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「……、」

やばいぞ…。

目の前にいるスーツをきたサラリーマン。

夜勤明けのため人通りは少ない。

「みょうじさん…ですよね」

違います、と言いたい。
でも声を出したら、声で俺だとバレる可能性が高い。

どう否定しようかと迷っているといつも電話かけてくるリーマン、観音坂さんが近づいてきた。

「あの…すみません…。相談センターの…住所を調べたら…近くで…、みょうじさんがいるのかと思うと…来てみたくなって…すみません…」

すみませんを連発しながら近づいてくるのが少し怖い。

「いつも…相談を聞いてもらって…本当にありがたくて…お礼、言いたくて…」

あ、あれ…。お礼なんて…そんな…。何かいい人っぽい…?

俺はてっきり最近個人的なことばかり聞いてくるから何か狙われてるのかと警戒していたけどお礼を言いに来たなんて…律儀な人っぽい。まあ相談受付している人を特定してまで言ってくるのはちょっと異質だけど…。

電話相談を受付していて感謝されるのはいつになっても慣れない。こんな俺でも相手の役に立てたなら、と少し嬉しくなる気持ちをいつも噛み締めている。それがやりがいだからな。

見たところ、普通のリーマンっぽいし、身なりもちゃんとしている。

とくに注意する必要はないのかもしれない。俺は警戒を解いて口を開いた。

「あ、あの…ちょっとびっくりしましたけど…そんなお礼なんて…」

「っ!!や、やっぱりみょうじさんですね…っ」

「え…、は、はい…」

「声を聞いて確信しました…。聞き間違えません。毎日聞いてる声ですし…、いつも録音している声をずっと流して聞いています…。本当に、本当に俺はみょうじさんに救われています…。」

ん……?

録音??

「みょうじさんがこんな俺を肯定してくれるところがすごくありがたくて、毎日その言葉を聞くと安心して眠れるんです…。本当にありがとうございます…。」

「い、いえ…」

そりゃ肯定するのが俺の仕事ですもの…。ていうか録音ってなに…?深く聞かないほうがいいだろうか。

「あの…、申し遅れてすみません…私こういうものです…」

観音坂さんは名刺を差し出してきた。

「はぁ…」

受け取らざるを得なくていただいた。観音坂独歩さん…。

「…良かったらお礼を…させてください…。お時間ある時にご飯でも…」

「ええっ…?!や、あの、仕事で話しているだけですから…。お礼なんて必要は…」

そこまで言って、しまったと思った。観音坂さんが沈んだ雰囲気になったから。

いつも話しているのはあくまで仕事だからであって、伝えていることは本心じゃない、と受け取ってしまっただろうか。

「ち、違いますよ。仕事だからと言っても、お話していることは本当に私がいつも思っていることですから…。本当に…いつも頑張っていらっしゃるご様子には尊敬していますし…」

「……本当…ですか、」

「ええ。ただ…こうしていつもお話しているのは私も仕事なので…特にお礼をしていただく必要はない、と言いますか…」

「それでも、お礼がしたいんです…」

「……いや、そういうのはいけないので…」

俺が手を前にして首に降っても観音坂さんの引き下がる意思が見えない…。

「…なら、連絡先を交換してくれませんか…」

おい、何故そうなる!
何でお礼を断ったら連絡先交換しようという流れになるのか理解できないんですが観音坂さん。

「…相談者の方と個人的に連絡を取り合うのは禁止されていますので…」

ごめんなさい、と頭を下げると観音坂さんは俯いた。
顔に影が出来て、かなり沈んでいるのが分かった。少しだけ心が痛む。申し訳ないけど…個人的に連絡取るのは禁止だしな。

とにかく、この場から逃れるためなら何だってしよう。

「あの…また、お電話ならいつでもお話お伺いしますから…ね?今日は…ここで…」

愛想笑いでも何でもいいから笑顔を貼り付けて、もう帰ろうよ!という雰囲気を醸し出してみる。

「…迷惑でした、よね…。すみません、俺はまた何も考えずに行動して…。すみません、いつも話を聞いてくれるみょうじさんにお会いできると思うと…。嬉しくて…お礼言いたくて…すみません、俺はやっぱり迷惑ばかりかけて生きてしまうんですよね…。みょうじさん困りますよね…。俺のせいですよね…俺のせい…すみません、本当にすみません…」

