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なまえと初めて会ったのは桜が咲くにはまだ早く、少し肌寒い春前だった。
店に出勤したら、店長から呼び止められて新しいボーイが入ると告げられた。
「明日から新しいボーイを雇おうと思ってな。」
「へ〜、そうなんっすね〜!」
「ちょっと他の皆とは違うところがあるけど真面目な奴だから。一応表には出さずにキッチンとか中だけでやってもらう予定。一二三はうちの顔だし、たまに気にかけてやってくれ。じゃ、そういうことで」
「りょーかいでっすっス!」
へぇ、新人ボーイか…。しかもキッチンスタッフの仕事しかしない…?ボーイは皆、表に出て給仕やキャストの入れ替えとかしてるのに…。どんな奴が来るんだろ?
くらいにしか考えてなかった。
翌日ミーティングで紹介されたのは長い前髪に猫背でボソボソと喋る姿、俯いた顔。
店長の言う意味が一発でわかった。
「…みょうじなまえです…。よろしくお願いします…。」
多分皆、こいつ本当にここでやっていけるんだろうか?って思ったと思う。
俺っちも実際思ったし。
「よし、じゃあまずはみょうじはボーイの仕事について教えてもらって、他はいつも通りで。今日もよろしく」
おねがいしまーすと口々に揃えて解散していく中で、先輩ボーイに話しかけられてさらに俯くみょうじなまえクン。
あれは…人見知りのレベルを超えてるっていうか…。
あとで声かけてみよ〜っと。
そうこうしていると開店前にちょうどみょうじなまえクンが1人の時を見かけて後ろからポンッ、と叩いてみた。
「よーっす!俺っち、この店のナンバーワンの伊弉冉一二三でっす!ひふみんって呼んでね☆」
顔をのぞき込むように挨拶するとビクッと震えて後退りされた。
「みょうじ、なまえだったよなぁ〜。じゃあ俺っちはなまえ!って呼ぶことにする!」
肩を組んで話しかけると何か言いたそうに口を動かしたけど何も発することなく俯いた。
多分俺っちみたいなテンション高い系はさらに苦手なんだろうな〜って言うのが見て取れた。
「…もしかしてさぁ、なまえって人と話すの苦手?」
「…はい…。」
「何でボーイの仕事しようと思ったわけ〜?」
「……求人のチラシみて…高かったから…」
「…ぶふっ!!マジかよっ!ボーイなんて俺たちほどではないにしろ、お客様と話すことあるのに?」
「……店長が…中の仕事だけでいいって言ってくれたので…」
黒服に身を包んだなまえは細っこかった。
「ふーん。まっ、忙しいけどよろしく!じゃ、俺っち出陣しまーっす!」
ジャケットを羽織ってお姫様たちが待つ夜の世界へ歩きながらふと、独歩を思い出した。
なまえと話して誰かとどことなく似てると思ったら…。一緒に暮らしてる独歩だ。
ああ、あいつと似てるんだ。目を合わせようとしない話し方とか、俯きがちなところとか。
でも独歩とはまた違う。無愛想でいて、寡黙な感じ。
人の事を言える立場じゃないけど、こんなところに珍しいなぁなんて思いながらお出迎えに備えた。
***
それから毎日なまえに声をかけた。
ホストクラブでは有り得ないようなコミュニケーションが苦手というところが、自分と重なったから。
俺っちも人のことは言えない。女性が苦手なのに女性を相手する仕事についてるんだから。
それを話すとなまえは顔に出さないけど驚いているようだった。
「俺っちは女性が苦手なんだよなぁ〜」
「…そうなんですか…?…でもお客さんが来てる時はそんな風には……」
「あれはジャケット着てるから。あれ着るとホストモードになれんの」
「…すごいですね…」
「まぁ、結局本当の意味では克服できてないけどさぁ…。」
「…それでもすごいと思います…。俺は…そんな風に変わることはできないので…」
「…こーやって俺っちと話せるようになったじゃん?なまえだって進歩してるじゃん。」
「それは…一二三さんが話しかけてくるからで…他の人は…会話も続きませんし…」
「だいじょーぶだいじょーぶ!俺っちがなまえにアドバイスあげるし!まずはダサい服!あとこの髪!」
この髪切れよ〜ともさもさの髪をわしゃわしゃするとこれが落ち着くので…なんてツボること言ってきた。
こうやって触ってもビクつかなくなったのは進歩だと思う。
ほっぺたをみょんみょん伸ばして遊んでも無表情で呆れるだけで触ることに対して抵抗はなくなってきたと思う。
すごい、俺っち。
全く人間に懐かない動物を飼い慣らしたような感じで少し嬉しかった。
なまえは時間が経つと段々と俺以外のキャストやボーイとも話せるようになってきた。
仕事は本当に真面目にやるし、寡黙で根暗なところを除いては皆に評価されてきている。
それはなまえにとっても、いいことだと思う。
けど毎日かまってる俺っちとしては、せっかく懐いたツンドラ猫が他の人間に懐いちゃうんじゃないかってちょっと危機感を覚えていた。
俺っちにだけ懐いてればいいのに。
そんな気持ちが生まれてしまった。
ダサくて根暗ななまえは俺っちにだけ懐いて、俺っちだけから可愛がってもらえればいいのに。
営業が終わって皆帰った店内で掃除するなまえに近づいた。
「なまえ〜、最近よく話すようになったらしいじゃん?」
うりゃうりゃと脇腹をつつくと、やめてくださいよ…と言葉だけの抵抗をする。
「…まぁ…割と…話せるようになったっていうか…余裕がある時とかは先輩方と雑談とか…」
「ふぅーん。最初はあんなにキョドってたのにな〜」
「……あれは…一二三さんのノリが…」
「えー!まさか俺っちと話してるの本当は嫌だったとかっ?!」
「…いや…。…一二三さんと話してると…楽しいですよ…たくさん話してくれるし…。」
伏し目がちに答えたなまえの答えは予想していなくて、俺は息を飲んだ。
「なぁ…それって俺っちだけ?」
「…?…まぁ、俺とこれだけ話すのなんて…一二三さんしかいませんし…」
俺っちしかいない…。
この言葉に胸が熱くなった。俺っちだけがなまえの中にいればいい。
構い倒して俺っちだけに懐けばいいのにと思った気持ちはいつしか大きな大きな別の気持ちに変わっていった。もっと笑った顔、喜んだ顔、驚いた顔、悲しそうな顔が見たい。怒った顔も見てみたい。
初めて会った日から4つの季節を経て、俺はついになまえが好きなんだというところまで来てしまった。
ダサくて根暗なボーイに禁断の恋をしてしまった俺っちは毎日が楽しくて仕方がない。
「なまえー!おっはー!なんだよぉ〜今日も暗いな!ほら、笑えって〜」
むにりとなまえのほっぺたを掴む。
このダサ可愛いなまえをいつかお嫁さんにしたい。それが密かな俺っちの夢♪
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