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「一二三さん…何時だと思ってるんですか…」

「9時っしょ?」

俺の住むボロアパートに似つかわしくない姿で玄関に立つ一二三さんに頭が痛くなった。

「さっき店で別れたばかりじゃないですか…」

「さっきっつっても2時くらいじゃん?家帰っても寝る時間あったろ?」

「……オフの日くらい寝たいです…」

いつも寝てるだろ〜、なんてカラカラ笑って一二三さんは俺の部屋の中に入ってきた。

「ほら、なまえーはーやーくー。支度しろって。水族館。行くんだから」

「…あれ本気だったんですか…」

「あったり前じゃん!俺っち嘘つくことないし!」


それより早く〜と背中を押す一二三さんに俺はため息を吐きながら逃げる術はなさそうだと悟った。

男同士で水族館?俺なんかと行って楽しいんだろうかと疑問は残るけど一二三さんがあまりに急かすもんだから俺は渋々自分の服を取り出した。

「え、なまえまさかこれ来てくつもり?」

「…そうですけど…」

「ダサっ!!」

想定内の返事だ。吹き出した一二三さんを横目に俺はその服を持って一二三さんから見えない位置に動いた。

俺の部屋は狭いから脱衣所とかない。だから物陰で着替えるしかない。

着ているTシャツを脱いだところで一二三さんがひょい、と顔を出して覗いてきた。

「…何ですか」

「ん〜〜?なんでもなーい♪」

一二三さんは鼻歌を歌いながらいつも以上にテンションが高い。

何か嬉しいことがあったんだろうか…と考えながら全部着替え終わって一二三さんのところへ戻った。

「俺っちはこの服の方がいいと思うんだけどさ、これ。」

一二三さんの手にあるのは押し入れに閉まっておいた一二三さんからもらった服だった。

着こなし方がよく分からないから結局1度も着ていない黒のカットソーだ。

「…何か俺が来たら変なことになるんで…」

「えー、他にもこれとかこれとかさぁ俺っちがあげたやつ〜!」

勝手に人の押し入れ見ないでくださいよ、なんて言う前に俺の服は全て見られている。

「ん〜…でもやっぱそれで行こ。なまえが普通になったら良くないからな。うん。そーしよ。」

ぽん、と納得したように一人で解決した一二三さんに俺は一瞥しただけだった。

「よっし!準備おっけーっ?」

「……まぁ…」

「そんじゃ、行こ〜っ!」

俺の手を引いて部屋を出た一二三さんは今日もばっちり決めた格好をしている。ホストの時とは違う私服だけど、一二三さんはいつも服を着こなしていて自分の魅せ方がわかっているみたいだ。

仕事終わりの暗い時間帯に2人で並んで歩くことはあれど、明るい日中にこうしてどこかに遊びに行くなんてなくて、いつもと違う光景に少しドキドキする。

一二三さんに連れて行かれるとはいえ、水族館は行ってみたかったからわくわく感も芽生えた。

車で少し離れた水族館にやってきて、大きなその水族館の入口は一種のテーマパークみたいな感じで心が踊った。

「…ぷっ、なまえにやけてんぞぉ〜」

水族館の大きな入口を見上げて感心していた俺に一二三さんが頬をつついてきた。

「…にやけてません。」

頬が緩んだ気は全くなかったのに変なことを言う人だと入館受付のところまで行く。

大人一人1700円か…。財布を出していると横でありがとうございましたという声が聞こえてちらりと見ると一二三さんがチケットを2枚持っていて1枚を俺に渡してきた。

「え…あ、すみません。お金…」

お金を財布から出そうとすれば一二三さんの手がそれを止めた。

「いーって。俺っちが誘ったんだし、デートじゃん?俺っちに奢らせて♪」

「……ありがとうございます…」

デート?のところに引っかかったけど素直にお礼を言うと一二三さんはうんうんと頷いて俺の手を取った。

「一二三さん、手…」

「暗くなるし?なまえ、迷子になったらやばいじゃん?」

「大丈夫ですよ…」

「ううん、大丈夫じゃないから俺っちが手繋いどく♪」

いつもの一二三さんワールドに連れ込まれたみたいに俺の話は聞いてもらえない。

仕方ない、お金も払ってもらってるしと諦めて繋がれた手はそのままにしておいた。

館内に入ると薄暗い中で色んな水槽がライトアップされていた。1番初めにトンネルのような水槽をくぐっていく。横にも上にも下にも魚達が水をきるように泳ぐ姿に少し興奮した。

