」
『あっ』
は、嵌められた……!先輩の事信じてたのに……!!
先輩に向かって喚いてもフンと息をかけられるだけで、私はダンデの両手に囚われてしまった。く、くそぅ!
「我儘はダメだぜ。キミのためなんだ」
「ばぎゃ」
「ヤバ…………」
仕方ない、今回だけだからなと薬を準備するダンデの手を見つめる。ポケモンにだって味覚はあるんだからそこの所人間にはよく分かってほしい。かなり重要な問題だぞ。
飲みやすい様に液体状になったものを口元まで持ってこられる。最後の抵抗で顔の位置を動かしてもダンデの機敏な反応速度には敵わなかった。
「ャ、ヤバ……」
「よし!偉いぜ、ヤバチャ」
「バ〜〜〜……」
おえっ!にがっっっっ!あり得んくらい苦い。これがあと四日も続くなんて無理だ、私には耐えられない。人間だったら味もしない錠剤飲むだけで終わるのに。
ん?待てよ。もしかして。
「なあヤバチャ、話しておきたい事が、え……?」
「ダンデ!お願いだからもうあの薬は飲ませないで!」
「は?え?」
人間の姿になってダンデの足元に泣きつく。頼む、お願いだ!このままじゃ私の味覚が死んでしまう……!
おいおいと懇願していると上から布が落ちてきた。ダンデのTシャツ?あっっっ。
「……大変失礼致しました〜アハ」
「早く着てくれ、ヤバチャ」
そうだった、裸なんだった。珍しく顔を赤くしたダンデが私から顔を逸らす。ダンデも人の子だったんだな〜ウフフ。
お見苦しいものをといそいそとシャツを着て改めてダンデにお願いする。
「ダンデ!あの薬、私には苦すぎてもう飲みたくないの!人間になって人間用の薬飲むから!アレだけは勘弁してください!!」
「わ、分かったから!落ち着いてくれ!」
「本当!?言質取ったよ!ね、先輩!」
勢いよく振り返り私たちのやり取りをポカンと眺めていた先輩に確認を取る。戸惑いながらも頷いてくれた。ヨシ!
「じゃ、そういう事なんで!明日からよろしく!」
「待て!」
ヤバチャの姿に戻ろうとすると待ったをかけられる。私のトレーナーだからなのか、指示をされるという事を聞くしかない。……人間の姿でそれはちょっと嫌だな。
「キミに話があるんだ。どうせなら意思疎通が出来るその姿のままで」
「わ、分かった」
怖い顔で凄まれてしまい頷くしかない。話ってなんだろう。やっぱり逃がす気になっちゃったとか?死ぬ。
とりあえず座ってくれと丁寧にソファに促される。前の時とは扱いが随分違う。これもヤバチャであると認識されたからだ。
しみじみと初めて人間になった時に思いを馳せていると、どう切り出そうか悩んでいたダンデが口を開く。
「……キミ、自分の意思で人間になれる様になったのか?」
「ん〜、多分?」
「たぶん、」
「今は人間になれば苦い薬を飲まなくて済むかもしれないという可能性に掛けて念じたら人間になりました」
「キミ……」
少し引いた様な顔をされる。失礼な、確かにダンデより大人の姿をしているが私はまだまだベビーポケモン、甘いの大好き!苦いの大嫌い!……あれ、私ベビーポケモンでいいんですよね?こちとら精神年齢は前からバブちゃんで止まっているから分からない。
「そんなに苦いのか。他の薬に変えてもいいが、あと四日くらい、」
「無理です。死んでしまいます」
「そうか……」
顎に手を当て考えるダンデ。
