( 10/55 )


最近、俺の身に起きた怖い話をしよう。

毎日仕事終わりに帰ろうと職場から外に出ると必ず同じ人が遠く離れたところに立っていて俺の視界に入ってくる。

朝方の人通りが少ない時間帯にぽつんと人が立っていると嫌でも目にはいるわけだ。

スーツを来て、首から社員証らしきものをぶら下げたサラリーマンの姿が。毎日仕事終わりに視界に入ってくるわけだ。

木の影に、建物の影に、はたまた通りの端っこに。

ただただ立っている。俺はそれを見て見ぬふりをして気づかないふりをしていつも帰ってるわけなんだけど…。

さすがに毎日は異常すぎて…。別に俺に用はないのかもしれない。話しかけられることもなければ乱暴されたこともない。

ただたた毎日俺が通る時、道端に立っているってわけ。

…そう、観音坂独歩さんが。


めちゃくちゃ怖いだろ…。

何をする訳でもなく無言でじっと見られるのも怖いんだよな…。


ずっとこれが続くんだろうかと頭を悩ませているとセンター内に着信音が鳴った。

よし、と頭を切り替えてコールに出る。


「お電話ありがとうございます。お悩み電話相談センターのみょうじです。」

「あっ、なまえくんだ…」

ああ…控えめだけど嬉しそうなこの声は…

「…っ、最近最初に出るのが違う人ばかりだったから…嬉しくて…こんばんは。」

「…観音坂さん。こんばんは。」

何てタイムリーな人だ…。俺が頭を悩ませてる張本人がかけてきた。

「今日はどんなお悩み相談ですか?お聞きいたします。」

「今日は…」

あくまでこの電話はお悩み相談だからな。観音坂さんは私的なことをたくさん含んだ質問やら色々飛ばしてくるけどあくまでこれは相談受付だ。俺はマニュアル通りに対応するだけ。

「実は…最近毎日会いに行ってる人がいて…。」

ん…?

「そうなんですか。」

「はい…相手の仕事が終わる頃に…」

んんん、ちょっと待って、それって俺じゃないよね?

「そ、それで?」

「いつも会いに行くんですけど、照れ屋さんなのか…いつも俺を見ずに帰ってしまうんです…」

あーー…もしかしかしなくても俺のこと…?

「なるほど…観音坂さんはその方と会う約束をされているんですか?」

「いや…してないけど…、付き合ってるので…」

はああああっ?!付き合ってるっ?!
ちょっと待って、俺は観音坂さんと付き合ってないけど?!

「そ、そうなんですね…。」

「…毎日姿が見れるだけでも嬉しいんですけど…話がしたいんです……」

電話越しに切なそうに語る声が頭を痛めた。

いやいや…観音坂さんあなたの頭の中!フリーワールドになってるよ!と思ったけど、観音坂さんは毎日会いにいく相手を俺とは言ってない。

俺も勝手に自分かと危険を感じたけど、俺とは言ってないしこれはワンチャンあるのでは…?

これで観音坂さんが付き合ってる相手と上手くいけばもう電話も少なくなるかもしれないし…。

よし、アドバイスする方向で行こう。

「お話がしたいということであれば、観音坂さんから声をかけるといいと思いますよ。」

「…恥ずかしいです…」

「最初のうちだけです、きっと。それこそ話さなきゃお互いのこともっともっと分かり合えないじゃないですか。」

「…確かに…。でも、俺は相手のことは知ってるし分かってます…。調べたんです…。話してもらえなくてもそれなりに情報は…得て…」

こわっ…!調べたって何を?!
観音坂さんの情報収集が怖すぎるんだけど…。それは相手の同意あるのか?!

「そ、そうですか…。でもお相手の方は観音坂さんのことを知りたいと思われているんじゃないですか?観音坂さんだけがお相手の方のことを知っていても、お相手の方が観音坂さんのことを知らないと偏りがあるというか…」

「…俺のこと知りたいって思ってくれてるんでしょうか……」

「きっと思われていますよ。だってお二人は付き合っているんでしょう…?」

どこの誰だかわからないけど観音坂さんのお相手さん…お察しいたします…。

「…っそうですね…。俺から…話しかけてみます…」

「はい、それでまたお二人の仲も良くなることを私も願っています。」

「…なまえくん、ありがとうございます。」

「とんでもないです。では、本日のお電話は以上でよろしいでしょうか?」

「あ…はい…またあとで…。なまえくん、おやすみなさい。」

………ま、た、あ、と、で…?

何がだ……?

「はい、観音坂さん、おやすみなさい。」

通話を終えて不穏な面持ちで俺はパソコンの画面を見つめた。

俺は正しいことをしたよな…。
マニュアル通りに相手の相談を受けて、アドバイスして…。

ちゃんと仕事したはずなのに良くない予感がするのはなんでだろう…。

身震いしながらその後も電話を取り続けた。


定時の時間が来て、今日もいっぱい電話取ったな〜と両手を上げて体を伸ばした。

「それじゃ、お先に失礼しまーす」

職場に挨拶して退社する。

さっさと家に帰って風呂入って寝ようと建物の外に出たところで、今日も視界に入るスーツ姿…!

まぁいつも通り見て見ぬふりで〜…と歩いていた。

いつもなら俺が通り過ぎるまでずっと見てくるだけなのに、今日はなぜか俺が帰るために近づいていくと動き出した。


うわっ!動いた!

言うなれば人形が勝手に動いた時みたいな怖さだ。

えっ?えっ?なに、今日は何かあんの?
動いたけど見て見ぬふりをして足を進めると、観音坂さんは俺の前に出てきた。

こうなればもう無視できないじゃないか…。

「…か、観音坂さん…お久しぶりです…」

毎日会ってますけどね、電話もしてますけどね!でも面と向かって話したのは結構前だからね。

「…あ、あの…お仕事お疲れ様…」

ちらりと俺を見て、それから足元を見ながら話す観音坂さんは何だか恥ずかしそうだ。

「ありがとうございます。こんな朝から出勤ですか?早いですね〜」

軽く世間話して終わらせようと愛想笑いで話した。

「…いや…なまえくんに会おうと思って…」

「…そ、うですか…」

「ほんとうは毎日来てたんだけど…、昨日の夜電話で言ってくれたように…俺から話しかけたらって言ってくれたから…」

…………。

いや、まじであの話俺だったわけ…?

いやいや、俺、観音坂さんと付き合ってることになってるわけ…っ?!

「…す、すみません観音坂さん昨日の電話は観音坂さんと付き合ってる方とのお話でしたよね…?」

「はい……。だから…その…名前は伏せてたけど…俺となまえくんの相談で…」

話したかったから…。悩みがないと…あれだから…お悩みってことで…。

とぶつぶついう観音坂さんに俺は自分の耳を疑っていた。

「なまえくんが俺のこと知りたいって言ってくれて…嬉しくて…」

言ってないです、俺はその恋人も観音坂さんのことを知りたいんじゃないですかって話しただけで俺が知りたいとは一言も…!!

ダメだ、観音坂さんが嬉しそうにありがとうなんて言ってる。


なぜか付き合ってる設定になってるのはなんでだろう……。

俺は正しい仕事をしたはずなのに…自分の首を締める形になっていて出来れば6時間前に戻りたかった。

ああ…やばい…、どんどん観音坂さんに侵食されていく…。

PREV |NEXT