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※捏造注意
寂雷先生が過去に軍医だったら…のお話
暗いかも。







銃撃の音、血が迸る景色は幾度となく見ていた光景だった。


「寂雷先生!この人を診てください!!」


武力による戦争で毎日瀕死状態の人たちが運び込まれる医療施設で俺は研修医として働いていた。


「…なまえくん、君もひどい怪我だ。」

「僕は大丈夫です!早くこの人を!」

俺が担ぎ込んできた怪我人は痛みに呻くどころか痛みのあまり失神して一分一秒を争う状態だった。

助けを求めたのは神宮寺寂雷先生。医者として世界的に有名なこの人も軍の一員としてその腕を頼られていた。

俺はその神宮寺寂雷先生のもとで直属の研修医として動いていた。過酷な環境なれど天才的な医師の元で働けるのは俺にとって何にも変え難い経験だった。

虫1つ殺さないような優しさに包まれた先生は医療施設の中でも仏様のようだと患者たちから崇められるほどだった。

俺はそんな寂雷先生を尊敬して止まなかった。
時に厳しく、時に優しく人の命の尊さを教えてくれる先生に俺は他人というよりは家族みたいな印象を抱いていた。

「先生!彼の血が止まりません!早く止血剤を…」

どんどん溢れてくる真っ赤な血にこのままでは危ないと焦る。先生に早く手術をしましょうと顔を見ると先生は怪我人をじっと見たあとその目を俺に向けた。

「……なまえくん…」

それから首を横にゆっくりと振った。

「…っ?!な、なにを…、先生!まだ彼は生きています!早くしないと!」

「なまえくん、そのお腹の傷を先に診よう」

「なにを言ってるんですか?!僕は大丈夫だと!」

「…彼はもう手遅れだ…」

低く静けさを保った先生の声。

「…そんな…、諦めないで早く、彼を!」

「このままだとなまえくんのその傷もひどくなる。2人は助けられない。」

叫ぶ度に痛む脇腹を掴んだ。血で湿った布はぬるりとした。

「…それなら、僕はいいですから、この人を!「なまえくん!」…っ!」

「君が生き残ればもっと多くの人が救える…!それなら取るべき手段は1つしかないだろう…!」

先生がこんなにも声を荒らげるのは初めてだった。それでも俺は納得できなかった。

「そんな…見殺しになんて…」
「なまえくん、ここは戦地だ…。人は生きるか、死ぬか、なんだよ」

悲しそうな色をした先生の目に俺は何も言えなかった。

「そんな…」

声を失った俺に先生は有無を言わさず俺の治療に入った。

だんだんと冷えていく彼の横で俺は生きるための施しを受けた。彼は死んで、俺は生きた。

戦争は何て非情なのだろうか。生きるか死ぬか、明日には死んでいるかもしれないのに…。


***


それから程なくして、俺の脇腹の傷が塞がり始めて来た頃、寂雷先生から呼び出された。

「失礼します、寂雷先生、何か必要なものでも?」

寂雷先生の必要なものを用意したり身の回りの手伝いをするのも研修医としての役目だ。何か頼まれごとだろうかと部屋に入ると寂雷先生は座っている椅子をゆっくりと回してこちらを向いた。

「少し…話をしようと思って。椅子に座って。」

座るよう促されて腰をかけた。何の話だろう、と俺には予想できなかった。

「…単刀直入に言おう。なまえくん。君に医師は向いていない」

「……は、い…?」

頭が真っ白になるというのはこういうことなんだろうか。言っている意味が分からず問い返すこともできない。

「…君は優しすぎる。戦場で人を助けるというにはあまりに優しすぎるんだよ。…人の命は平等に尊い。だけれども、ここは戦地だ。…決断を迫られる時もある。君には…無理だと思う。」

それは…俺に人を助けることができないということ…?

「な、何を…」

「やめなさい。医師を目指すのは。軍を抜けた方がいい。」

「は…」

俺の喉からは声にならない掠れた空気だけが出た。
やめる?医師を?ここまでやってきたのに?
1人でも多くの人を助けようと目指してやってきたのに…?俺にはできないからやめろ、と…??

