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朝起きたら、身動きができなくなっていた。

縛られた手足、口にはタオルを入れられてベッドの上に放置されていた。

……多分独歩さんだろうなぁ。


「…っ、ふっ、んー、んーっ、」

これじゃ呼ぶこともできない。頭を動かして時計を確認した。もう独歩さんは仕事に行っている時間だ。

もしかして…1日中このままなのか?と青ざめた。

暫くどうにか縛られた手足を外せないかともがいてみたもののだめだった。

諦めて体から力を抜いた。
もしかして、いやきっと昨日ここから出る話をしたからか…。

ああ、伝え方が不味かったかな…もうちょっと良い伝え方とかあっただろうかと昨日の独歩さんを思い出していた。

「おーい、なまえ〜〜。まだ寝てんのかよ〜飯食う?」

一二三さんだ!!

「んー!っ!ん!」

タオルのせいで言葉が出ない。

「なまえ〜…?」

いつもならリビングにいるはずの俺がいないから一二三さんが気にかけてくれたんだろう。

もしかしたら、気づいてくれるかも…。

「いるのか〜?入るぞ〜?」

やった…!カチャリと扉があいて一二三さんが顔を覗かせた。

ばっちり、ベッドに横たわって手足を縛られている俺と目が合った。

「……あ〜…。」

俺を見て、あちゃちゃというような顔をして一二三さんは俺のところまできて屈んだ。

「なまえ〜、独歩に言ったんだろ。出ていくって。」

「んー、ん、ー」

俺はこくこくと頷いた。

「だぁかぁらぁ〜、俺っちの忠告を聞いとけばよかったのにー!俺っち言っただろー?言うな、って。」

ああ、言ったよ。言われたけど、希望を期待したっていいじゃないか。はぁ、と脱力して頭をぽすりと落とした。

「まぁー…独歩もこれはやりすぎだなー。っつってもあいつに言っても無理だろうけど…。」

「んーー、」

「え?外してほしい?ん〜でもこれ取ったら俺っちが怒られるしなぁ…」

頼むから外してほしいと懇願するような目で一二三さんを見た。

「……はぁ、独歩が帰ってきたらちゃんと話しないとまたこうなるぞ〜?」

そう言って一二三さんは口のタオルを取ってくれた。

「…ごほっ、うぇ…。あ、りがと、ございます…。」

「…なー、なまえ。独歩のこときらい?」

「え…?…き、らいじゃ…ありませんよ。」

本心だ。嫌いかと言われると嫌いではない。自分に好意を持ってくれているし、独歩さん自体は優しい人だと思うんだ。一二三さんとの会話を聞いていてもそう思う。人のためを思って言ったり、動いたり、そういう優しいところもあるから俺は少し可笑しいところもあるけど独歩さんを嫌いにはなれなかった。

