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「うう…」

猛烈に二度寝したい。

うっすら目を開けると部屋の締め切ったカーテンから外の光が部屋に差し込んできている。

時計を見ると夕方。

起きないと…。

布団から這いずり出て、ボロい部屋の洗面所に向かった。

顔を洗ってタオルで拭く。今日は遅番だ。ゆっくり出ても問題ない。

ぼーっとしながら昨日コンビニで買った弁当を食べて、空になったプラスチックの入れ物をゴミ袋の中に入れ込んだ。

毎日、何も変わらない。昼夜逆転した生活の中で生活するために起きて働き、寝て起きて働く。

歯磨きをして、適当に服を選んだ。一二三さんによくダサいと言われる格好だけど俺は別に気にしてない。

どうせ誰も気にしない。パーカーを羽織って玄関に向かった。

外に出るともうじき日が沈みそうだった。夜の歌舞伎町に向けて俺は歩き出した。



***


夜の時間は賑やかだ。
行き交う人々の中を縫って歩きながら、勤務先である店を目指す。

ブランドスーツを来た若者、ドレスを着て髪を上げたキャバ嬢、すれ違いざまに匂う香水の香り。

遅番の時だけ、この空気に揉まれる。

俯いてもくもくと足を進めていると、明るい声がすぐ近くで聞こえた。

「ねぇねぇ、おにーさんっ」

「……ぇ…」

ちらりと振り向くと少し小柄なドレスを来た女の子が俺に話しかけていた。見ただけでどこかの店の子だろうと分かる。

「ちょっとお喋りしていかないっ?今なら大サービスしちゃうよ〜」

「いや…」

腕をそっと掴まれて見上げられる。いつもの出勤時間ならこんなことないのに、この時間だと皆、客を捕まえようとするからこんなこともある。

目を逸らして断ろうとしていると、女の子の腕を掴む手があった。

誰だろうと見上げる前に耳に聞こえた声で誰だか分かった。

「ごめんね、うちのボーイなんだ」

ぐいと引っ張られて一二三さんに寄りかかってしまった。

「…一二三さん…」

いきなり腰に回された手に少しびくりとする。

「あっ、一二三〜!」

一二三さんに気づいた女の子は甘えるような声で一二三さんにうちの店に来ないかと誘いをかけていた。

「この子を連れて帰らないといけないからごめんね。また遊びに来てね子猫ちゃん♪」

ジャケットを着て完全にホストモードの一二三さんを間近で見ると、やっぱりいつもの一二三さんと全然違うなと思った。

「も〜っ、一二三のためにこうやって稼いでるんだからねぇっ!」

ホストに貢ぐために稼ぐキャバ嬢なんて普通にいる。女性をここまでにしてしまうほど人気な一二三さんもすごい。

また行くからねと言って女の子が去っていった。

俺は一二三さんにぺこりと頭を下げた。

「…お疲れ様です…」

「見送りで外に出てたら、なまえくんが見えたからさ。悪い虫がつかないように、ね。」

「虫…?…まぁ、今日は遅番なんで…」

「ああ、店長から聞いていたよ。出勤してもなまえくんがいないから寂しかったなぁ。」

「……嘘でしょう。いつもみたいに俺を見てもダサいダサいって笑いたかっただけじゃないですか…」

「あはは、そんなことないさ。可愛いなまえくんに会えないと元気がなくなるんだ」

人が聞いて恥ずかしくなるようなこともさらっと言ってしまい、尚且つそんな言葉も似合ってしまうからこの人は怖い。

「…俺に営業モードはやめてくださいよ…」

「嘘じゃないよ?僕は本当にそう思ってるんだ。さぁ、なまえくん店に行こうか。」

一二三さんは俺の腰に手をかけたまま歩き出した。

「ちょ…」

しかも腰に回っている手がそわりと、横からお尻にかけて撫でるような動きに少しだけドキッとした。

でもいつもスキンシップの激しい一二三さんだし、ただ手が動いただけだろうと何も言わず俺は黙ってすでに視界に入っている店まで歩いた。


