とぼとぼ

 キイキイと少しだけ錆びついたブランコが音を立てる。ここへ来た時は高く昇っていたお日様もすっかり沈み始め、辺りはオレンジ色に染まっている。早く帰らないと。でも帰りたくない。

 ダンデくんと喧嘩した。普段だったら流せていたのが今日はお互い虫の居所が悪かった、ただそれだけ。それだけなのについカッとなってしまった私は部屋を飛び出してしまった。

 どうしようもなくブランコを漕ぐ。十七時を知らせるチャイムが鳴り、ジャングルジムで遊んでいた子供たちがまた明日ねと帰って行く。
 いい歳して家に帰りたくない私だけがポツンと公園に残される。

「ブイ…」

 ああ、そうだった。飛び出した時に着いて来てくれたイーブイも一緒だったね。こちらのご機嫌を伺う様に足を舐めてくる。
 私一人だったら今日は帰らない選択も出来たけど、イーブイが居るから帰らなくちゃ。なんて、イーブイを言い訳にして。本当は私がダンデくんに会いたいだけなのに。

「帰ろっか、イーブイ」
「…イブ?」

 大丈夫?そう心配そうに見上げてくるイーブイを抱き上げる。こんな小さい子に心配させて、私は一体何をしてるんだろう。
 ここに居ても何も変わらない。方向音痴のダンデくんがここに辿り着ける訳がないし、そもそも追いかけて探す事さえ無駄だと思ってそう。

「プリンでも買って帰ろっか、イーブイ」
「イブ〜!」
「あっ……でも財布持ってないや」

 ブ〜…とジト目で見られる。ごめんて。また今度ね。

 帰ったらどんな顔して謝ればいいのかな、ダンデくんまだ怒ってたらどうしよう。許してくれるかな。
 そんな事をグルグル考えていたら気が付けば玄関扉の前。キーの役割もしてくれているスマホロトムを翳して解錠する。

「た、ただいまー……」

 物音一つしない部屋に私の声が吸い込まれていく。ダンデくんのスニーカーは部屋を飛び出した時と変わらず定位置に置かれている。やっぱり、外まで追いかけようとはしてくれなかったんだなと少し寂しく思ったり。
 玄関に備え付けてあるポケモン用の水道でイーブイの足を洗う。あれ、水受けが濡れてた様な気がする。でも既にイーブイ様によりビシャビシャになってしまい今ではよく分からない。気の所為だろう。

 なんとなく音を立てない様にリビングに向かう。……ダンデくんは見当たらない。部屋に居るのだろうか。キョロキョロ見渡すとテーブルの上に何か置かれているのに気付く。
 そこに置かれていたのはさっき寄ろうとしたお店のプリンと『すまなかった』とだけ書かれたメモ書き。

「ふふ」

 思わず笑みを溢しながら何度も何度もメモを読み返す。ぶっきらぼうなダンデくんの文字。嬉しくて、安心して、少しだけ目頭が熱くなる。これだけで許せちゃうなんてね。……よし。

「ダンデくん!……あれ?」

 ダンデくんの部屋のドアを開けるも中はもぬけの殻。お手洗い?でも帰って来てから物音一つ聞こえないけどなと一応向かおうとするとイーブイにスリッパを噛まれる。

「ダメよ、イーブイ」
「ブイ!」

 注意されたのには知らん顔で着いてこいとばかりに足を進めるイーブイ。そっちは私の部屋なんだけど。
 そのまま予想通り私の部屋の前でお座りしたのでドアを開けてやるが中へ入ろうとはしない。何かあるのかと視線を部屋の中に向ける。

「!」

 私のベッドが、不自然に膨らんでいる。ベッドにはぬいぐるみを置かないし、そもそも起きる時に掛け布団は畳んでおく。心当たりは一つだけ。いや、一人だけ。
 そろっと近づき膨らみに手を添える。温かい何かがビクリと反応する。ツンツンと指で突くともぞもぞと壁の方へ動いてしまった。

 笑い声が出そうになるのを耐えながら布団を捲り、丁度空いたスペースに潜り込む。と、中に居た人物と目が合う。

「……ダンデくん、さっきはごめんね。プリン、ありがとう」
「いや……。オレも言いすぎた。ごめん」
「ううん。…ふふ」

 辛そうな顔をして欲しくないし見たくもないので、ダンデくんにギュッと抱き着き分厚い胸に顔を埋める。ダンデくんも珍しく抱きしめ返してくれた、嬉しい。狭い布団の中で、まるでこの世界にダンデくんと二人きりの様だ。

「なぁ、」
「ん?」

 ダンデくんの腕に力が籠り、密着度が上がる。ちょっとだけ恥ずかしい。

「これからもオレたちは喧嘩すると思う。それでも、約束して欲しい事が一つだけある」
「……なあに?」
「オレのことが嫌になったとしても今回みたいに身一つで飛び出さないでくれ。……オレを、」

 置いていかないでくれ、と振り絞った様な苦しい声を出される。顔は見えないけど、ダンデくんが泣いてる気がして背中を摩る。

「オレは、情けないことに後を追いかけることも出来ない」
「……もしかして、追いかけようとしてくれたの?」
「……、まあ、そうだ。でも直ぐに見失って、そもそも靴すら履いてなくて」

 やっぱり、玄関の水受けは元から濡れていたんだ。ダンデくんが使ったから。

「キミが好きなプリンの店だけは道を覚えていたから、」
「そうだったんだ……、ありがとう。……分かった!これから例えどんな大きい喧嘩をしても、例えダンデくんの顔を見るのが嫌になっても部屋は飛び出さない!ちゃんとケジメを付けてから出て行く!」
「出て行くのは出て行くのか……」
「ち、ちがっ!言葉の綾です……!」

 顔を上げると思ったより優しい目をしたダンデくんと目が合う。ダンデくんの顔を見るのが嫌になる事はきっと、ううん、絶対無いだろう。

「ご心配お掛けしました。それと、さっきは私もごめんなさい」
「ああ。おかえり」
「ただいま!……ふふっ、ダンデくん!仲直りのチュウ……ぐっ」

 両方の頬っぺたをグッと片手で掴まれる。なんで!?今完全にそういう流れだったじゃん!私たちみたいなラブラブカップルはチュウしてハッピーエンドが一般的だよ……!
 ……まあ、クスクス笑っているダンデくんが可愛いので良しとするか。私の顔がブサイクで笑ってるんじゃない事を祈る。

 なんとか手を離してもらい、少し息苦しくなって来たので布団を捲る。は〜〜、冷たくて新鮮な空気が美味しい。
 何度か深呼吸していると横から伸びて来た腕が再び布団を被せ密室を作り出す。と、唇にふにと柔い感触。

「え、」
「ふふ。仲直りのチュウ、だろ」
「〜〜〜っっ!!!!」

 ダンデくん大好き!と飛び付いた私を軽く受け止め抱きしめてくれる。そのまま暫く抱きしめあって、偶にチュウをして。気が付けばその幸せな空間で私は眠ってしまっていた。








 目が覚めると隣にダンデくんの姿は既に無く。渋々する目を擦りながらリビングに向かうと、頬っぺを赤く腫らしたダンデくんが居て大騒ぎすることになる。

(「だ、だだだダンデくん!?どうしたのそれ!?!?」
「いや、問題ないぜ。ちょっとお叱りを受けただけだ」
「ブイ〜!」
「?????」)

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