なぜなぜ

*キバナさんが可哀想注意





「あ」
「あ」

 声が重なる。どうやら向こうも同じタイミングで私に気付いた様だ。会釈だけで終わろうとしたのに大きい人影はズンズンと近付いてくる。えぇ、来るのか……。

「ナナシさん、久しぶり」
「お久しぶりです。いつもダンデくんがお世話になってます」
「ふふ、こっちこそ」

 気不味いと感じているのは私だけなのか。なんて言ったってつい先日、トーナメント戦でダンデくんが勝ち越した人。つまり、ダンデくんが連勝しているライバルさん。
 いくら顔見知りとはいえ、そんな相手の恋人と偶々会ったとして普通に話そうとするのだろうか。私の方が一刻も早く切り上げたい。

「どっか行くの?」
「あ、はい。買い出しで」

 すぐそこのスーパーに、と言ってアレと不思議に思う。此処はシュートシティの北側の居住区画。この辺りには生活を営むための日用品がメインのお店しか並んでいない。
 それなのに、何故ナックルシティのジムリーダーさまが此処にいるのか。リーグ関係の建物は全て南側で収まっているし。

「へぇ。じゃあオレさま、荷物持ちするよ」
「いえそんな!足りないものだけ買い足すつもりなので」
「遠慮すんなって」

 あっちだよなと自然に腰に手を回され、自然にスーパーに向かって歩き出す。何故こんな事に。ダンデくんよりも低い体温、ダンデくんとは違う男性物の香水の香りに少しだけドキッとする。
 ダンデくんともこんなにくっ付いて外を歩く事は殆どない。それと、ちゃんと目的地の場所が分かっているという安心感。久しぶりで感動すら覚える。

「いつも一人で行ってんの?」
「そうですね。ダンデくん忙しいですし」
「あーね」

 うわ、陽キャの返事だ。普段話すのはダンデくんとイーブイだけなので、慣れない言葉に少し怖くなる。SNSで若い子が使っているのは知っていたけど、本当に使うんだ。私たちの世代でも。

「オレさまから言っといてやるよ。もっとナナシさんを大事にしなって」
「え、別に大丈夫ですよ!特に不満に思ってませんし」
「本当に?」
「え?」

 背中を丸めて顔を近付けられる。さっきまで垂れていた目尻が少しだけ釣り上がっていて息を飲む。何か怒らせる様な事を言ったのだろうか。あまりこの人の事をよく知らないので分からない。
 私の怯えが顔面に出てしまっていたのか、にゅっと垂れ目に戻る顔。なんだか怖い、どうしたら良いんだろうか。今ほどダンデくんが恋しい事はない。それは嘘、常に恋しい。

「どうせダンデの事だ、あんまり一緒に出掛けないんじゃないか?」
「ま、まあ」

 その通りだ。ダンデくんは変装を余り好まないので、一歩外に出れば人が群がる。プラス、私が土地勘をフル活動させないと変な場所に辿り着いてしまうのだ。
 なので、ダンデくんが休日だったとしても家で過ごす事が殆どだ。広いバルコニーも付いているから簡易ピクニックも出来るし、イーブイやダンデくんのポケモンたちも楽しく過ごしている。ついでに私もダンデくんに引っ付けてハッピー。

「ナナシさんはこんな風にダンデと歩きたくねぇの?腕を回されてピッタリくっ付いて」
「……えっと」
「腕を組んだり手を繋いだり」
「……腕、手……」
「そ」

 こんな風に、と腰に回っているのとは反対の手で私の手を取り、ぎゅっと指を絡められる。所謂恋人繋ぎ。ダンデくんよりも長い指の大きい手。
 歩きたくないと言われれば嘘になる。でも私もわざわざ外でそんなにくっ付きたいと思わないし、何より家でくっ付いてるし。
 正直ダンデくん以外はどうでも良いので今すぐ離して欲しい。ちょっと気持ち悪い。

「……あの」
「本当に不満はないの?」
「……。私に何を言わせたいのかは知りませんが本当に不満はありません。それと、離れてもらって良いですか」
「えー、ヤダって言ったら?」
「貴方の名前を大声で叫びます」