「ならさぁー、好きになってあげてよ。」

「……好きに…。」

それは恋愛対象として、ということだろうか。多分そうなんだろう。好き、ってなろうとしてなれるものじゃないって一二三さんも分かってるはずだろうに…。

「それは…」

「じゃないと、なまえいつか独歩に殺されるぞ。」

「…っ。」

「大袈裟かもしんねーけど。ほんと、可能性はゼロじゃないから。」

一二三さんの真っ直ぐな目が痛かった。好きに、ならないと殺されるって、どういうことだよ。と思うけど、独歩さんなら有り得るかもしれない…と想像できる自分もいた。

「俺っちの親友、独歩だけだからー。独歩には道を踏み外さないでほしいわけだ。」

「……それは俺も…そう…思いますけど…」

「だろー?包丁持った独歩に迫られたくないだろー?」

ケラケラと笑いながら言う一二三さんに俺は笑えなかった。

「だから、な!」

だから、って!と思いつつ、手足も全部外してくれた一二三さんにお礼を言った。

「…独歩さんと話してみます。」

帰ってきたら、話をする。それを聞いて一二三さんはうんうん、そうしろ!と笑って出ていった。

ずっと縛られていた手首が痛くて、軋んだ。


***


夕飯の準備をしていると、ガチャりと玄関から音がした。

火を切って、すぐに玄関に向かった。

「ど、独歩さん、おかえりなさい…」

何故か手にはお玉を持ったまま迎えに来た俺にスーツ姿の独歩さんは目を開いた。

それから目を伏せて小さく言った。

「…一二三?」

「…あ…まぁ…トイレとか…行きたかったし…」

俺が自由に動けているのは一二三さんがやったのか、ということだろう。
独歩さんの手にはビニール袋が持たれていた。瓶の中には錠剤薬のようなものがジャラジャラと入っていた。

「…あっ、ご飯すぐ出来ますよ、食べますか?」

無理やり笑ってお玉を持ち上げながら話しかけた。

キッチンに戻ろうと踵を返そうとしたけど、瓶が床に落ちる音とカバンがバサリと落ちる音が聞こえて俺は天井を見上げていた。

独歩さんに押されて床に倒れたのだ。

スーツ姿の独歩さんが、俺の上に跨って俺を見下ろしている。お玉は手から離れて床の上でカラン、と音を立てた。

独歩さんは前のめりに俺の首に手を這わせた。
独歩さんがいつも掛けている首掛けのカードケースが垂れて俺の腹の上に乗った。

「……、逃げるの?ここから出るの…」

ぶつぶつと言う独歩さんに俺は目を見開いて見上げたけど俺の目と合うことはない。独歩さんは自分が手をかけている俺の首に目を向けていた。

冷たい指が首に力をかけるのがわかった。
一二三さんの言葉が頭に浮かんだ。『なまえいつか独歩に殺されるぞ』…。

圧迫されて頭に血が昇る感覚。咄嗟に独歩さんの頬に手をやった。

「ど、っぽさん…い、たいよ…」

やめてほしいな、と思うと生理的に目から涙が出た。

それを見て独歩さんははっとしたように手を離した。

震えて自分の両手を怯えるように見ている。

ああ、ダメだ。多分独歩さんのことだから俺のせいだ、って始まってしまうだろう。

「あ、ああ…。っ、なまえ、くんを…っ、俺…何して…っ、あ…」

上体を起こして独歩さんの腕に触れた。

「独歩さん…俺はここから出ないです…逃げませんから…。」

「…俺…なまえくんに…ひ、ひどいことを…っ、き、嫌われる、…俺のせいだ…、何して…、俺の」

「独歩さん…っ、独歩さん悪くないですから…っ」

それでもぶつぶつと止まらない独り言にどうしたら止められるだろうと考えた。
物理的に、これなら、と独歩さんの僅かに動くその唇に自分の唇を押し当てた。

「俺のせ、…っ」

人にキスをするのも初めてなんだけどな。
独歩さんの口の動きが止まったのを確認して離した。

「…独歩さん悪くないですよ…。嫌いになってませんよ…。」

独歩さんの目を見てそう言うと、独歩さんはやっと俺の目を見た。

その目に段々と光が戻るのを見て俺は安心した。

「独歩さんおかえりなさい。」

とにかく自分が生きていることにほっとした。

床に転がる錠剤入の瓶が一二三さんの『いつか殺される』という言葉の信憑性を高める。

何も包丁だけじゃない。薬で、紐で、細くて長い指でで、俺をこの場に縛りつけようとするだろう。

俺には残された選択肢は一つしかない。
手には独歩さんを好きになるというカードのみ。

「なまえくん…どこにも…いかないよね…」

不安そうに、半ば何かを諦めたような仄暗い目元に指を這わす。

「…どこにも行きませんよ。独歩さんの傍にいますから…」

ああ、言ってしまった。

これでもう完全に俺の首は独歩さんの物になってしまった。
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