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「おつかれーなまえーお先ー」
「お疲れ様でした…」
仕事が終わりクラブから出ていくキャストや店長たち。
フロントやクラブ内に出ないかわりに、キッチンや掃除、中の仕事をさせてもらっている俺はいつも皆より遅い。
水道から出る水は冷たくて、布巾を絞るのも手の感覚がなくなっていた。
固く絞った布巾で厨房を拭きあげて、スタッフルームの掃除とクラブ内の清掃。
全部終えた頃には皆が帰ってからだいぶ時間が経っていた。
スタッフルームでボーイの制服から私服を着替えてカバンを肩にかけた。
帰るか…。今日のニュースでは気温がガクンと下がって相当寒いらしい。
家を出たのはまだ陽が顔を出していた時間帯だったし、寒さを防げるものは何も持ってきていなかった。
バーカーの前のチャックを完全に上まであげて覚悟して店の外に出ると冷たい空気が顔に首に当たってぶるりと震える。
寒い…。マフラーとか持ってくればよかった…。
今更遅い話ではあるけど早く帰ろうと歩き始めた時。
「なまえ〜」
突然現れた一二三さんに内心びっくりして立ち止まる。
「一二三さん…?どうしたんですか…もう帰ったんじゃ…」
「なまえを待ってた!」
「…?…何か用事でも…?」
「別に〜?つーかぁ、何その格好!寒くね〜?!もう12月なのにパーカー1枚とか!」
「これは…昼間は暖かかったから…っくしゅっ!」
一二三さんに訳を説明してる間に冷気に晒された薄着の俺はくしゃみが出た。
「ほらぁ〜風邪引くじゃん」
一二三さんが近寄ってきて自分の首に巻いているマフラーを取った。
「はい、俺っちのマフラーであっためてあげる。」
一二三さんの体温を保ったマフラーを俺の首にぐるぐる巻きにされた。その瞬間、ぶわっと一二三さんの匂いがして思わず声が漏れた。
「わ…」
「どしたぁ〜?」
「いや…一二三さんの匂いが…して…あ、いや…臭いとかじゃなくて…一二三さんの…香水の…」
一二三さんっていつもいい匂いがしてるから多分香水してるんだと思う。
失礼だったかな、と訂正したけど一二三さんは目をぱちくりと開けて俺を見ているだけだった。
「…すみません…変なこと言って…」
一二三さんにマフラーを返そうと思い、マフラーに手をかけたら一二三さんに止められた。
「これも、着て」
一二三さんは自分の羽織っていたコートを脱いで俺にかけてきた。
「え、…ちょ、一二三さん…」
俺は一二三さんにマフラーとコートを着せられてもこもこになった。
「はいっ、これでもっと俺っちの匂いするっしょ?」
「はぁ…」
「やっべ〜なまえから俺っちの匂いするとかまじ興奮すんだけど!」
嬉しそうに笑う一二三さんは鼻の頭が少し赤くなっている。何で嬉しそうなのか…、ていうかやっぱり寒いんじゃ…。
「一二三さん…寒そうですよ…これ返します…」
「いーの!着て!これ着て帰って!!んで明日もこれ着てきて!」
そう言い終わったあと、一二三さんは俺を見て吹き出した。
「ぶはっ、なまえのその服にこのコート…ダサすぎっしょ!」
ほんとウケっしなんて言ってケラケラ笑う一二三さんに俺は少し抗議したくなった。
「…俺だって、家に帰ったら…ダウンジャケットくらいあります…それ着てきます…」
1000円で買ったやつ…。ちゃんと家に帰ればあるんだから。
「えー、俺っちがあげるんだからさぁ、それ着てきてよ。で、誰かに言われたら俺っちから貰ったんだって言って。」
「…ダサいって言ったくせに…着てこいって言うんですか…」
「深いことは気にしなーい。はい、これ着て俺っちに包まれてると思って帰って!」
「…一二三さんは…」
「俺っちはなまえより家近いし〜?いーんだって。じゃあまた明日な〜♪」
「あ…」
俺をぐるぐる巻きにしたまま一二三さんは帰って行った。
どうしよう…このコートとマフラー…。
自分の体を見下ろすと自分には到底似合わない質のいいグレーのコート、黒のマフラー。
動く度に一二三さんの匂いがふわふわ香ってくる。
明日…これ着て来ないといけないのかな…。
やっぱりダサいって言われるのを想像して俺は迷った。
それにしても暖かい。コートとマフラーが完全に寒さを防いでくれて快適だ。思わずマフラーに顔を埋めた。
本当にいいのかな…。
一二三さんの背中はもう見えない。一二三さんは冗談で言っていたけど本当に一二三さんに包まれてるのかと思うほどいい匂いがする。
温まった体で俺は自分の家を目指して帰った。
お返しに手袋とか…あげた方がいいのかな、と考えながらまたマフラーに顔を埋めた。
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