 それは困るなとパッと解放される。……手だけ。未だに腰に回された手を離してもらおうと触れようとしたその時。

「キバナ」
「あー、何オマエ。出てきちまったのかよ」
「ダンデくんっ」

 触れようと伸ばしていた手は後ろから握られ、腰に回されていた手は勢いよく遠ざかる。そして背中に感じる体温と香りは落ち着くダンデくんのもので。気付かずに強張っていた身体がホッと緩む。

「もう良いだろう」
「痛えってば!分かったよ、分かった!」

 ギリギリと掴んでいた手をダンデくんが離す。うわ、褐色肌なのにうっすら手の跡がついている様に見えるのは気のせいだろうか。気のせいだ、きっと。
 二人の会話の内容はよく分からないので口を出さずに耳を傾ける。

「はぁ。まさか本当に不満が無いなんて」
「当たり前だろう」
「当たり前じゃねえからこうなってんの!あーあ、オレさまの負けだ」
「二度とオレたちを巻き込まないでくれ」
「はいはい」

 先程まで散々聞かれた不満とやらについて話している。もしかしなくても私の事なのだろうか。いやまあこの状況ならそうなんだろうけど。
 居心地が悪く、握られたままのダンデくんの手をにぎにぎする。あ、きゅっと握り返された、嬉しい。一人でルンルンしていると上から降ってくる笑い声。

「ふふっ。巻き込んでごめんな、ナナシさん」
「え……っと?」

 このまま許して良いのか分からず、とりあえず後ろのダンデくんを見上げる。

「詳しいことは後で話す。キバナのことは許さなくて良い」
「えっ」
「はァ!?なんでだよ!」
「当然のことだ」

 胸倉を掴もうと伸びてきた手をダンデくんがはたき落とす。バチンといい音がした。イーブイのたいあたりよりも威力が高そうだ。
 その手はそのまま私のお腹に回され、ダンデくんに後ろから抱きこまれる体勢になる。えっどうしよう。心臓がバクバクして来た。

「さっさとナックルに帰るんだな」
「……悪かったよ」
「本当にな。ネズにもよろしく伝えておいてくれ」
「はいはい」

 またお詫びしに来ると私に言いながら離れて行く後ろ姿にダンデくんが要らないと即答する。なんだか珍しく、本当に怒っている様だ。
 私には向けられていないその怒りに、ドキドキしながら少しだけ怯えていると名前を呼ばれる。

「な、なあに?」
「悪いが買い出しは別日でもいいか?オレも行くから」
「えっ?」
「ダメか?」
「う、ううん!今日じゃなくてもいいし!」
「そうか」

 じゃあ帰ろうとさっきまでされていた様に腰に腕を回され、引き寄せられる。え、なになに、なんで?
 こんなにくっ付いて外を歩くのは初めてで、緊張から上手く足を動かせない。ダンデくんの足に合わせて、右、左、右。

 ダンデくんはさっきから何も言わない。でもさっきよりは落ち着いている様子だ。一体二人の間で何があったんだろう。いやもう一人の名前も出ていたし三人の間で、なのか。
 家を出てすぐだった事もあり、すぐにマンションに辿り着く。この辺ならダンデくんも大体道を覚えているって言っていたっけ。

「ただいま〜」
「イブっ」
「ふふ、お留守番ありがとうね」

 元気に出迎えてくれたイーブイを撫で回す。あ、しまった、手を洗ってないのに。今日も一緒にお風呂に入らなきゃだ。それまではポケモン用の除菌スプレーを掛けて、と。

「わっ」

 スプレーを元の場所に戻した途端に後ろから抱きしめられる。そのまま持ち上げられ、部屋に上がろうとするのを慌てて止める。

「ま、待って!靴脱いでない!あと手洗いうがい!」
「……そうだな」

 案外素直に聞き入れられホッとする。だがそう思ったのも束の間。何故かしゃがんだダンデくんの膝の上に乗せられ、履いていたサンダルを脱がされる。ああ、ちょっと良いやつだからもう少し丁寧に……。
 無事に脱がせてもらえたと思ったらまた抱き上げられ、洗面所に向かう。洗面台の前で降ろされたのでそのまま手を洗っていると、何故かハンドソープを泡立てている私の手に混ざり込んでくる大きな手。

「だ、ダンデくん?」
「この方が早いぜ」
「ぅ、うん……」

 本当にそうなのだろうか。ダンデくんの大きい手は私の手を挟み込んだり握ったり揉み込んだりしてくる。指まで一本一本丁寧に洗われた。もう今の私の手にバイ菌は居ないだろう。
 お返しに私も同じようにダンデくんの手を洗ってあげる。

