04
「ダンデ」
「ポプラさん!お疲れ様です」
ジムリーダーを交えたリーグの会議が終わって少しした頃。タワー内を歩いていると珍しくポプラさんに呼び止められた。
オレの挨拶にお疲れ様と返しながらゆっくり近付いてくる。
「あんた、最近ヤバチャを捕まえた様だね」
「……ええ、まあ」
あまり人に話していないのに何故知っているのか不思議に思いながらも返答をする。ローズさんやキバナにすら話していないのに。
「正確にはまだボールには入れてないですが」
「ふーん、そうなのかい。なんでだい?」
バッチリと化粧が施された瞼を細め、じっと見つめられる。この目が苦手だ。オレの全てを見透かそうとする。内側をジワジワと擽られる様な感覚が心底嫌だ。
「……まだ懐いて貰えてないので」
「へぇ。また珍しいことを言うんだね」
ホッホ、と笑うポプラさんの動きに合わせて左腕の腕輪がカチャリと音を立てる。
「今度会わせておくれよ」
「そうですね、機会があれば」
「楽しみにしてるよ」
じゃあね、とゆっくりとポプラさんが歩き出す。アラベスクジムのジムリーダーをしている彼女の事だ、もしかしたら森で虐められていたヤバチャの事も把握していたのかもしれない。もしそうだったら会わせた方がいいのだろうか。
でももしそれによって、ヤバチャが森に帰ろうとしたら。もうすっかりオレの生活に入り込んでしまっている。もしそんな事になってしまったらオレは。
「オレは……?」
オレはどうなってしまうのだろうか。先程まで頭に浮かんでいたオレの姿が不意に思い出せなくなる。
ヤバチャを無理にボールに入れて、懐かせようとは思わない。だが早くオレのポケモンになって欲しい。どうしたら懐いてもらえるのか。
最近ずっと頭の片隅にある悩み。今までに無いタイプの悩みに誰かに相談することもできない。それに、なんだかヤバチャの事をあまり他人に話したくない。
オレはこうして自分自身でヤバチャに向けている感情の一部が、他のポケモンたちへとは違う事に気付きながらも知らないフリをしている。
****
『ご主人、どうしたんだろう』
『ね』
キバゴと顔を見合わせる。
いつもより早く帰ってきたダンデ。だがいつもの様な覇気がない。朝家を出るまではいつも通りだったのに。
今日唯一連れられていた先輩に聞いても首を傾げるばかりだ。
『会議が終わった後からずっとあんなんだ』
『心配だね』
『うん』
会議中はボールに入れていてもポケモンを連れ込むのはダメらしい。別室で待機していた先輩も心配そうにしている。どうしちゃったんだろう、ダンデ。
もうすぐ特訓の時間だ。今日はダンデの為にも早く終われる様にテキパキと動こうとドラパルト先輩に提案される。主に私の方を見つめながら。
……いつも無駄な時間を取らせてしまってすいません。
だが今日は仕方ない。軽く技を打つくらいはしようかな。ダンデが心配だし。特訓も中止にした方が良いんじゃないかレベルだ。
「……じゃあ、特訓始めよう!」
皆がいつもよりやる気満々で其々声を上げる。一瞬ダンデと目が合うがすぐに逸らされてしまった。どうしたんだろう。
呼ばれた順に技の打ち込みや身体能力を上げるトレーニングを始める。そろそろ私も呼ばれる頃、と先程からソワソワしているがまだ呼ばれない。あれ?