ちなみにダンデはまだ髭を生やしていない。生えてはいるけどきちんと毎朝剃っている。この可愛いお顔にいつから生やし出すのか私は一人戦々恐々としている。
「ダンデのおかげで人間になりやすくなったから人間用のサプリメントでいいよ。ダンデのおかげでね」
「う……」
頭を掻きむしりながら気不味そうにするダンデ。
「その、それの事なんだが」
「それ?」
「ああ、……オレがキミを何度も口にした事と、無理な特訓を組んだ事、だな」
「あー、うん」
膝の上で手を組み、指を組んだり外したりを繰り返している。随分緊張している様子だ。
「初めてのキミを飲んだ時は、興味本位だったんだ。純粋にどんな味がするのかが気になった」
「味」
「ああ。それと、それまではキミには嫌われていると思っていたから紅茶を用意してくれて嬉しかったんだ」
「……へえ」
初めての時、ダンデが酷く落ち込んでいた時だ。食事もまともに取らないから紅茶でもと思ってティーパックまで用意した。
まあどんな味か気になるっていうのは分からなくもない。図鑑や書物からの想像にはどうしても限界がある。ダンデの様なポケモン大好き人間なら仕方ないのかもしれない。
それじゃあ。
「二回目の時は?」
「……それは、嬉しくて」
「嬉しくて?」
「キミがっ!やっとオレのポケモンになって良いと認めてくれたのが、嬉しかったんだ……」
「うーん……」
勢い付いた出だしの割に尻すぼみになっていく。
一回目もだが、嬉しかったから飲んだってそれは分からない。一度飲んで味は知ってる筈だし、ヤバチャは口に含んだ瞬間吐き出す人も居るほどの味をしている。私は知らないけど。
ダンデって結構ヤバい人なのかもしれない。ヤバチャのトレーナーにぴったり!なんてね。
「うーん、じゃあ三回目は?あるんだよね?」
「まあ……」
「私が倒れた後だよね」
「ああ。……でも先に特訓の話をしてもいいか?」
「……どうぞ」
私が怒っている様に見えているのか、少し怯える様な仕草をされる。手をぎゅっと握って話すその姿はまだまだ子供だ。
「キミがオレのポケモンになって、特訓をする様になって。今まで出来なかった技や戦略を試せると思ったら楽しくなってしまったんだ」
「……ふーん、それだけで?私の体調は心配してくれなかったんだ」
「いや!あの、その、だな」
酷く言い淀むダンデを初めて見た。ダンデでもこんな事あるんだ。これはこっちの世界に来てからも初めてだ。
「実は、こっちの方がメインで、」
「何?」
「キミと、……人間のキミと、もう一度話したかったんだ……」
「は?」
指をモジモジさせながら何故か顔を赤くしこっちを伺い見るダンデ。え、何、どういう事?私と話す為に?
「ポプラさんが言っていただろ?キミが力を付ければ人間になる頻度も高くなるって。それで、キミに早く成長してもらいたくて」
「……」
「その!最低な事は分かってるんだ!トレーナーとしても、人間としても良くない事をしてしまったんだオレは!」
「ま、まあ落ち着いて……」
頭を抱えて凄い勢いで落ち込んでいく。情緒大丈夫だろうか。見ているこっちがヒヤヒヤする。
私に力を付けさせたかった。別にそこはトレーナーとしては良いんじゃないかな。知らないけど。
「でもなんで私と、人間の私と話したかったの?」
「それは……」
秘密だ、と耳まで赤くしてソッポを向くダンデ。えっ、何この反応。私もしかして純情な少年の恋心を弄んでしまったの?