「ふふ、くすぐったいぜ」
「自分がやってたんだよ?」
「そうだったか?」

 もう終わりだとダンデくんが水を出す。あー、まだ終わってないのに。濯いだ手をぱっぱっと水を飛ばしていると濡れたままの手がぎゅっと絡み付いてくる。

「え、な、何?」
「キバナに……、さっきキバナに握られていただろう」
「あー、うん」

 片手だけだけど確かに握られた。そこも見られていたのか。もしかしてそれって、ヤキモチを焼いて、上書きしてるって事……なーんて。

「上書きだ」
「へっ」
「なんだ、嫌なのか?」

 ちょっと拗ねた声にブンブンと勢いよく首を横に振る。嫌じゃ無いです。まさかそんな、本当に上書きのつもりだったなんて。きゅんと来てしまった。
 ああ、それにしても。

「……やっぱり、ダンデくんの手がいい」
「……え?」
「丁度いい大きさで、指のバランスも良くって」

 絡められた手の感触を確かめるようにぎゅっぎゅっと握る。

「硬さも、爪の形も。あと、暖かくて安心できる」
「……そうか」
「んっ」

 頬にキスをされる。目の前の鏡にバッチリ写っていてちょっと恥ずかしい。
 でも嬉しいので顔をそっちに向けてちゅっと唇を追いかける。ふふ、幸せだ。

「……シャワー浴びるか?」
「エっ!?」
「冗談だぜ」
「えぇ〜!」

 不満な声を上げる私にくすくす楽しそうに笑うダンデくん。今の雰囲気ならワンチャンあったからちょっと本気にしちゃった、ちぇっ。……あ!

「不満!今の不満です!」
「は?」
「ぅ、だってさっき聞かれたから」
「ああ……。その事について話そう」

 行こうとまた抱き上げられてしまう。私は自分で歩けない子供か何かだと思われているのだろうか。まあこんな機会滅多にないので楽しんでおくけど。
 リビングのソファの前に辿り着いたのでそのまま座らされるのかと思ったら、何故か座ったダンデくんの上に跨るように降ろされる。何故なの。

「ダンデくん……?」
「なんだ?」
「お、降りていい?」
「嫌なのか?」
「嫌じゃないです」

 嫌じゃないのは本音だけど、降りたいのも本音。恥ずかしい。なので首に腕を回して肩にもたれ掛からせてもらう。
 久しぶりの外出と変な出来事が重なってなんだか疲れてしまった。ダンデくんを吸って元気になるしかない。

「何から話そうか」
「んー、なんでも良いよ」
「……キミ、寝ないでくれよ」
「分かってるー」

 流石に寝ないもん。ただ、長くは意識を保てないかもしれない。早急に頼む、ダンデくん。

「この間、リーグ内の食事会があっただろう」
「うん。ご飯いらなかった日でしょ」
「そうだぜ。その日、キバナとネズに言われたんだ。『彼女のこと気にかけてやってるのか』って」
「彼女って……私の事?」
「キミしかいないだろう」

 えへへ、私しかいないだって。当然のように言われて嬉しい。
 というかこの間って定期開催のトーナメントの打ち上げだって言ってたような。そこで私の話題を出すなんて。負けてもタフな人だな、あの人。

「一緒に住んでるし当たり前だと答えたらキバナだけが信じなくてな」
「へぇ……」
「酒の勢いもあってかネズが賭けようと言い出したんだ」

 いや酒の力怖い。ガラルの中心であるジムリーダーたちがそんなので良いのだろうか。

「ただの酒の席の話だと思っていたんだがな……。どうやら本気だったみたいで今日に至った」
「なるほど……」
「キミにも迷惑を掛けたな。怖かっただろう。キバナはオレよりもデカイし」

 うん、怖かったしちょっと気持ち悪かった。でも流石にそれを正直に言うのも気が引ける。普通の人なら、あの人にあんな事をされても……。

「……で、でも、カッコいいしね!」
「……」
「役得ってやつ?アハハ!はは……は……」
「……」

 やばい、完全にやってしまったかもしれない。ダンデくんから怒気が漏れ出ているような。気にしてないと装えば丸く収まるかと思ったんだけど……。
 どう声を掛けようか迷っていると、片手で強く両頬を掴まれ肩から引き剥がされる。ひん、どうして。

