侑のプロ入り話を聞いてから一週間が経とうとしていた。
昼休み、茶川と三分のところに行き、机を囲んで弁当を食べる。
「東京?遠いなぁ」
「茶川も県外だろ?」
「うん、自転車部入りたいし一人暮らしになるわ」
「三分は県内だもんなぁ」
「俺はみょうじと同じで家から通いやで。変わらんし、面白みがないわぁ。せや、俺兄ちゃんが就職でそっち方面やねん。遊びに行くわ」
「おお、いつでも歓迎〜」
三分と茶川に東京に引っ越すという話をすると、東京には何があるかとか、有名人と出会えるかなんてぼんやりとした都会の話をする。そんな話から話題はあっという間に文化祭のことに移った。
「稲荷崎祭、6組何するか決まった?」
「俺らんとこは謎解きゲームみたいなん。校内で何ヶ所かポイント作ってやるんやって」
茶川の言葉に想像してみる。
「いいなあ、楽そう」
「いや、それが美術部が燃えとってむっちゃレベル高いの作る予定やわ」
三分が首を振って準備が大変なんやと肩を竦めた。
「去年の稲荷崎祭もすごかったもんなあ。美術部が作った校舎の入口ゲートからすでにテーマパーク感出てたもんな」
「せやハイクオリティやわ。5組は?」
「うちは出店〜」
「へぇ、宮とかステージやりたそうやけどな」
「ああ、あいつは別。組の方は軽めの分担で、有志で色々出るみたい。文化部のファッションショーとかにも呼ばれたりしてるって」
「さすが…そこはちゃんと出るんやな」
「最後を飾るとか息巻いてたし。ステージに出ないはずがないだろうな」
だってあの性格だもん、と噂をすれば侑が6組のドアのところで俺の名前を読んだ。
「なまえ〜!行くで!」
俺の体育館シューズを手に振っている。
「お呼びがかかってんで」
茶川がくすりと笑う。
「あ、そうだ体育館行くって話してたんだった」
弁当箱を片付けて立ち上がった。
「ごちそー様でしたっ。じゃ、いってくるわ」
「行ってらあ」
俺のシューズを手にする侑を待たせて、一旦自分の席に荷物を置き廊下に出た。
「なまえのシューズ、くっさ」
侑が俺の体育館シューズを顔に近づけて顔を顰める。
「はぁっ?!んなわけないわ!ファブってんだぞ?!」
風評被害も甚だしいと言いつつ、侑から奪った自分のシューズに恐る恐る鼻を近づける。
「臭くねえじゃん!」
ケラケラと笑う侑。こいつ、と侑の背中を叩いて侑の貸せ、俺が匂ってやるよと手の平を見せる。
「俺のシューズはフローラルの香りや」
「女子かよ。いいから匂わせろ」
「取れるもんなら取ってみ〜」
侑の手によって頭上に掲げられたシューズ。取れるわけがない。
追いかける俺と笑いながら走る侑。2人とも体育館に着く頃にはひと汗かいていた。
「はぁっ、あっつっ、侑のせいだ」
「ふっふ、俺に追いつくのは百年早いで」
百年経っても追いつける気はしないけどな、と心の中で返事をする。
体育館には、すでに治と銀がドッジボールを出して遊んでいた。
角名は床に座って動き回る治と銀を眺めている。
今日はどうやらドッジボールをやるらしい。全力で。
「侑、みょうじ遅いで〜」
「なまえとツム、そっちコートな。角名!角名はこっち」
「2対3?!ハンデハンデ!そっち利き腕じゃない方で投げて!」
「いや、ハンデなしでもええで余裕や」
腕まくりする侑に俺が、煽るのはやめとけっ俺が困ると返す。
外野なしの小さなコートでスタートしたドッジボールに高3の大柄な男子達が全力で動き回る。
「あー、左投げにくっ」
「そう言いながらぶん投げてくるお前が一番怖いわぁぁっ!ぎゃあっ」
角名が大きく振りかぶってドッジボールを俺に目掛けて当ててくる。俺は逃げることしか出来ない。
「おいっ、なまえ取れやっ」
全部、侑がキャッチしている状態だ。
「だってボール怖いじゃんっ」
「ドッジは取らんと始まらんやろがっ」
「そこは侑よろしく!」
侑はハンデがないため全力で投げることができる。繰り出される剛球に治が胸と腕でキャッチした。鈍い音にどれだけのパワーがあったのか窺える。
「ふっ!!」
うわ、今度は治かよ、とガチな顔で投げようとする治に身を低くする。投げたボールは勢いよくこちらに向かってやってくる。
ボールを取りに行こうと手を出して体全体でキャッチしてみるが、ボールのパワーに押された俺は後ろに傾いた。
