( 18/55 )


独歩side

なまえくんがここを出ていくと言った。

目の前にいる風呂上がりのなまえくんは髪を濡らして頬はほんのりと赤くていい匂いがした。
机に座って話をし始めた時から、何となく分かっていた。でも、いざなまえくんの口からその言葉を聞くと俺は時が止まったように頭が真っ白になった。

両膝に置いていた手を握りしめて、必死になって耐えた。嘘だ、嘘だ、嘘だ、俺の幻聴だ、なまえくんはそんなこと言わない。

握りしめた手は白くなっていた。

嘘だ、嘘だ、「働いて収入得て…独歩さんから離れるとかそういうのじゃなくて、近くに!近くに住めばいつでも会えるし、」出ていくんだろう…?ここから出ていくつもりなんだろう…??

嫌だ…、嫌だ…嫌だ嫌だ嫌だ、嫌だ!!

どうして?なんで?俺が無理やりここに閉じ込めたから?
俺が嫌いになった?いや、最初から俺なんて好きじゃなかった?

こんな陰湿な俺みたいな奴に捕まって嫌だった?

ああ、これは罰なのか?俺のしたいようにした罰なのか?俺のせいなのか?

そうなのか?全部全部俺のせい?今まで上手くいかないことも俺のせい、これも、なまえくんのことも俺のせい?

俺のせい…俺のせい…どうしたら…どうしたら…なまえくんがここにいてくれる…?ずっと俺の隣で寝てくれる…?

どうしたら……。

なまえくんが必死な顔で俺を呼びかけている。でも、なまえくんの声は耳に入ってこなかった。

「俺のせい、全部俺のせいなんだ。俺が悪いんだ…」

喉から絞り出される自分の声が耳に入る。その言葉がまた俺をどんどん底なし沼に沈めていく。

息が出来ない、辛い、なんで、なんで…どうしたら…。

………ヒプノシスマイク…。

頭に一瞬、携帯の形をした自分のヒプノシスマイクが浮かんだ。今自分のポケットに手をやれば、…それを使えばなまえくんは…。

手がそろりと動いた。ポケットに向かってゆっくりと。

その時寂雷先生の声が頭に響いた。

『独歩くん、このヒプノシスマイクで、世界を変えよう。これは人を救うために使うんだ。戦うために。』

人を救うため…、戦うため…。私利私欲のためじゃない……。

一瞬でもそんな私欲のために使ってしまおうかと考えた自分に一気に情けなくなって項垂れた。

どうしたら、どうしたらなまえくんを…。

辛い、辛い、嘘だと言ってくれ、こんなこと聞きたくない、なまえくんの笑い声が聞きたい、なまえくんの…。

「ど、独歩さん…!独歩さん!大丈夫ですか?!」

頭を抱える俺になまえくんが立ち上がって傍に来た。

「………ど、独歩さん、さっきの話は忘れてください…。俺はここから…出ていきません…。」

「………本当?ずっとここにいる?」

「…はい、独歩さんが…そう望むなら…。」

「いて…。ここにいてほしい…。どこにも、どこにも行かないでほしい。」

「………は、い…。」

なまえくんの目を見た。椅子に座る俺と同じ目線でその目は綺麗だった。

俺だけ、俺だけが映ってる。

…ずっと独りだったんだ…。一二三が友達になってくれるまで…。今まで上手くいかないことは全部俺のせいにされたけど…、一二三は俺のこと、よく頑張ってるっていつも言ってくれた…。だから…いつも頑張ってる独歩は欲張っていいんだ、って、ほしいものがあるならほしいって言えって…。ご褒美をあげるから、って…。

ほしいものがやっと出来たんだ…、一二三が見つけてくれたんだ。

絶対に…ここから出ていかないように…。

「わ、、ど、独歩さん…!」

なまえくんの手を引いて自分の部屋に連れ込んだ。

部屋の照明もつけずに、暗い中でなまえくんが洗って干してくれたシーツの上になまえくんを寝かせた。
自分もいつものようになまえくんの隣に入り込む。

「ここから出ていかないよね…」

「は、はい…。」

「……。」

「…ね、寝ますか…?」

「……。」

「…おやすみなさい…独歩さん…」

俺は眠れなかった。なまえくんが俺の寝ている間にこの俺の隣からいなくなってるんじゃないかと思うと怖くて怖くて目を閉じても眠れなくてずっとなまえくんの頭を見つめていた。


***




「やぁ、独歩くん今日はどうしたのかな?」

「先生…あの…眠れないんです…」

「…最近よく眠れると言っていたが…、また眠れなくなったのかい?」

「はい…」

「そうか。何か不安になって眠れないのかい?」

「はい…」

「それは何か、私に教えてくれることはできるかな。」

「…はい…。人が…消えてしまうのが怖いんです…」

「人…?それは誰かな、一二三くんのことかい…?」

「いいえ…違います。…今は消えないように閉じ込めています…。でも、俺がこうしているうちにも外に!出ているかも…っ!」

俺は先生に話したかった。でも話せなかった。言ってしまったら、なまえくんを取り上げられる気がしたから。

先生は大きな心配のせいで眠れないんだろう、と言った。結局、睡眠薬を貰って帰った。袋の中では瓶に入った薬がジャラジャラと音を立てている…。




これをなまえくんと二人で飲んだら…いい夢見れるだろうか…。

PREV |NEXT