( 11/55 )


「みょうじくん、観音坂さん。」

「はいー…」

やっぱり今日もか…観音坂さん。

前回出会った時、俺と付き合っているという理解に苦しむ言い様に俺はやんわりと否定したはずなのになぜか観音坂さんの中では未だ付き合っていることになっているらしい。

そういうわけで毎日の電話は変わらず続いている。

「何かヤバい、危ないよ。」

え?ヤバいって何がヤバいんだと同僚の言葉に首を傾げた。それに観音坂さんが危ないのは前から知っている。

ヘッドセットを整えて転送電話に応答した。

「お待たせいたしました。みょうじです。」

観音坂さんからの電話に慣れつつある自分が怖い。いつものように電話に出ると大体観音坂さんは「なまえくん…こんばんは…」というのが第一声だ。

いつものその言葉が来るかと待っていたのに電話の向こうからは音がしない。


ん?と耳をすませて見たけどやっぱり音がしない。

「観音坂さん…?」

「…………………」

「あの、もしもし…?」

反応がない。どうしたんだろう、と思ったけどマニュアル通りに対応することにした。

「観音坂さん、お電話ありがとうございます。今お話出来ますか…?」

「……………」

…だめだ。そもそも電話の向こうに観音坂さんはいるんだろうか。イタズラとか?いや真面目すぎる観音坂さんのことだしそれはないだろう。

考えられるとしたらいつも寝る状態で電話をかけてくるからほかの電話で出てた俺の応答を待ってたあいだに寝ちゃったとか?

有り得るかもしれない…と考えているとヘッドホンからかさりと音が聞こえた。どうやら電話の向こうにはいるみたいだ。

静かに声のトーンを落として呼びかけた。

「…観音坂さん?どうされました…?」

「……………」

「あの、お電話お切りしてもよろしいですか…?」

そっと言うと、か細い声が聞こえた。

「……きらないで…くだ…さい…」

途切れ途切れで今にも消えてしまいそうな小さい声にいつもの観音坂さんとは違うなと感じた。

「観音坂さん?どうされましたか?」

「…………。」

だんまりか…。最初の一声がかなり小さくて、雰囲気はかなり暗い。

もしかして……これ、ほんとのヤバいやつ…??

俺は神経を集中させて耳をすませた。

「観音坂さん…何かあったんでしょうか…?私で良ければお話聞かせてほしいです。」

「………。」

俺の声を聞いてるはずだろう。それでも観音坂さんは何も話さない。何かあったか分かればまだ話が出来るのに。…マニュアル通りにしてたら拉致があかない。

「………、大丈夫ですか?…いつもの観音坂さんじゃないから…心配です…」

これは本当だ。ただならぬ雰囲気で黙りこくる相手にどうしたんだとならないわけがない。

「…お話し、したくないですか…?」

観音坂さんは答えるだろうか。じっと返答を待つと小さく声が聞こえた。

「……なまえくんの…こえが…聞きたいです…」

返ってきた!言葉のキャッチボールをする気はあるんだと俺は少し安心した。

「…ありがとうございます。僕も観音坂さんとお話ししたいですよ。お話、聞きたいです。」

よしよし、ここは相手に同調して話さえ聞き出せれば…。

「……今日……」

「はい」

「……会社で…トラブルがあって……」

「はい」

「……しにたくなって…なんで…生きてるんだろうって……」

ああ、やばい。これやばいやつじゃないか??
割としつこいし割と図太い人だから観音坂さんって結構メンタル強いのかと思ってたけどやっぱ最初の印象通りヤバめなリーマンだ……。

「観音坂さん…辛い時は辛いって言ってください。僕が全部聞きますから。」

「……………。」

ううーん…大丈夫かな…なんか暗い部屋で一人携帯片手にうずくまってるのが想像できる…。

「………いなくなりたい…………」

やばい!!やばいいぃぃぃーー。

ああー、どうしよう。こういう時は慎重な対応が求められる。

こういう時、顔が見えないのは不利だ。顔を見てそばで聞いて話せるならまだ…。

「いなくなりたいなんてそんな悲しいこと…」

「……生きてても…俺は…存在価値がないので……」

あああっ、超ネガティブすぎる!

「か、観音坂さん、今日あったことは確かに辛いことかもしれませんが、また明日が…っ」


「…俺に明日なんて…ない……。…人生の最後に…なまえくんのこえが聞けるなら…それで…しあわせ…です…」

どんどん言葉尻が弱まっていく観音坂さんに俺はやばいと感じた。
もう…どんなことでもいいから観音坂さんを止める方法は、と考えた。
電話だと声しか聞こえない。でも顔を見て話せば……



「………っ、観音坂さん、…あの、会ってお話…できますか?」

できればもう接触は避けたいと思っていたけどこんな状態だとそんなこと言ってられない。幾度となく顔を見たことはあるし(仕事帰りに強制的に視界に入ってくるから。)まだ話しやすいかもしれない。思いの内を話してくれるかもしれない。


「……なまえくん……。会って…くれるんですか……」

ぼそりと漏らした観音坂さんの声を聞き取ってモニターの前でこくりと頷いた。

「…はい、観音坂さんがよければ……」

「………会い…たいです…」


今にも消えてしまいそうな声は俺の不安を掻き立てた。

PREV |NEXT