「ゔっ!!」
あっ、やべえ後ろに転ける。
尻もちを覚悟した瞬間、後ろから腕が回ってきて俺の体は転けることなく止まった。
「あっぶな!」
ボールごと俺の体をキャッチした侑を見上げる。ガッシリと掴まれた腕、俺を見下ろす侑との距離が近すぎて心拍が跳ねた。
一瞬、気を取られたがすぐにニッと笑って、俺もやれば出来る子、と取ったボールを侑に見せる。
「俺が受け止めへんかったら転けとったで」
「さんきゅ〜、」
侑の腕から出て、お返しだ、と力のままに銀目掛けてボールを投げた。
侑にボールごと体を受け止められた時の鼓動がまだおさまらない。
何でドキドキしているんだ、異様に侑がかっこよく見えてしまった。
俺は額に滲んだ汗を手の甲で拭って次にくるボールに集中した。
***
(宮 侑)
体育館で遊んだ俺達は、自販機で買ったジュースを飲みながら渡り廊下でかたまり、外の風に当たっていた。
タオルで汗を拭くなまえを見て、体育館で転けそうなアイツを受け止めた光景を思い返す。
触れた感触や距離感に、近かったなと自分の手を見下ろす。
いちご牛乳のパックを手にした兄弟が隣に来た。
「なぁツム、なまえから聞いた?」
「何を?」
思い当たる節のない俺はそのまま治の目を見返す。
「……いや」
俺から目を逸らしてぼーっと外を見る兄弟に目を細める。
「なん?何かあったん?」
「別に…」
「何なんハッキリせえや」
「……なまえの進路が気になっただけや」
「あぁ、それなら専門やで。お前と一緒や」
俺はなまえから聞いてんねん。
「ふうん」
「あ、ルームシェアとか許さへんで。なまえから言うてきても断ってな?」
「…こっわ」
「どうせ大阪の駅近で高いからシェアしよ、とか言いそうやん」
「……そもそもルームシェアとか、ないやろ」
「サムとなら一緒に暮らしたい言いよったし、油断大敵や」
黙ったままの治を横目にズルズルとストローごしにジュースを飲み干してゴミ箱に捨てた。
爆笑している、なまえと銀に近づく。
「なに?」
「あ、この間ランドリールームで洗剤CMの完コピ再現したって話」
「ああ、」
「侑が唐突に洗濯機の前で『困ったわ!汚れが落ちないの!』とか言い出して、横から治が『汚れが落ちない?!そんな時は!この洗剤!』って洗剤入れ始めたやつな」
「ウケるわ、何なんその即興」
銀が笑う。
「『わあ!これが新しいウルトラ○タックNEO!』て言ってる中で、ランドリールームに入ってきた角名が何も見てないように出ていこうとしてたからさ」
「うわあ、想像できるわ」
「2人が『すっきり!爽やか!〇ールド〜!』って両腕開いて角名が出ていくの阻害しはじめるし、」
「途中から違う商品になっとるやんけ、」
「くっくっ、あん時の角名の顔がマジでウケた」
「いや、侑らじゃなくて角名にウケたんかい」
「まじでな、あれは虚無という言葉そのものだったな。あの顔は」
「うるさい」
壁にもたれ掛かりストローに口をつけている角名がなまえに向かって反抗の意を示す。
「そういえばさ、3組は?稲荷崎祭何すんの?」
なまえが銀に聞く。
「出店やで、何にするかはまだ決まってへんけど。な、治」
「うん、」
「サム、お前売るもん食うなよ」
「アホ、そこまで食い意地張ってへんわ」
「嘘つけ、家帰った時、残り1枚のせんべい、凄まじい速さで取ってったやろが。猫みたいやったで」
「猫〜っ、ウケるっ」
笑うなまえに俺も思わず口元が緩みそうになる。
なまえは基本的に他人に対して人当たりが良い。ヘラヘラと愛想笑いで済ませるし、相手に合わせて言いたいことを言わないのもザラだ。
そんななまえが俺らの前では笑ったり怒ったり、拗ねたり、色んな表情を見せるのは嬉しいというよりは優越感に近い。
皆が知らない顔を知っている、殺気立った顔も、本気の顔も、泣きそうな顔も、グイグイと詰め寄ると戸惑ったように目を逸らす顔も見たことがないだろう。
「ちょおだい」
手を伸ばして、なまえの飲みかけのパックジュースを掴む。
触れた手をなまえが見た。
あ、これは多分、意識しとる。
俺の手を追ったなまえの視線と俺の視線がぶつかった。
ストローに触れる唇が弧を描く。
フルーツ オ・レの味は甘くて、濃厚だった。