一二三さんとは別に裏から店に入って黒服の制服を着替える。

「なまえ、おはよー。今日、フードの方入ってくれる?」

「あ、はい…」

先輩ボーイに言われて今日はフード担当としてキッチンに入った。

いつも通り、来た注文の品を淡々と作っていると少し時間に余裕がある時に先輩ボーイに話しかけられた。

「なぁ、なまえ彼女とかいんの?」

「…いないです。」

「うん、そう思った。お前はここらへんに染まらなさそうだもんなぁ」

「…ここらへん?」

「聞いてくれよ。営業前のミーティング終わったあとにさ、皆で雑談して彼女とデート行くならどこに連れていくかっていう話をしてたんだよ。」

「はぁ…」

「まぁキャストの方は皆、女性を楽しませる方法知ってるわけじゃん?色々出てさ〜まじ面白かったわ」

先輩の思い出し笑いにどう返答したらいいか考えた。

「そうそう、それで意外だったのが一二三はプラネタリウムとか水族館に連れていきたいって言ってたわけ。他の奴らはカラオケとか、そのままホテルとか言い出すやつも、いたけどさ〜、一二三のそれ本命じゃん!みたいな話で盛り上がったわけ。」

「へぇ…」

「なまえがいたらまた面白い答え聞けただろうなーって思って。」

「…特に思いつきません…」

「うん、そうだろうな。なまえはそういうの興味ないって思ってたよ」

「…あ…でも水族館はいってみたいです…」

「…なまえにも行きたいところとかあるんだな?!」

なまえの新しい一面を垣間見えた気がする、なんて先輩がケラケラ笑っていた。水族館は少しだけ行ってみたい。最近の水族館はすごいとネットで見たことがあるから。

趣味や娯楽に費やす金もないからあくまで行ってみたいなあとぼんやり思うだけだけど。

先輩と話終わったあと、いつも通り営業を終えて一人片付けを始めた。

フロアやスタッフルームの掃除をもくもくとしているとドアが開いて一二三さんが入ってきた。

「…一二三さん、まだ残ってたんですか」

「おっつかれぇ〜っ。なんだよー、俺っちせっかくなまえを待ってやってるって言うのに?そういう言い方?良くないよなぁー」

「……待たなくても大丈夫ですけど…」

一旦止めていた手を動かして、また掃除を開始した。

「なぁ、なまえ〜」

「何ですか…」

スタッフルームの机や椅子を拭きながら、声だけで会話する。

「水族館、いこ。」

「……………。」

動かしていた手を止めて一二三さんを見た。

…なぜ俺…?

「…俺、ですか…?」

「うん、なまえ。」

真っ直ぐ笑顔を向けられて俺は手を止めたまま考えた。

水族館の入館料って何円だ…。ていうかどこの水族館…、そもそも男二人で水族館って普通なのか…。

「…あの…遠慮しときます…」

「えっ?!なんでっ?!」

断った俺に対して、一二三さんは俺が断ると思ってなかったのかかなり驚いていた。

「…色々と…苦しいので…」

金銭面的に。あと周りの目。一二三さんと並んでたら嫌でも視線が来る。比較の視線が…。

「何が?!何が苦しいんだよ〜!」

「…色々と…」

「じゃあ、いい。迎えに行くから。明後日オフっしょ?迎えに行くから。準備しといて。寝てたら俺っち叩き起すから。」

「え…。」

頬を膨らます一二三さんはなぜか俺の家に迎えに来ると言ってきた。

行きませんからね…と言ってその話はそのまま終わった。

一二三さんは俺の言葉をちゃんと聞いていたはずなので、行かないということは伝わっていたはずだ。

なのに…




「おっは〜。なまえ、水族館。行くぞ☆」

「…一二三さん…」

2日後、寝癖がついた頭で玄関を開けると一二三さんが本当に迎えに来ていた。

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