今どきの水族館ってこんなになってるんだ…すごいな…。うわぁ…俺の足の下に魚がいる…。

下を見ながら見ながら歩いていると一二三さんがくすくす笑っていた。

「…何ですか。」

「なーんにも♪可愛いなぁーって」

女性客に言うならまだしも俺に言っても金も何も出ないですよ…とぼそりと言えば、にひひと笑いながらそんなの要らないもんという一二三さん。

せっかくの休日に仕事場の男を連れて水族館なんて物好きな人だ…。

確か…黒服ボーイの先輩が言っていたのを思い出した。一二三さんは彼女を水族館とかプラネタリウムに連れていきたいと言っていた、と。

彼女とか連れてくるんだろうかと考えたけど、次に来た壁一面の大きな水槽にそんな考えは吹き飛んだ。

ふよふよ浮いているクラゲゾーンや、サメ、動きのはやい魚達、ペンギンやカワウソまでいた。

見るもの全てに心の中で感嘆して、水族館来れてよかったなぁと思っていた。

たまに横でカシャリと音がするから一二三さんも魚を撮って楽しんでいたと思う。

俺はそんな一二三さんを気にする余裕もないくらい水族館に魅入っていた。

一通り見終わって水族館の中に入っているグッズショップに入った。

「あっ、なまえこれいいんじゃねっ?」

一二三さんが手にしているのはカワウソの耳をモチーフにしたかぶりものだった。猫耳みたいなやつだ。

「…買っても使い道がな、…何してんですか…」

俺の頭にカワウソの耳をつけてきた一二三さんは笑いながら携帯でカシャカシャ撮ってきた。

「ダサ可愛い!これ買いっしょ!」

「買いませんよ…」

カワウソの耳を外して元の売り場に戻した。え〜これつけてオネダリしてほしいな〜なんてボヤく一二三さんに何をオネダリするんだとか冷静に考えたけど面倒くさそうなのでやめた。

結局俺は何も買わず店を出た。一二三さんは同居している幼なじみにお土産を買うと言って色々買っていた。

2人で休憩がてらテラスカフェに入る。

メニューを見るとどれも美味しそうなものばかりで俺は腹が鳴りそうだった。

俺はオムライスを頼んで一二三さんはパスタを頼んでいた。デザートなんかも美味しそうでせっかく来たんだしもう来ることないだろうからと奮発して頼んでしまった。美味しいし、水族館ならではの魚の形をしたオムライスとか、貝殻の形で切り抜いた人参とか小さなところが可愛くて内心テンションが上がった。

お腹いっぱい食べたあと会計しようとすると、一二三さんはもう済ませたからと言ってレジを通ることなく外に出ることになった。

ご飯まで奢ってもらって悪いな、俺デザート頼んじゃったし…と申し訳なくなった。

帰りの車の中で一二三さんに言った。

「一二三さん、ご飯まで悪いですよ…」

「なぁに言ってんだよ〜俺っちが払うのは当たり前じゃん?つーかぁ、今日楽しかった?」

「……はい…。楽しかったです…」

俺の言葉を聞いて一二三さんは嬉しそうに笑っていた。

「ほい、これ。」

俺の膝上に乗せられた袋に首を傾げた。

「何ですかこれ。」

「開けてみて♪」

袋を開けて中身を見た。ショップで一二三さんにダサ可愛いと言われたカワウソの耳だった。

「…何でここに…」

「なまえにプレゼント!あっ、これつけてボーイするのもいいかも〜」

使い道がないけど、せっかくプレゼントされたものだから俺はお礼を言うことにした。

「……ありがとうございます…」

俺は何も買わなかったから唯一の水族館の思い出のものだ。

「んーん、なまえが楽しかったらそれでよしっ。」

「…一二三さんは楽しかったですか?…彼女とか…そういう人と一緒に来たかったんじゃ…」

「…来れたじゃん?だから嬉しいし。めっちゃ楽しかった。いっぱい写真撮れたし」

来れた…?どういう意味か分からないけど魚とか見れて写真取れて楽しかったってことだろうか。

「そうですか…」

「でさぁ、この後なんだけど〜…」

「はい…」

オフ日だから明日の夜まで自由だ。

「なまえんちに、お泊まりとかどうっ?♪」

お泊まり…?一二三さんが…?
まず俺のボロアパートに人が泊まれるスペースはない。

「……結構です。」

「え〜なんでっ?ここまで来たらお泊まりじゃんっ?!」

いや、むしろなんでここまで来てお泊まりなんですか…。と俺は密かに思った。

水族館は綺麗で色んな魚達がいて楽しかった。久しぶりに遊びに行ったなぁと満足した気持ちになった。

一二三さんはちゃんと俺の家まで送り届けてくれた。

「ありがとうございました…。じゃあ…また明日…」

降りた車から離れようとする俺に後ろから声がかけられた。

「…〜っなまえ!」

「…はい?」

「やっぱ泊まりたい!」

「え……?」

「お泊まりする!」

「ええ……?」

…結局、一二三さんの押しに負けて一二三さんは俺のボロアパートに泊まった。
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