「そうか、キミは嬉しかったのか」
「ひ、ひがっ」
「キバナは女性から大人気だからな。キミも例外じゃ無いわけだ」

 両頬を押されているので上手く話せない。なので首を振ろうにも頭を固定されていて動かせない。絶体絶命。
 どうしようと焦っていると服の裾からダンデくんの手が入ってくる。やばい、どうしようどうしよう。

「だが」
「は、はっへ」
「キミはオレのものだろう」
「ひぇっ」

 ニッコリ顔は笑っているのに発せられる声はゾッとするほど低い。頬も痛いし私はこのまま殺されるのか……?

「シャワーを浴びよう」
「ひょっ!?」
「この服は今日で捨てる。今すぐ脱ぐんだ」
「!?」

 突拍子もない事を言われるが、ダンデくんの言う事には逆らえずとりあえず脱ぎ始める。こういう時だけさっと頬から手を離してくれるんだよなあ。
 ダンデくんの膝の上に乗って服を自分で脱ぐなんて、羞恥プレイにも程がある。恥ずかしすぎる。とりあえず捨てると言われた服だけ脱いだ、けど。

「シャワーを浴びると言っているだろう」
「えっ!ちょっ、ちょっとま!」
「……ほら、行くぜ」

 あっという間に手早く下着も全て脱がされ、また持ち上げて運ばれる。なんでこんな事に。今はこれ以上怒らせないために大人しくするしかない。
 神様、アルセウス様。何卒ダンデくんの怒りをお収めください。何卒。

「あっ」
「なんだ」
「イーブイもお風呂に入れなくちゃ……」

 一瞬立ち止まったダンデくんだが再び歩き出す。バッチい手で触っちゃったのに!ダンデくんの大好きなポケモンのことなのに!

「スプレーしたんだから大丈夫だ。明日入れればいい」
「でもっ」
「ナナシ」
「っ」

「これ以上オレを怒らせない方がナナシの為だぜ」
「……はい」

 結局神様もアルセウス様も私には力を貸してくれず、私は一人ダンデくんの怒りを収めるのに尽力した。


****


[おまけのその後のキバナとネズの会話]
「ネズ、良い話と悪い話がある。どっちから聞きたい」
「じゃあ良い話からで」
「賭けはネズの勝ちだ」
「でしょうね」
「悪い話は……」
「はあ」
「見た事がないほどアイツは怒っている」
「……」
「アイツ、人並みの恋愛もやっとかと思ってたのによ」
「……」
「ナナシさんに向ける独占欲、ハンパじゃないぜ」
「……」
「聞いてんのか、ネズ」
「聞いてますよ」
「じゃあなんでスマホ触ってんだよ」
「弁明してました」
「弁明?」
「『今回のこと、オレは冗談のつもりでした。キバナが一人で突っ走ってました』って」
「ハア!?ふざけんなよ!オマエオレさまだけに押し付ける気かよ!?」
「はい」
「オマエも乗り気だったじゃねーか!」
「酒の場なんで」
「〜〜〜っ、クソッ!帰る!」
「おやすみ、クソガキ」
「うっせえ!」


「負けたからって、腹いせに人のモノに手を出そうとするのはどうかと思いますねぇ。まだまだ青臭えガキですよ」









(キバナさんはナナシさんからダンデさんへの不満を聞き出して亀裂を入れようとしました。あと実はちょっとあわよくばも狙ってた。でも二人はマジのマジで他人が付け入る隙が無いほどラブラブもラブラブなので(他の人にどう思われようと)そんな罠には引っかかりません。精神面からダンデさんを追い込もうとする卑怯なキバナさんでした。なおこの後ダンデさんに容赦なくバトルでボコボコにされます。可哀想。ネズさんにはちょっと文句言います。対処法を分かっているダンデさん強い)

(でも実際のところ、ちょっとだけダンデさんも不満が無いのか気になってました。なので近くから様子を伺ってました。結果はベタベタくっ付くキバナにムカつき、それをちゃんと拒否しようとするナナシさんに嬉しくなりました。あと不満が無いと言い切ってくれたことにも喜んでます。でも触られたのはやっぱムカつくので全部直々に洗い流して感触も上書きしました(自分に気を遣ってキバナさんを悪く言わなかったのには気付いてます。分かっててプッツン来ちゃったへへ))

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