まあ確かに裸を見せてしまったのはどうかと思うけど、あの時のダンデは人間の私の事よりヤバチャの私が何処へ行ったか必死だった気がする。凄く睨まれたし。
「人間になった時、私の事疑ってたじゃん」
「それは……、大事なヤバチャが消えたんだ。仕方ないぜ」
「本当ぉ?」
ジトっとした視線でダンデを見る。また逸らされた。
「それで、そうだ!謝りたかったんだ!人間のキミに!」
「ふーん。……てっきり、私の事好きになっちゃったのかと思っちゃった」
「そ!そんな訳!無いぜっ!!!」
そんなに否定しなくても良くないかってくらい、身振り手振り合わせて全身で否定をされる。ヤバチャちょっとだけショックだよ。ふざけただけなのに。
シクシクと涙を拭く真似をしていると立ち上がったダンデが勢いよく頭を下げる。
「すまなかった!キミが許してくれるまで何度でも謝るぜ!」
「……」
「本当にすまない、ヤバチャ!」
「……」
「これからはキミの体調を一番に考える!キミの嫌な様にはしない!」
「……」
「ヤバチャ……」
弱々しい声で名前を呼ばれる。ダメだ、もう耐えられない。
「……ふふっ」
「ヤバチャ……?」
「あははは!ごめん、ごめんね!ふふ、いいよ。そんなに謝らなくて」
「だが!」
「それに、ずっと側に居て欲しいんでしょ?」
「……っ!」
「そう言ってくれたのは嘘だったの?ああでも、ポプラさんに譲渡されそうになったんだっけな……」
「違う!嘘じゃ無いぜっ!!」
慌ててこちらに近付いてきたダンデが床にしゃがみ、私の手を強く握る。
「キミにはずっとオレの側に居て欲しい。今もその気持ちは変わらないぜ!」
「……う、うん。ならよかったよ……」
こんなに熱烈にまるで愛を誓う様な言葉を言われては流石に照れてしまう。いけない、ダンデは私のご主人なんだから。彼は人間で、私はポケモン。そう、私はポケモン。
……少しだけ悲しくなったのは気のせい。
「これからもよろしくね、ダンデ!」
「ああっ!勿論だぜ!」
「あ、でも」
「なんだ!?」
まだ何かあるのかと悲壮な顔を向けられる。
「まだ三回目以降の私を飲んだ話が」
「あ」
「忘れてたの?」
「いや、……すまない、先走ったぜ。三回目はキミが意識を失ってすぐだ。少しでもキミの力になるかと思って」
私の手をぎゅっと握ったままダンデが話しかける。
実際ダンデに飲まれたことにより力が湧いて来たのは事実なので、今私がこうしてここに居られるのはダンデのお陰なのかもしれない。もし飲まれていなかったら私はまだあの世界を彷徨っていた、かもしれない。
それはそれで両親や文字通り置いてきてしまった子猫の行末を見られて良かったのか。でもきっと、孤独すぎてすぐにしんどくなっていたと思う。
ダンデの声がずっと聞こえてたから私は落ち着いて居られた、そんな気がする。
「四回目は、キミが目を覚ます直前だな」
「あ、心当たりがあるかもしれない」
「本当か?」
「うん、不思議と力が湧いてきたのはダンデのお陰だったんだね」
ありがとうと伝えるとオレは何もしてないと返される。生気を渡すってかなりの事してるんだけどね。
サイコキネシスを使って子猫ちゃんを運んでいる時、最後はギリギリだったが何故か力が湧いたのを覚えている。その時にダンデの生気を吸ったのか、納得だ。
「うん、分かった。話してくれてありがとう」
「いや……」
「でもダンデ、一つだけ約束して欲しいの」
「なんだ?」
ダンデの大きな黄色い瞳をじっと見つめる。宝石の様に輝いていて綺麗だ。
「もう私を飲まないでね。今は影響無くてもいずれ身体に不調を来すかもしれない。実際に私は貴方に飲まれて生気を吸って、力が付いた。私のせいでダンデに何かあったら、私はどうしたら良いか分からない」
「……分かった。約束しよう。オレはもうキミを飲まないぜ!」
「うん!よし、これでこの話は終わり!」
「ああ!」
手を握ったままだった事に気付いたダンデがパッと手を離す。今度は私がその手を取って握り返す。
「仲直りと、これからよろしくねの握手!」
「……!ふふ、今度こそこれからもよろしく、だな!」
「うん!」
これからもきっと私たちは意見の食い違いもいっぱいあるだろうし、今回みたいに勝手に行動して、相手を困らせる事もあるだろう。
でもその度にこうやって話し合えば良い。だって私は、世にも珍しい人間になれるポケモンなんだから!
終わり