固まった俺に寂雷先生は静かに言った。

「…君は死ぬ為に生きる覚悟はあるかい?」








――間もなく電車が参ります、危ないので足元の黄色の線までお下がりください。

毎日聞くアナウンスに現実に帰った。

随分と昔のことを思い出していた。何年も前のことだ。

研修医を辞めた俺は今は普通の社会の一員、サラリーマンとして生活している。

戦争も無くなり、今や言葉で戦う時代になった。
あの時のことは本当だったんだろうかと思うほど見違えるように世界は変わった。

それでもやっぱり、過去は過去だ。俺は辞めてここにいる。毎日電車に乗って通勤している。全てはあの人の言葉で変えられた俺の人生だ。

結局俺は医師に向かないと言われ軍を去った。
あれから寂雷先生とは会ってもいない。

戦場で生き抜くには俺は無理だという言葉は重くて、あの神宮寺寂雷先生から言われるなら俺はそうなんだろうと自信を無くし辞職した。

今でも考える。もし、俺が医師になっていたら…そんなことを考えては変わらない過去と自分に情けなくなるだけだった。

駅に入ってきた電車に乗り込んでいつものように揺られていた。


「きゃあっ!!」

車両内で女性の甲高い声が聞こえて振り向くと女性の足元に中年の男性が倒れ込んでいた。痙攣している。

咄嗟に駆け寄って男性の顔に頭を近づけた。
呼吸はしている…。持病持ちか?すぐに衣服を緩めて横向きの体制に変えた。

「誰か!救急車を!車掌さんへ伝えてください!」

「あ、あの…お医者さんですか…?」

「……医者じゃありません。資格だけ持っています…」

話しかけられてぼそりと返した。男性の様子が変わらないよう施しているうちに電車が急停車して救急車もやってきた。

応急措置をしたことを話すと一緒に乗ってくれないかと救急隊員に頼まれ搬送先まで連れていかれた。

そこでまさか、出会うとは思ってなかったんだ。





「なまえくん……。」

「……寂雷……先生…」

運び込まれた先はあの神宮寺寂雷先生がいる病院だった。男性は一命を取り留めて応急措置がよかったからだと言われた。

よかった、と帰ろうとした時に呼び止められて振り向くと何年かぶりに見た寂雷先生が立っていた。

髪が伸びている。でも雰囲気は昔と変わっていない。

「…………。」

何を話せばいいか言葉が思いつかない。

「…久しぶりだね」

「ええ…」

「…先程運ばれてきた患者さん、なまえくんが対応してくれたんだね」

「…はい…」

人が目の前で倒れているなら助けるのは当然だろう。医師でなくとも、それを目指した人間としては。

「…今時間はいいかな、少し話さないかい?」

まさか俺に医師をやめろと言ってきた人が今更俺に話しかけて話をしようなんて予想外だった。びっくりして断れず曖昧に返事をすると病院にある中庭に案内された。

「…ここは患者さんたちの憩いの場でね…。」

自然豊かな中庭は小鳥の囀りが聞こえる。

「…なまえくん、今は…仕事は何を…」

「見ての通りですよ…。スーツ着て…サラリーマンしています。」

先生の目を見ずに中庭の噴水を眺めながら答えた。

「そうか…」

「…先生は……」

「ああ、私はこの病院で医師として…」

だろうな。見ればわかる。それから先生はディビジョン代表もしている。そんなの一般常識だ。言われなくても知っている。

「………。」

会話が途絶えた。いや、俺が何も返さなかったからだ。

「……なまえくんは…今、幸せかい?」

「……さあ、…毎日仕事して、寝て…の繰り返しで…よく分かりません。」

「……世界は変わった。武力戦争は終わった…。まさか…君とこうして会えるとは思わなかったよ…」

「…僕もですよ。」

「……なまえくんは…今でも医師に…なりたいかい…?」

その質問に俺はやっと先生を見た。
風に吹かれて先生の色素の薄い髪がさらさらと揺れる。

歯切れの悪い先生のその言葉はどういう意味なんだろうか。もしかしてこの人は俺に医師をやめろと言ったことを後ろめたく思っているんだろうか。

「…何でそんなことを聞くんですか?」

「……私を…恨んでいるかと思って。君に医師をやめろと言ったのは私だ。」

「……っ、今更何を言っているんですか。そんな過去のこと…」

「…今の時代ならなまえくんのような優しい人が医師になるべきだと…」

「…っそんなの今更遅いです!」

通勤カバンを握りしめて先生を見た。

「僕は…あなたに医師をやめろ、と言われ、軍を去りこうしてサラリーマンをしています…!あなたは僕の人生を変えたんだ!そんなこと、聞きたくない!」

「……すまなかった。」

その一言だけで寂雷先生との過去が蘇ってきた。初めて会った日、優しく頭を撫でられてよろしくと声をかけられたこと。失敗して厳しく怒られたこと、兄のように教えてくれたこと、母のように優しく色々な話をしてくれたこと、友達のように揶揄うこともあった。血の絶えない戦場で先生だけは綺麗だった。誇りだった、尊敬していた。

それなのに、謝られるなんて俺はどうしたらいいんだ。許してほしいのか?俺に?

先生に治療してもらった脇腹の古傷が疼いた。

「…今更、謝らないでください…。謝るならなぜあの時…やめろなんて……。…っもういいです。過去の話なので…」

先生の目から視線を外して俯く。
風がぴゅう、と吹いて葉が当たる音が広がった。
寒いと人は温かさを求める。寒いと言うよりは息苦しいような感覚に俺は深く息を吐いた。






「大切な人に…死んでほしくなかったんだ…。あの時、血を流す君を見て生きてほしいと…せめて生きてくれればと…それが私の願う幸せだったんだ…」

背を向けて歩く俺の背中に先生の言葉は届かなかった。
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