皆と同じくやる気を出していたのに少し拍子抜けだ。
呼ばれないまま部屋の隅で大人しくしていると、一通りメニューが終わった皆が『今日は流石に駄々っ子してないんだな』と其々話しかけてくる。
あれれ?なんだか特訓が終わりそうな雰囲気では?あと皆私の事駄々っ子って思ってるのね。
想定外の出来事にキョトキョトしていると、遂にダンデが特訓終了の合図を出す。本当に何も無いまま終わってしまった。
流石のダンデも疲れている時は面倒な子の相手をしたく無いのだろう。きっとまた元気になったら、と思いながらもちょっとだけしょんぼりする。私の育成を諦めて欲しかったのは本当だが、突然何もして貰えなくなると中々ショックだ。
あ、しかもきのみも貰えないかもしれない。
下を向きふよふよ漂いながら部屋へ戻ろうとするとドラメシヤが近付いてきた。
『はいこれ、ご主人がヤバチャにって』
『えっ』
差し出されたのはモモンのみ。普段貰うきのみで私が一番好きなやつだ。
ありがとうと嬉しく受け取りながらも、直接渡してくれないのかとまたしょんぼりしてしまう。いかんいかん、メンヘラみたいになってる。
ドラメシヤは私が受け取るとダンデの元に戻り、ドラパルト先輩たちとボールに戻っていった。一人寂しくシャクシャクモモンのみを齧りながらリビングへ向かう。
少しして戻ってきたダンデが夕食を取り始める。夕食と言っても今日は栄養バーだ。いつもはもう少しマシなものを食べているのに更に心配になる。
そうだ、私は仮にも紅茶なのだからなんとか一杯くらい用意できないものだろうか。思い立ったが吉日、キッチンに向かい引き出しを開けていく。何かに触れるのにも実体化しないといけないので疲れるが今は非常事態だ。頑張れ私。
中に入っているのはあまり使われていなさそうなカトラリーに調理器具。うーん、茶葉くらいあると思うんだけど。上か?あ、あった!ティーパックでも十分だろう。
食器棚の扉を開き、無数にあるティーカップからお気に入りのを取り出してパックをセットする。しまった、お湯どうしよう。ポットのお湯は必要な時しか沸かさないから空っぽだし、ウォーターサーバーのお湯は流石に力が足り無くて使えない。
もう少しレベルが上がって能力が上がっていたら実体化する時間も増えていて出来たのかもしれない。こんな時に特訓をサボっていたツケが回ってきてしまった。
ここまでやったけど何の意味もない。ティーパックだけがセットされたカップの側で落ち込んでいると、ダンデがキッチンに顔を出す。
「……ヤバチャ?」
「チャ……」
何をしてるんだと不思議そうにこちらに近付いてくる。ああ、余計な手間を増やしてしまった。
「紅茶?のティーパックか?」
「バ〜……」
ポカンとした顔で見つめられる。あ、目が合った、なんて考えているとみるみる内に笑顔になっていくダンデ。どうしたんだ。
「オレのっ、オレのために紅茶を淹れようとしてくれたのか?」
「バチャ……」
ぐるぐる渦巻の部分だけカップから外に出して頷く。それによって更に破顔するダンデ。なに、こわい。
「ふふっ、そうか!お湯は難しかったな。でも嬉しいぜ!」
そう言いながらウォーターサーバーからカップにお湯を注ぎ、元あった私の隣に置かれる。人間だったらこんなに簡単なのに。でもダンデが喜んでくれて良かった。
少しホッとしていると私が入っているカップを持ち上げられる。って、ちょっと!
「ヤバチャっ!?」
「ゔっ、本当にとても苦いんだな」
慌ててダンデから離れるが今間違いなく飲まれた。私を。ヤバチャを飲む馬鹿な人間が何処にいるんだ。生気を吸うんだぞ。
「バチャッ!ヤバチャ!」
「ああ、ふふ。ありがとう。心配いらないさ」
口直しにこれを飲めと先程の紅茶を渡す。心配いらないとかの問題では無いんだけど。心なしか少し力が湧いてくる様な気がしないでも無い。私はダンデの生気を意図せずとはいえ吸ってしまったのか。
落ち込む私の横では、すべての元凶であるダンデがニコニコ楽しそうにしている。
「ヤバチャが淹れてくれた紅茶は美味いぜ!」
「……ヤバ〜」
私がしたのはパックを入れただけなので実際はダンデが淹れたというのに、事実が捻じ曲げられている。
先程までの落ち込みは何だったのかと聞きたくなるくらいご機嫌になったダンデは、私の渦巻を人差し指で撫でながら鼻歌を歌っている。元気になって良かったのか?
「ヤバチャ」
「バチャ?」
グリグリ纏わりついてくる人差し指に身体を巻きつけながらダンデを見上げる。
「ポプラさんがキミに会いたいと言っているんだ」
ポプラさんってあの永遠の十六歳のポプラさんだろうか。すごい、会いたい。
「……キミも会いたいみたいだな。分かったぜ」
スケジュールを合わせておくと言いながらシンクにカップを置き、私をリビングへ運ぶダンデ。水くらい張っといた方が良いよ、というか食洗機に入れろ。
茶渋が付いたカップは流石に嫌だぞ。入りたくない。
「オレはキミの意思を尊重する」
「ヤバチャ?」
何の話をしているのかは分からないが、いつも通りの力強い目が戻ってきた。これでこそダンデだ。
ダンデの生気を少しだとしても吸ってしまったのは申し訳ないけれど、ダンデが勝手にした事だし、何より元気になった様なのでこれで良い事にする。
そうじゃないとまたメンがヘラってしまうだけだ。そう自分に言い聞かせるしかなかった。