壊れた人形みたいにぼそぼそと話し始めた観音坂さんにぎょっとした。電話でたまにこんな感じになることはあったけど、生で見ると想像以上にどんよりとしたオーラを纏いすぎて危険人物だと俺の中で認定した。

「か、観音坂さんっ、迷惑じゃないですよ…っ、ただ…ちょっと仕事上難しいこともあるので…なかなか観音坂さんのご要望に添えない部分があるので申し訳ないのですが…」

「……毎日…救われているんです…みょうじさんに…。声を聞けるだけで…眠れるんです…。」

「…そ、それなら毎日電話してくださって構いませんから…っ、ね?今日のところは…」

もう毎日電話かけてきてもいいから、とにかく観音坂さんから逃れたい。本当に危うい人っぽくて内心俺は恐怖してる。

俺が電話かけてきてもいいと言ったことで安心したのか観音坂さんはぱっと顔を上げた。

「いいんですか…?迷惑じゃありませんか…?」

「迷惑じゃありませんよ!いつでも!」

「……嬉しいです。」

ゆるりと笑った観音坂さんを見てほっとした。
よし、とりあえずこれで観音坂さんの機嫌を落とすことはないだろう…。

いつでも電話してください、今日は用事があるのでこれで…と言いくるめて観音坂さんから逃げるように俺は家に帰った。

観音坂さん、ちょっとやばい感じの人だ。いつ爆発するかわからない怖さがある。まさか仕事場に来るとは……。

やばい…。これ以上何もなければいいけど…。



****



「みょうじくん、観音坂さん。」

「…あー……はい。」

相談者の方と30分程、話し終わって電話を切るとすぐに同僚から声をかけられた。お決まりの観音坂さんだ…!

「代わりました、お悩み電話相談センターのみょうじです。」

「…なまえくん、こんばんは。」

「はい、こんばんは。」

「あの…まだ名前で呼ぶのが慣れなくて…」

慣れなくていいです観音坂さん!この間から毎日の電話は止むことがなく、つい先日名前で呼んでいいかと言われたのだった。特にいけないというルールはないため、いいですよと答えると観音坂さんは嬉しそうだった。

「今日はどんなお悩みが…?」

「…そうですね…特にないけど…なまえくんと話したくて…」

あの…この電話はお悩み相談を聞くところなんですが…っ!俺とお話する電話じゃありません、て何回言ったか、覚えてますでしょうか…。


「今日は…なまえくんが朝お仕事終えて帰ってる姿を見て…俺は出社しました…。」

そういう報告はいらんのです!俺を見たとか、俺をどこどこで見かけたとか、何食べてたとか!そんな!報告はいりません!

もはやそれ、見かけたじゃなくて、意図的に見てるんじゃ、てかついてきてるんじゃ、ていうかストーカー…。

「そ、そうですか…。」

「なまえくんがお仕事頑張ったんだな、と思うと俺も頑張らなきゃ…って…」

「ええ…。」

「それで…今日は…この間なまえくんが食べてたコンビニのトマトの冷製パスタを…俺も買ってみて…食べてみました…」

「ええ…。」

「一緒のもの食べてるんだと思うと………。ふふっ、」

こわぁぁぁい!!怖いよ!観音坂さん!

毎日そんな報告みたいな話を聞かされる俺の身にもなってくださいよ…。もはや、家の住所まで知られてるんじゃね?ってレベルです。

「観音坂さん、今日は…もう遅い時間ですがもう寝た方が…」

「……今日は残業が多くて…」

「お疲れ様でした。早く寝てたくさん寝たほうが明日も元気に過ごせますよ。なのでこのお電話ももう切りましょう。」

「……すごく残念ですが…なまえくんが言うなら…」

「ええ、睡眠は大事ですからね。それでは、」

「…ぁっ、なまえくんっ、…おやすみなさい…」

「……おやすみなさい、観音坂さん。」

通話を終えて、こめかみをグリグリと押した。

「はぁ…。やばい…」

こうして俺は相談者の観音坂独歩さんという人にストーカーされる毎日が始まったのであった。

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